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終焉の時   作者: さき太
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第一章⑩

 沙依さより達が声を掛けられ視線を向けた先。そこにいたのは沙依だった。紛れもなく自分自身。自分と全く同じ姿形をした人物がそこにいるのを目の当たりにし、そしてそこにいる自分が自分に話しかけてくる現状に混乱し、沙依は言葉が出てこなかった。

 「そんなに驚かなくても。ここにいるはずのない人が現れる。それが今の当たり前なのに、どうしてわたしがここに現れたことにそんなに驚くのか。わたしには理解できないよ。」

 そう言われ、言われた事の意味は解らなくはないと思う。確かにおかしいことじゃないのかもしれない。でも、ここに来た他の皆は同じ時間から来た。皆同じきっかけでここに現れたのであって。その時間では死んでいるはずの、その場に居合わせたわけでもない自分が、今こうして自分の目の前に現れている意味が沙依には解らなかった。

 「とりあえず、その術式を発動するのはやめなよ。それを行う意味は無い。かくさんはこの世界のどこにもいない。人の領域をいくら探したところで、彼の所には辿り着かない。ただの労力の無駄。」

 そう言う自分に何か返す前に、自分達が組み上げていた術式を強制的にいともたやすく解体させられて、沙依は自分自身のはずなのに、そこにいるその人と自分の力量の差に愕然とした。

 「無駄な悪あがきはやめなよ、コーエー。あなたじゃわたしには敵わない。あなた程度の覚悟でわたしの精神を縛ろうなんて無理だよ。いくらあなたの力が、兄様あにさまのそれに最も近い精神支配の力だとしても。わたしのこの想いをあなたの欺瞞で染めることはできない。そんなものに屈する程度の想いしか持てないのなら、わたしは今ここにいない。もしその程度の想いしかないのなら、あなたが勝手にここにいるわたしに定めたように、何もせず、ただ事の終わりを静観し受け入れるだけに留めてた。でも、わたしはここにいる。本当はこんな寄り道をせず直接向かいたかったのに、そうはいかないらしいけど。わたしは少し苛ついてるんだ。邪魔しないで。わたしは行かなきゃいけない。全てが終わるその前に、自分の意思を伝えるために。あなたにそれを妨害する権利はない。あなたの時間のわたしがそれを知ることを邪魔することも。あなたの気持ちも解るけど、そのやり方は気にくわない。面と向かってわたしと向き合えないなら、何もせずにわたしの好きなようにさせてよ。コーエーのそういう所、本当、嫌。」

 特に感情的というわけでもなく、ただ事実を言っているだけという調子で、でも明確な拒絶の意思を示すような強い言葉を発する自分の姿に、沙依は自分の最も信頼する叔父、青木高英あおきたかひでが何か計略を巡らせていて今の現状があることを悟った。

 「あなたはコーエーを盲信しすぎてる。信頼と盲信は違う。コーエーが絶対に正しいとは限らないし、彼が絶対にあなたにとって都合の良いように動いてくれるとも限らない。絶対的な味方だと確信していても疑うことも必要だよ。疑わなければ気付くことはできない。」

 そう自分に言葉を向けられて、沙依は何かが腑に落ちたような気がした。拭えない不安、何かが繋がりそうなのに纏まらない考え、伸ばすことのできない思考、そして一つだけ自分が明確にできると解る何かを目の前に差し出されて・・・。

 「コーエーがわたしの思考がそれに及ばないようにわたしの精神を縛ってた。そして、わたしに強大な術式を展開させて暫く動けないようにさせようとしてた?いや、それをさせることで自分のやるべき事は終わったのだと思わせて、わたしにそれ以上何もさせないようにしてた。わたしを真実に近づけないために。」

