第一章⑨
自分の中の決めつけを反省し思い直した沙依は、改めてヤタに真っ直ぐ視線を向けて口を開いた。
「ねぇ、ヤタ。改めて、ここにいる今のわたしと友達になってくれないかな?そして友達として協力して欲しい。今、何が起きているのか、そして何をしなくてはいけないのか。それを解明するために力を貸して欲しい。そしてすべきことが解ったら、それを成すことに一緒に尽力して欲しい。」
そう言って差し出した手を、ヤタがしっかり握り返してくれて、沙依は満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、早速なんだけどさ。ヤタは今の状況をどう捉えてるか教えてくれるかな?」
そう言うとヤタは少し考えるように視線を彷徨わせ、そして遠くを見た。
「僕達は巻き込まれた。そうとしか言いようがない。呼ばれていたんだ、郭が。とても強大で絶対的な存在が、彼を呼んで手招いていた。彼の中にはすぐにそれに応じたい気持ちと、それを拒む気持ちが混在していた。呼びかけを拒む気持ちが、なんとか彼をその場に留まらせているような状態だった。でも、僕が余計なことをしてしまったのかもしれない。僕が彼を視て、彼の魂に触れたことで何かを刺激してしまったんだ。その瞬間、彼は呼ぶ声に応じてしまった。手招くもののもとに、今すぐ会いに行くと、そして彼は魂が導かれるままその場所へ誘われた。その時彼の魂に干渉していた僕もまた、彼に引きずられるかたちで、彼が誘われた先へと続く道に引きずり込まれた。きっとその影響で僕を通してあの場にその道が出現してしまったんだと思う。そしてそこにいた面々は引きずり込まれ、でも、僕達は途中で落とされた。それは、僕達が招かれざる客だったからだと思う。気が付いたら僕はここにいた。君と出会ったこの場所に。だから思ったんだ。ここにいればいずれ、君が現れるんじゃないかって。ただの勘。いや、願望だったのかも。別に確証があってそう思っていたわけじゃない。でも、本当にこうして君に会えて。変な感じだね。なんだか、想像していたのと随分違う気がするよ。実際、君と会ったらどうだとか全く考えていなかったけれど。でも、こうして会えて、改めて友達になろうって言ってもらえて。悪くないと思う。ここに来れたのは、僕にとって僥倖だと思うよ。ただ、それが他のものにとってはどうだか解らないけどね。」
そんなヤタの言葉を聞いて、沙依はそうだねと返した。全てが全て上手くいく。本当に、全員が全員幸せになれる世界なんてありえない。じゃあ、誰の幸せをとって誰の幸せを捨てるのか、何処で折り合いをつけるのが一番良いことなのか、その判断の正解不正解は誰か決めるんだろう。ユウちゃんはああ言ったけど、以前のわたしが全部が上手くいく未来を願えたのは何も解っていなかったからだと思う。色々解るようになった今は、何が正しいのか解らない。でも、だからといって選ばないんじゃなくて、ちゃんと考えて、今の自分が一番良いと思える結果を勝ち取れるように頑張ろう。そう思う。
「ねぇ、ヤタ。郭さんを視たとき、ヤタはその扉を開けちゃダメだって言ったらしいけど、何を視たの?なんで開けちゃダメって思ったの?」
その問いに、ヤタは何かを考えるように顎に手を置いて少し俯いて黙り込んだ。そして、あの時・・・と語り出す。
「僕は、彼が呼ばれている先、彼を呼ぶものが居る場所を視た。重厚な扉。その向こうで、彼を待つもの。それを外に出しちゃいけないと思ったんだ。何でかは解らない。その先にいるのが良いものか悪いものかも。でも、その先にいるものがとてつもなく強大で僕達が抗うことができない何かだということだけは解った。絶対的な何か。冷静に考えてみると、自分から来るのではなく、彼を呼ぶということは。そして彼に扉を開けさせようとするということは。その存在は、何らかの理由でそこに封じられていて自分では動くことができず、誰かしらに封印を解かせるために波長の合ったものに干渉し、自分の元に呼び寄せていると考えるのが普通。強大すぎる存在はそれだけで脅威。封じられているのなら、開けない方が良い。よほど開けなくてはならない理由がない限り。そういうものだと思う。だから咄嗟に開けるなと言った僕の判断は間違っていないはずだ。でも、すっかり精神を絡め取られてしまっているように思われる彼が、僕の忠告を聞いてくれるかどうかは解らない。だから、とりあえずは彼を見つけ出し、彼に扉を開けさせないようにすることが重要じゃないかな。」
そう自分の見解を話すヤタに、沙依もそうだねと同意を示した。
