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終焉の時   作者: さき太
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序章

 父に呼ばれ末姫(すえひめ)はそちらの方を仰ぎ見た。

 「永らく止められていた世界の営みが再び動き出す。何もしなければ、世界は収束を進め、やがて終焉を迎えることになる。お前の決断の時だ。さぁ、選びなさい。世界をどのような形に導くのか。世界の命運はお前の手の中にある。」

 父のその言葉を、末姫は黙って聞いていた。

 「お前がどのような決断をするのか。分かれたお前の片割れ達は、それぞれに思うところがあるらしい。しかしはたしてあれらはまだお前の一部なのだろうか。もう既に別の存在になっているのだろうか。かくいうお前もかつてはわたしの一部だった。しかし、今やもう、お前は完全にわたしから離れ個として存在している。お前があれらとの繋がりを断たないのは、人にはなれなかったお前の未練なのか。人になりたかったお前の希望なのか。何にせよ、決断し、決定するのは神であるお前のみができる事。人の世にいるお前の片割れ達にはどうにもできない。あやつらにできるのは、強いて言うならば、お前の意思に少し干渉できる程度。好きにすれば良い。お前が軛にならなければ、世界はまた一に戻るだけ。全てが始まりの時に戻る。わたし達もまた、個ではなく全に戻る。それだけだ。全ての意思は一になり、全ての想いは一となる。そしてまた世界は静寂に包まれる。」

 「そして時が来れば、世界はまた分かれ広がっていく。一からまた多へ。分裂し、広がって、そして、いつかまた一に戻る時を待つ。」

 父の言葉を継ぐようにそう呟いて、末姫は遠くを見た。世界は常にそれの繰り返し。世界はただ広がりそして収束することを繰り返す。全の時代から個々の時代へ、そしてまた全の時代へ戻り、個々へと分かれていく。

 「全てのものは元は一つなのだ。全ての個は最後には一に還る。どれだけの時間が流れても、その原理は変わらない。その原理からは逃れられない。しかし、それから逃れようとするのが人の性。何故人は己と他者が別のものであることを望むのか。我々神の時代、全てが等しく同じだった頃に最初に自我を持ったのが何者か解らない。全ではなく個であることを望んだのが何か解らない。永遠を捨て有限であることを最初に望んだのが何者か解らない。ただ、望みという概念が生まれたその時から世界の在り方が変わった。数多に分かれ最後には一に戻ること、それが我ら神々の在り方だった。それが当たり前だった。しかし人という存在が現れその秩序が乱された。有限の中で生きる人という存在に触れ、神の在り方も変わってしまった。そして神は神である孤独に苛まされるようになった。故に我々神は一に戻ることを強く望む。世界が無事に終焉を迎え、また始まりの時へと戻ることを望んでいる。」

 そう言って父は末姫の方に意識を向けた。

 「その一方で、(わたし)はまたそうならない結末も望んでいる。人が望むその先にいったい何があるのか。世界はどこまで広がることができるのか。それを知りたいとも思っている。人がどれだけ足掻こうと最後には一に戻るときが来る。ならば、わたし達神にとって終焉が今来ようと遠い先に来ようと変わらない。時間の概念に縛られない我々には、現在も過去も未来も同じようにそこに存在しているのだから。だから、この時の決断をさせるために私はお前を創った。我が子であり、私の欠片。神でありながら人の世を生き人の感情を持つ我が娘に、この世界の命運を・・・。」

