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終焉の時   作者: さき太
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第一章②

 「隆生(たかなり)。あんた何考えてんのよ。沙依(さより)の事縛り上げて連行するとか。沙依が何したって言うの?」

 背後からそんな山邉(やまなべ)春李(しゅんり)の怒鳴り声が聞こえて、沙依達を連行していた隆生があからさまに面倒くさそうに顔を顰めた。そして、駆けてくる足音と共に殺気を感じて、殴られる前に身を翻してそれを避ける。

 「お前な。話し聞く前に暴力ふるってくんじゃねーよ。危ねーな。今、かなり本気だったろ。俺のこと医療部隊送りにする気か?」

 「医療部隊送りにされたくなければ、今すぐ沙依の拘束を解きなさい。これじゃ沙依が余程の重罪侵したみたいじゃない。身元もハッキリしてて抵抗の意思がない国民をこんな風に拘束するなんて人権の侵害よ。こんな風に連行されたことが噂になって沙依が肩身の狭い思いすることになったらどうしてくれるの?成得(なるとく)はともかく、子供達だって後ろ指指されることになって、辛い思いすることになるかもしれないでしょ。そういうの解ってやってるの?」

 そう怒りを露わに怒鳴り散らす春李を見て、沙依がごめんなさいと呟いた。

 「なんで沙依が謝るの?」

 「いや。隆生は必要ないって言ったんだけど、わたしが縛って連れてけって言っちゃって。子供達のこととか全然考えてなかった。優美(ゆみ)ちゃんと(ゆき)ちゃんにはあとで謝ろう。」

 「あいつらなんだかんだで慣れっこだから大丈夫だろ。もうガキじゃねーし。母さんが考えなしなのは今に始まったことじゃないし別にどうでもいいよとか、普通に冷ややかな視線向けられて終わるんじゃね?誰に似たのか、お前ん家のガキ共は冷めてるよな。」

 「あんたは解ってるなら、沙依がそう言ってもちゃんと止めなさいよ。」

 「そこまで気使う必要ないだろ。こいつの家族は全員そんなか弱い神経してねーんだから。その程度のことでそこまで突っかかってくんなよ。そんなんだから、お前、いまだに彼氏の一人できねーんだろ。暴力女はモテねーぞ。」

 そう言うといつもなら即座に怒鳴り返してくる春李が、うるさいわねと一言だけ返して俯くのを見て、隆生は疑問符を浮かべた。

 「別に、わたしがこの人って相手に出会えてないだけで。わたしにだって好きだって言ってくれるような相手がいないわけじゃないんだから。」

 そうぼそぼそ付け加えて言う春李の耳が赤くなっているのを見て、隆生はニヤニヤ笑った。

 「へー。ついにお前にも愁也(しゅうや)以外に好きだって言ってくるような相手ができたか。良かったな。」

 そう言われて春李がバッと真っ赤にした顔を上げて、良くないと叫ぶ。

 「全然良くない。わたしはまともな人と恋愛したいの。初対面であんな風に近寄ってくるとか絶対まともじゃないし。絶対女なら誰でも良い感じの女誑しなんだからあいつ。あのすけこまし、初対面なのに抱きしめてきたり好きだとか言ってきて。騙されないから絶対。あんな顔したってダメなんだから。騙されないから。」

 「なに、お前。男慣れしてないから、初対面の男に言い寄られてパニクってんのか?でも、それ、満更でもなさそうに見えるぞ。ただの変質者なら、相手ボコボコにして怒りまくるだけでそんな反応しねーだろ、お前は。」

 そう突っ込んだ瞬間、うるさいと春李に怒鳴られると同時に腹に重い一撃を食らって、隆生は短い呻き声をあげその場に崩れ落ちた。

 「あのさ、シュンちゃん。その相手ってもしかして、シュンちゃんが連行してきたっていう侵入者?人間だけど人の領域を越えた存在っていう。」

 沙依にそうきかれ、春李は赤くなったままの顔を俯け小さく頷いてそれを肯定する。

 「シュンちゃん。もしかしてなんだけど。その人って、ナルと同じくらいの背格好でさ。三白眼で目つきがちょっと悪かったりする?特殊な加工した鍼灸用の針を数種類、しかも多量に所持してたりとか。」