 そう自分の考えを纏めるように口にして、沙依はそこにいるもう一人の自分に視線を向けた。

 「今、何が起きてるの?」

 そう問うと、そこにいるもう一人の自分が静かに口を開いた。

 「わたし達の決断の時の訪れ。」

 「決断の時?」

 「世界を継続するのか、終わらすのか。その二択をわたし達は選ばなくてはいけない。扉は開かれ、世界はまた終焉へと動き出した。じきに終焉の時が来る。それを止められるのは、父様(ととさま)に贄となるべくして創られた、末姫(わたしたち)だけなんだよ。あなたはこのまま何もせず、神様になったわたしの意思一つでこの世界から消えてしまっていいの?あなたに考えさせるために、行徳(みちとく)さんはあなたに問題提起した。今まだわたし達が消えずにいられるのは、きっとわたし達の答えを待っていてくれているから。でも、扉は開かれた。少しづつとはいえ、世界は一になろうとしている。あの場所を完全に解放させ終焉の時を訪れさせるのではなく、ただ現状に任せ待っていてくれているのが、行徳さんの意思なのか、末姫の意思なのか、それはわからない。でも、行徳さんはああいう人だから、最後は世界を護る為に行動する。末姫すえひめもきっと世界の軛になることを選ぶ。そうしたら、世界は継続できるけど、全てのわたしは全ての世界から存在が消える。わたしという一つの存在が犠牲になれば、世界はこれまで通りに継続できる。でもね、末姫(わたしたち)が軛にならなければ、全てのモノが一に戻るだけ。全ての存在がその意味を失いこの世界は始まりの時に戻るだけ。わたし達一人が世界から消えるのと、全ての存在の個としての意味が無くなること、そこに差はあるのかな?皆一緒になっちゃうなら、それはそれでいいと思わない?この世界を継続させるためにわたし達が犠牲になる必要なんてあるの?」

 自分が消える、そういう話をしているのに、目の前のその人はそれに対して特に何も感じていない様だった。ただ事実を言っているだけ、そんな調子で問われた問いに、沙依は即答することができなかった。

 「さぁ、茶番はお終いだよ。ここにいるわたしが事実を知ってしまった以上、もう目を逸らし続ける事はできない。これが最後かもしれないからさ、最後くらいちゃんと向き合いなよ。コーエー。あなたは神の孤独を知らない。わたしを贄に差し出すつもりならなおのこと、ちゃんと知って覚悟を決めさせるべきだった。何も知らないまま、何も気付かないうちにいきなりあそこに放り込まれて。ここにいるわたしはそれに耐えられるほど強いと信じているの?違うでしょ。わたしがみる限り、このわたしは弱い。いや、わたしよりずっとちゃんと感情がある。そして、あの絶望を本当に自身で乗り切ったわけではないから。だから、耐えきれない。その歪みがまた世界を終焉へと導く。軛に感情はいらない。軛になるのに感情は邪魔なだけ。なのに、わたしはこうして感情を手に入れてしまった。その影響は神様になったわたしにも与えられてる。そして、全てのわたしが一つとなれば、それは完全に軛となったわたし一人のものになる。わたしに感情を芽生えさせようと兄様が動くように働きかけたのもきっと世界の意思。世界はいつでも一に戻る時を望んでるから。それに抗うことを選ぶなら、わたしが永く軛で在り続けられるようにわたしに覚悟を決めさせるべきだ。でも、コーエーは怖いだけでしょ。わたしと世界を天秤にかけるのが。それと、わたしがどのような選択をするのか、そこに至るまでのわたしの葛藤や心の動きを見るのが、それを受け止めるのが。そしてわたしが出した答えと向き合う事が怖い。だから、何も知らないままでいてほしかった。ただそれだけ。臆病者のワガママに皆を巻き込まないで。あなたはそうでも、ここにいるわたしと向き合いたい人だっているはず。ここにいるわたしだって、それを知って向き合いたい人達がいるはず。例えコーエーのその行動も一に戻ろうとする世界の意思だとしても、いや、そうだとしたら尚更、わたしはそれに抗おうと思う。ここに立ち寄ってしまった以上、わたしはわたしにちゃんと選択をさせるため、あなたの邪魔をする。あなたにとって都合の悪いことをいくらだってする。辛い思いをしないなんて事はない。苦しい思いをしないなんて事はない。でも、ちゃんと自分で選んだ結果なんだって、自分に言い聞かせられるだけの事をさせてあげてよ。コーエーのそれはいつだってわたしを寂しくして、辛い思いをさせてただけだったって知ってるでしょ。助けてもらった、支えてもらった、わたしはあなたを誰よりも信じてる。絶対に敵になることはない、完全な自分の味方だって信じてる。でも、あなたはわたしの孤独感を癒やしてくれる人ではなかった。わたしの心を満たしてくれる人ではなかった。それがどうしてだかは、あなたが一番理解してるよね。ここにいるわたしがこれだけあなたを盲信しているのは、ここにいるわたしとあなたの間には、わたしとわたしが居た場所のコーエーとは違う信頼関係があったんだって解る。だから、ここにいるわたしのその信頼を裏切るようなことをこれ以上しないで。」