 そう言われ、末姫は目を閉じてそっと自分の心に問いかけた。終焉を望むのか、継続を望むのか。継続を望み軛になった場合、自分は孤独に耐えることができるのか。そう考えて末姫は、最初から自分は独りぼっちなのだから変わらないと思った。今と何も変わらない。結局何も変わらない。でも、わたしと繋がったままのわたしの片割れ達は、人の世を生きる人としてのわたし達は、わたしの決断一つでわたしと共にこの世界から切り離されることを是とするのだろうか。自分の意思とは関係なく、(わたし)の一部となり世界の軛となる。そうなったとき、わたしははたして今のわたしと同じ存在なのだろうか。人になった方の自分の全てが(このわたし)と一つになった時、それらはわたしの中にどのような影響をあたえるのだろう。今まではただずっと視てきた。時には器としてその身体を借り人の世に干渉し。時には媒介としわたしの力をあたえ、意思を代行させ。でも、ただ他人事のように彼女達が生きるその時をわたしはただただ見続けていた。それは単に、わたしが辿ることができたかもしれない可能性の一つに過ぎず。わたしが本当に過ごしていたわけではない。同じ存在なのに遠い。それが、人になった方のわたし。どれだけ多くの可能性を切り開いても、神になってしまったわたしには関係のない出来事。自分にはこういう未来もあったかもしれない、そういうただの物語。それくらいの感覚でただ視ていたものが全部、本当に全部自分のモノになってしまう。そうなった時、わたしは本当の孤独を知ることになる気がする。そうなった時、わたしは神の孤独に耐えられるのだろうか。解らない。今のわたしには無いものを想像するなんて事はできない。しかし、ただずっと視てきた数多の人の営みの中、絶望的な孤独感に耐えきれた存在をわたしは視たことがない。世界は一になる時を望んでいる。いつか一に戻るため、いつだって全てに働きかけている。きっと、次の軛となるべきわたしに薄くとも感情などというものが芽生えてしまったことも、数多のわたしの片割れ達が人として心を持ち絆を育んでいることも、世界が一に戻るための働きかけによるもの。きっといつかわたしは神の孤独に耐えられなくなり、そして、世界は終焉を迎えることになる。ならば、それが今でもその先でも変わらない。永遠を約束できない安寧を継続させることに意味はあるのだろうか。そこに在る当たり前が当たり前でないと人が知ったとき、それを人は止めることはできず、その苦悩さえ刹那の時の中で終焉を迎える。何が起きたかなんて解らない。終焉を迎えれば全てが一つ。全ての概念は一つに纏まり、全ての意味は意味をなさなくなるのだから。この揺らぎさえ意味はない。わたしがなにを選択するかさえも本当は何の意味もない。全ては同じ。何をどうしても最後は全て同じ所に繋がっている。なら、どうすべきか。何を望むべきか。自分はどうするべきなのか。そう考えた時に末姫は、父と同じように決断できず迷う自分を感じて、やはり自分は父と同じ存在なのだなと思った。心の中に大切なものを思い描いてみる。大切なものと考えて、かつて自分がまだ人の領域にいたときに兄だった人の姿が思い浮かんだ。唯一、ここにいる自分、神様になった方のわたしさえ大切な妹だと言ってくる人。人になった方のわたしとここにいるわたしを分け、違う存在として接する人。自分にとって特別な人は兄様(あにさま)だけだ。兄様だけがずっとわたしを認識してくれていた。兄様だけはずっとわたしを人のように扱ってくれた。それがわたしは心地よかった。だから兄様に嫌われても、兄様にはわたしの声が届かなくなっても、兄様の願いを叶えたいと思った。兄様が全ての罪を背負うなら、その罪は全てわたしのもの。人は神の意志に逆らうことはできない。なら、全ては神様であるわたしのせい。そう考えて、末姫は長兄に会いに行くことに決めた。世界が終焉へと向かう今だから、兄様に会いに行こう。最後のわたしのワガママを兄様に叶えてもらおう。世界が一つになろうとしているこの時、今なら直接会いに行けるから。


 そうして長兄に会いに行ったその先で、末姫は神にならなかった方の自分と向き合っていた。長兄の手を引いて、人として留まった方の自分に語りかける。

沙依(さより)。あなたには次兄様(つぐにいさま)がいる。姉様(あねさま)もあなたの味方。三兄様(さんにいさま)四兄様(よんにいさま)だって、結局あなたをかわいく思ってる。それに、元からわたしのことを認識できるのは兄様だけだった。わたしを認識し、わたしもまた兄妹の一人として想ってくれていたのは兄様だけだった。わたしには兄様しかいない。だから、兄様だけはわたしに頂戴。兄様はわたしと一緒に行ってくれるって言ってくれたから、だから兄様だけは諦めて。」

 幼い姿の自分にそう言われて沙依は行徳(みちとく)の方を見た。

 「高英(たかひで)に伝えてくれ。俺が封じた力を返すから、俺が間違っているかどうか、その判断はお前にまかせるって。俺が間違っていると思うなら全力で止めてみろ、とな。」

 そう言って幼い自分と共に踵を返す行徳に、沙依は問いを投げかけた。

 「兄様はいったい何をしようとしてるの?」

 それを聞いて行徳は足を止め、困ったような諦めたようななんとも言えない顔を沙依に向けた。

 「まだ解らない。解らないが、俺は末姫と共に行く。きっと、ここにはもう戻らない。」

 そう言って行徳は、沙依にどうして末姫が実態として現れたか解るかと問いかけた。それを聞いて疑問符を浮かべる沙依に小さく笑いかけると、行徳は背中を向けて去って行った。それをただ呆然と見送って沙依は、長兄とずっとどちらが神である父の贄となるのかで諍っていたときのことを思い出した。神の孤独に耐えられなかった父の孤独を癒やすため、母によく似た容姿を与えられ家族の思い出を詰め込んで作られた慰み人形だった自分。そんな自分を父の手から解放し普通の人として人の世を生きていけるように働きかけ、自身を身代わりに父に差し出し父の暴走を抑え続けていた長兄。ようやくこの時で、どちらも贄に差し出すことなく二人とも普通の人として、この人の世を生きられる時間を手に入れることができたのに。末姫と並んでいく行徳の姿がまたその時の長兄と重なって、沙依は胸がさわついた。

 どうして神になった方の自分が実態として現れたのか沙依には解らなかった。神である彼女が実態を持って人の領域に干渉することは元来できない。それこそ神の領域から落とされて、彼女を受け入れることができる器に縛られ人の領域に囚われない限り、人と同じ世界線に居ることはできない。彼女の器は自分だ。この時間軸で彼女の器となり得るのは自分以外ありえない。なぜなら、自分は神にならなかった彼女自身。自分と彼女は同じ存在なのだから。でも、彼女は確かにここに居た。自分とは別の存在として確かにここにいた。それがいったい何を意味しているのか解らなかった。何が起きているのか、何が起きようとしているのかそれを知りたくて、沙依は未来の可能性を覗こうとして愕然とした。

 「未来が視えない。」

 そう呟き、沙依は自分の中にいい知れない不安が広がっていくのを感じた。


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