 「そうだけど。なんで沙依がそれ知ってるの?その様子だと誰かに聞いたわけじゃないよね?」

 「お前、まさか。そっちの侵入者とも知り合いか?」

 「そう、みたいだね。知り合いって言っても、(こう)君同様、わたしが実際に会ったことはないけど。シュンちゃん。その人の名前、磁生(じせい)でしょ?シュンちゃんのこと、自分の奥さんだって言ってなかった?」

 そんな沙依の言葉に春李は、言ってたと視線を何処かに逸らしながら呟いた。

 「最初は、わたしが亡くなった奥さんにそっくりだって言ってて。でも、わたしの名前を知って、ここが龍籠だって知って。そしたら自分は未来から来たとか言い出して。わたしがその亡くなった奥さん本人だとか言い出して・・・。」

 それを聞いて沙依は難しい顔をした。それを見た隆生が、何かあんのか?と声を掛ける。それを受けて沙依が自分の頭の中でぐるぐる考えていたことを吐き出していった。

 「なんていうか。シュンちゃんが連れてきたのがわたしが知っている磁生と同じ人だとしたら、彼が自分は未来から来たと思い込むのも不思議ではないんだけれど。でも、実際はそんなことありえないから。この時間軸ではもう、シュンちゃんが磁生と出会って一緒になることも、わたしが功君と出会って弟子に取ることもありえない。この時間軸にそんな可能性は存在しない。なのに、二人はここに現れた。同じ時間軸を移動するよりはるかに他の時間軸に移動してしまうなんて事はありえないのに。なんで二人が時間だけでなく世界線すら越えてここに辿り着いたのか。何らかの理由でそれが現在可能になっていて、こうして二人がここに現れたなら、わたしがさっき見た未来。あの未来も本当にこの時間軸で起きることなのかもしれない。わたしの本当の能力は未来視じゃない。厄災が起きる未来を確定させること。だからわたしが無意識に視てきた未来は全部厄災が起きる未来ばかりだった。なら、あれは厄災。あの未来はこれから起きる厄災なんだ。いったいアレがどんな厄災なのか解らない。でも、確実にアレは良くない未来なんだ。もしかすると、本来起こるはずのない事象が起きてしまっていることと深く関係していて、アレが起きてしまうと何か取り返しがつかないことになるのかも。でも、未来視で視えたってことはそれはまだ起きていないはず。起きる前なら止められる。(かく)さんを探さないと。」

 そう言い切って沙依が自分が導き出した答えにハッと顔を上げた瞬間、そこまでだよと少年の声がして、その場にいた全員が声の方を向いた。そしてそこに立っていた十歳前後の少年の姿を目にして、隆生と春李が苦い顔をする。

 「まったく、人の姿を見てそんな顔をするなんて。いったい僕が何をしたって言うの?君たちに不都合どころか、むしろ、余計な面倒が起きないように面倒を見てあげてるって言うのに失礼だね。」

 そうどうでも良さそうにぼやくそこにいた少年こと情報司令部隊副隊長、小暮(こぐれ)裕次郎(ゆうじろう)に、沙依が、ユウちゃんが出張ってきたら普通警戒するでしょと突っ込んだ。

 「ユウちゃんが内部の仕事で出てくるときは余程の大事。一言一句間違えちゃいけないような案件を伝えるときか、記録漏れを絶対起こすわけにはいかない案件の取り調べか。本当に重要な監査。ユウちゃんが見逃すことなんてありえないもんね。ユウちゃんの前じゃ皆気が抜けない。だから普段だってあまり会いたくない人が多いと思うよ。今回なら、わたしが余程の警戒対象に格上げされて身柄拘束されることになったとか、そう勘ぐられても仕方がないんじゃないかな?シュンちゃんも隆生もお人好しだし。まぁ、そうなら、こんな風には出てこないだろうけど。」