「でも、もし、現時点で郭さんが扉を開けてしまっていたら・・・。」
そう呟いて、沙依は自分が視たものを思い出した。自分が視た未来。今視えるたった一つの未来。きっとアレはもう確定している。どんなに否定したくても、アレはもう決まった未来。そしてそれが意味していることは・・・。郭さんが呼ばれたのは春麗さんじゃない。春麗さんによく似た、強大で絶対的な存在。いや、春麗さんに似ているというのは、おびき寄せられた郭さんの精神が侵食され相手をそう見えるようにさせられてるだけかもしれないけど。いや、そうなら似た人じゃなくて、春麗さんの幻を見せるはず。春麗さんによく似た強大な力を持った何者かが、扉を開けさせようと手招くものの正体だとしたら、その正体は・・・。そう考えて、また頭が重くなって思考が遮られて、沙依は苛立ちをおぼえた。自分の見たものが厄災かわからない。でも、自分の能力の性質上それが厄災だと考えるのは妥当で、それを止めたいのに。なにか取り返しがつかないことが起こるその前に、できる限りのことがしたいのに。なんで、こんな時に限ってこう調子が出ないんだろう。現役を退いて久しく、平穏な時代になって久しく、鈍ってる、そうとしか言いようがないんだろうか。そうだとしたら情けない。規則に縛られ自由に動けない皆の代わりとして、不確定な脅威に対し速やかに対処するように、ナルはそういう意味でもわたしの力量を信じて指令書を書いてくれてるはずなのに。思うように自分の思考さえ伸ばすことのできない自分が不甲斐ない。そう思って、沙依は一度ぎゅっと目を瞑った。そして少し自分を落ち着けてから目を開くと、その視線を真っ直ぐヤタに向けた。
「ヤタ。お願いがある。わたしと協力して、強大な術式を組んで欲しい。無尽蔵に近いわたしの練気を動力にすれば、ヤタならこの世界を丸ごと飲み込める規模で捜索系統の術式を組み発動させることが可能じゃない?郭さんに扉を開けさせないことが今一番に考える課題だとしたら、早急に彼を見付けることが必要でしょ。郭さんの捜索に時間を掛けている余裕はない。なら、一気に終わらせちゃおう。」
そう言われて、ヤタが顔を顰める。
「言ってる意味は解るけど、居場所を確認できたところで、そんな規模で術式を発動させればお互いしばらくは動けなくなることは必至。僕にはそれが得策には思えないけど。」
「大丈夫。わたしの思考はコーエーが監視してるはず。ヤタのおかげで、脅威の内容が具体的に予測できた。なら、郭さんの居場所がわかれば、わたし達が動けなくても然るべき対応をしてくれるはず。郭さんの居場所がわかれば、とりあえずの問題は解決されたも同じだよ。その後のことは、その時また考えれば良い。」
そう、今はやれることをやるだけやって、今思いつかないこと、考えられないことは、今できることを終えてからまた考えれば良い。そこに時間をとられ対策が後手に回る方が良くない。一度帰還し報告を上げて方針を検討するでもいいけど、それだと時間がかかるし。今は行徳さんの失踪の件も有り、そっちの捜索もあってこの件は後回しになる可能性もあるし、そうでなくても負担を掛けることは間違いない。なら、ここでその部分を補って、必要なところだけ動いたもらう方が各方面の負担も、時間のロスも少なくてすむはず。そうやって、自分の判断に落ち度がないか頭の中で確認し、沙依は、問題ないと判断して、ヤタにもう一度、お願いと術式の発動を依頼した。
「郭の居場所さえわかれば、後は君の所の軍が処理をしてくれると。僕には不明な点も多いし、その判断に疑問がないわけではないけれど。でも、それを明確にすることに時間を割くより、君の判断を信じて行動するべきなんだろう。どうせ彼を止めるためには彼の居場所は突き止めなくてはいけないんだからね。その先のことは、君の言うとおりやってから考えることにするよ。」
そう諦めたように言って、ヤタは術式を展開させた。
「そこまで規模を広くというと今までやったこともないし、正直、上手くやれる自信はない。組終わるまでに少し時間をもらうよ。あと、範囲を広げるとどうしても精度は落ちる。そこの補強は任せたから。僕の組んだ術式に、君の術式を合わせて、それがちゃんと上手く連動し正常に発動できるように、僕も確認はするけど、君の方でもちゃんと確認して。」
そう言われて、沙依は言われたようにヤタの術式を補強するように術式を展開させていった。そうやって二人で黙々と作業を進めていると、周りに誰もいなかったはずなのに急に声を掛けられて、二人は視線をそちらに向け固まった。