 そう投げかけられて、コーエーがどう受け止めたのか沙依には解らなかった。目の前にいる自分がいったいどういうつもりでそれを口にしているのかも。言っていることはコーエーを責めているようなのに、その声音には全然そんな意思は見えなくて。責めているというよりただお願いをしているだけのようにみえて。そして思う。きっとコーエーはこの人のお願いをきくんだろうなと。つまりわたしも皆と向き合わないといけない。向き合って、自分がどうするか決めないといけない。例えそれすら意味が無かったとしても。神様になった方の自分には自分の意思は届かずに、自分の運命は勝手に決められてしまうとしても。それでもなにかしなくてはと思う。それが一体何になるのか解らないけど。

 「ねぇ、あなたは。自分が軛になることを望んでるの?」

 コーエーに投げかけられた言葉を拾って、そうではないかと思って問うてみると、そこにいる自分は困ったような顔で笑った。

 「正直わたしはどっちでも良いんだ。軛になりたいかと言われたらなりたくない。でも、世界を終わらせたいかと言われたら、続いて欲しい。自分は軛になりたくないのに、世界には続いて欲しいってワガママだよね。でも、これが本音で。わたしは決断なんてできない。だから、そういう責任は決定権がある神様になった方のわたしにしてもらおうと思ってる。無責任って言われたらそれまでだけど、まぁ決定権がないんだから、何言ったってしかたないし。でも、だから自分の意思は伝えとこうと思ってる。ちゃんと。自分で。わたし自身と顔を合せて向き合って。神様になったわたしは全部知ってる。わたしの意思も、他のわたしの考えも全部。でも、こうして面と向かって話すことはない。自分同士で意見をぶつかりあわせる機会なんてこんな時でもないとない。だから、折角だから会いに行くんだ。わたしはこう思ってるよって、その上であなたの決断を受け入れる覚悟があるって。ただ知ってるのと、面と向かって言われるのってやっぱ違うと思うんだ。だからね。」

 そういうとそこにいた自分は遠くを見た。

 「わたしとあなたは同じ存在だけと違う人。同じだからって同じ意見でなきゃいけないなんて事はない。きっとね、本当は一人も大勢も変わらないんだよ。違う器を持っていて、面と向かって言い合えて、違う行動がとれるかどうか。その違いなだけで。自分一人でも色々な想いを抱えてて、時には共存できない願いを同時に望んだりもして、悩んで悩んで。答えが出せるときも出せないときもあって。自分が選んだ答えを後悔し、自分自身を責めることも。後悔しなくても、自分がした決断を許せないことも。自分がしたことだからと言って割り切れない事だってある。でも、自分でしたことは全部自分で受け止めるしかない。だけど、それが違う器を持って自分と違う存在のようにそこいる人がやったら?自分が決めたことだから仕方がないって言い訳ができなくなる。自分じゃないから、受け止めきれないことを受け止めずに拒絶することも、ぶつけることもできる。それだけ。だからあなたはあなたの好きにすれば良い。わたしもわたしの好きにするから。」

 そういう自分が何を視ているのか沙依には解らなかった。ただ、この人はもう自分の答えを出していて、自分はそれができていない、それだけは解って。沙依は自分のこれからを考えて視線を落とした。

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