 「そういうことしれっと言ってくる辺りが君だよね。怖いもの知らずというかなんというか。」

 「ユウちゃんは恐い人だけど、理不尽な人ではないからね。細かいこと一々気にしてたらやってけないから、どうでもいいことは全部聞き流してくれるでしょ?」

 「そうだね。でも、流石にこんな場所で堂々と余計なことペラペラ喋る事に目を瞑るほど、僕は甘くないよ。まったく、君は本当に軽率だよね。形式上仕方なくとはいえ、君を監視対処にしてあって良かったよ。おかげで君の状況を把握して早めに色々対処できたし。君が軽率に口に出してくれた機密扱いした方が良いような情報も、この場にいる面々の間だけに留められそうだ。本当、余計な仕事増やさないでほしいよね。君のしでかすことの後始末するのは骨が折れて本当迷惑だよ。この責任をどうやってとってもらおうか。どういう責め苦を味わわせるのが君には効果的かな?君は図太いから、君自身に罰をを科しても全然響かないんだよね。どうせこれならこれくらいの罰ですむからいいやとか、解った上で規律違反してくるのが君だし。いっそのこと確実に粛清対象になるようなことを起こしてくれれば、容赦なく君を処分できるのに、解ってやってるからその一線は絶対越えないしね。本当、面倒くさい。余計な仕事増やされるこっちの身にもなってほしいんだけど。あぁそうだ。今度から君が何かしたら、君の代わりにうちの隊長に責任とってもらうのがいいかも。君虐めるよりずっとその方が効果あるだろうし。隊長一人で全部事後処理してくれれば僕達は余計な仕事しなくてすむしね。一石二鳥。良い案だと思わない?」

 そう裕次郎に何を考えているのかわからない無表情で淡々と言われ続け、沙依はうっと言葉を詰まらせた。

 「それはちょっと。ナル、ただでさえ過重労働になりがちなのに、そんなことしたらナルの負担が。流石に過労で倒れるんんじゃ。そんなことされたら、ナル、暫く帰っても来れなくなって、缶詰め明けたら、わたし、メチャクチャしつこく怒られ続けることになるのも目に見えてるし。」

 「だからだよ。それされるのが嫌ならもう少し頭使って行動すること覚えてくれないかな?っていうか、思ったことそのまま口に出すのいいかげんやめたら?そして思いついたら即行動するのもやめたら?今、君、何か思いついて拘束解いてどっかいこうとしたでしょ。バレバレだから。君のその頭はちゃんと脳味噌詰まってるの?自分の軽率さがいつもどれだけ周りに迷惑掛けてるか解ってるの?うちの隊長の負担、一番増やしてるの君だからね。自分の旦那を過労で死なせたくなかったら、少しは自重しろ。」

 そう裕次郎に感情の籠もらない声音で粛々と捲し立てられて、沙依は一瞬言葉を詰まらせ、すみませんと呟いた。

 「今回の件は、誰も想定していなかった不測の事態であり、且つ、君と関わりがありすぎる。君の性質を考えれば君が単独行動に走るのは想定内。でも、情報司令部隊に所属する者で、君を抑えられるような実力があり、且つ現在それに対応する余裕があるのは、君が言うような特別なときにしか動かない僕ぐらいしかいなかった。だから僕が出張ってきた。全く迷惑な話だよ。無駄に戦闘能力が高く行動力があって、地味に影響力もあり、君のために動く奴も多い。そして全くの馬鹿じゃない。軽率なだけで考えなしではない。そこが本当に厄介だ。君を放置してもしなくてもうちの負担はとても増える。まったく。君のお守りをしなきゃいけないこちらの身にもなってくれない?余計な仕事ばかり増やされて本当に迷惑極まりないね、君の存在は。本当に目障りだよ。明確に状況が把握できているのであれば、君はちゃんとそれに応じた対策を講じるはずだ。でも、何も解らないと目の前に出てきた物事に飛びついて突っ走る。僕達としてはそういう何も解っていない状況でこそ一人で行動せず、こちらに情報提供及び相談した上で、指示に従って行動してほしいものだよ。君も元だとはいえ軍属なら、僕が言っている意味が解るでしょ?君が今まで見逃されてきたのは単に君の行動が国を脅かすものではなかったことと、重要な決定をおこなえる立場にいる者に君の味方が多いからに他ならない。僕個人としては、解決までの道のりが明確化された上で利用されるなんてまっぴら。むしろ、本来そういうことはこっちの仕事だから、君には余計なことはせずおとなしく駒におさまっておいてほしいものだよ。お互いのために、ね。」

 そう底冷えのする冷たい視線を向け釘を刺されて、沙依はまた後ろめたそうにごめんなさいと呟いた。そんな沙依を見て裕次郎があからさまな溜め息を吐く。

 「もう少し君は自覚した方が良い。自分を快く思っていない者が多く存在することを。それらが自分の感情を別にして行動してくれるとは限らない。つけ込まれる隙を与えれば、そこを突かれる。集団利益より個人の利益、もとい個人の感情を満足させることに重きを置く馬鹿共が多いことは、君もよく承知しているでしょ?山邉隊長の言葉を借りるなら、君のその軽率さが君の家族にも害を及ぼす。君はうちの隊長のことを誰よりも信頼しているんでしょ?なら、動く前にまず相談。あの人の負担を増やしたくないとか余計なこと考えずに、とりあえず何でもかんでもあの人に報告してくれないかな。君を監視するのも探るのも余計な手間だし、本当迷惑。君の気遣いは逆効果。負担減らすどころか逆に増やしてるから。」

 そう更に沙依に追い打ちを掛けて、裕次郎は、まぁこんなこと言ったところで全然君は堪えないんだろうけどと呆れたように呟いて、ずっと状況に置いてけぼりにされて黙っていた功に視線を向けた。

 「これだけ自分の知らない人物と打ち解けて話す彼女を見ていれば、君が知っている彼女とここにいる彼女が全くの別人だってことを心が受け止めてきたんじゃない?状況は理解できなくても、ここで自分が孤立無援だという現実は理解できたはずだ。彼女は君の味方じゃない。今のところ敵でもないけれどね。彼女は案外薄情者だ。今日初めて会ったばかりの記憶上の知り合いと、ずっと共に過ごしてきた仲間を天秤に掛ける事になれば、彼女は迷わず君を切り捨てる。だから、彼女が助けてくれるなんて期待しない方が良い。それを理解した上で、自分がどうすることが賢明なのかよく考え行動することをお勧めするよ。ここは軍事国家、龍籠(りゅうしょう)。君はここに不法入国し拘束された。そしてこれから取り調べを受けてもらう。後ろ暗い事が無いのなら、全て正直に話すことをお勧めするよ。まぁ、後ろ暗い事があって隠そうとしたところで、うちには人の思考に干渉し、人の記憶を読み解くことができる者もいるから無駄だけど。」

 淡々とそう告げると、裕次郎はそこにいた面々を全員取調室に向かうよう促した。

 「おい。なんで春李まで?」

 そんな隆生の疑問に、何言ってるの?と裕次郎が返す。

 「山邉隊長も取り調べの対象だよ。君は立会人ね。ここに来るまでおかしいと思わなかった?取調室なんてそんなに頻繁に使われるものじゃないけれど、だからといってその周辺の人通りがここまで少ないなんて事あると思う?全部仕組んでたんだよ。そして騒ぎにならないように、あちこち色々細工して人払いやらなんやら。児島沙依(こじまさより)は餌。田中隊長と児島沙依の仲を考えれば、ややこしい問題に頭を抱えた彼女が君に何か吐き出すのは想像に難くない。確実にそうなるように君の非番の日程を操作し、煮詰まった彼女に監視の目が緩んでると思わせて、君に彼女が機密案件を漏らすようにした。それを理由に彼女の身柄を拘束し、その情報が山邉隊長の耳に入るように仕向け、山邉隊長が抗議しに取調室に乗り込んでくる様に仕向け、彼女が隊長権限を使用し取り調べに同行したという体をとって、彼女も取調室に拘束し、取り調べを行う予定だったんだけど。まぁ、不測の事態は起きたけど、だいたい予定通り。みんなこちらに都合がいい良い働きをしてくれたよ。ありがとう。」

 そう言って感情の読み取れない表情で自分を見上げる裕次郎を見て、隆生は溜め息を吐いて頭を掻いた。そして裕次郎は、嫌悪感をにじませた瞳で睨み付けてくる春李に視線を移し、何も噛み付いてこないのは賢明な判断だと言って、どうぞと取調室の扉を開け、全員中に入るように促した。


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