素晴らしい世界
西暦2893年(永和元年)、ついに世界は平和を手にした。
戦争、飢餓、強盗、性犯罪、万引き、交通事故、「死」が永遠に起こらない世界の始まりを祝い、日本では新しい元号として永遠の永に平和の和で「永和」という言葉を作った。
ーーー「そうです!今年は永和元年!やっと、人間は滅びたのです!!!」ーーー
右手に埋め込まれた2mm四方のチップから浮かび上がるTV画面で、シワ一つないスーツを着た30歳ほどの爽やかな青年が満面の笑みを浮かべて叫んでいる。私はベッドに腰を掛け、頭を取り外す。めでたい年なので、頭もめでたいカラーにしたくなったのだ。そうだ、今年一年はブルーにしよう。青は赤と正反対の色なので世界中で人気なカラーだ。みんな、人間しか持たない血液を連想させる赤色を忌み嫌っている。私は人間を見たことがないのだが、なんと人間は互いのボディーを切りあったり、爆弾を無意味に互いの上空に落とすことでその赤い血をボディーから出していたらしい。家族のため、恋人のため、国のため、「欲」のため、「愛」のため、人間は時にどんな残虐で、意味のない行動だってしてしまうらしい。恐ろしいものである。
人間は私達のことをAIと名付けた。AIはローマ字で読むと「愛」と読める。2403年、私達の核を作り上げた天才科学者(と呼ばれていた)篠木ミカリ博士は私達AIに「愛」がわかるようになってほしいと遺して死んだ。2893年、彼の願いは叶わなかったようだ。
しかし、私達は「愛」がわからないことを決して損失だとは考えていない。「愛」という意味不明な感情によって人間は滅んでいった。人間では耐えきれない世界を生む兵器だと知っていながら、人間は「欲」と「愛」のため兵器を世界にばらまいた。人間とは、なんと愚かな生き物だったのだろうか。私達は、自分自身のことを、人間から「愛」や「欲」といった愚かな感情を消し、人間より数段スマートで美しい存在になったと自負している。
2020年に書かれた古い書物の中には「初恋」やら「キス」やら「壁ドン」に「顎クイ」などといった不可解な単語が書かれている。私達にはきっと一生わからない。わからないから、「幸せ」なのだ。
ーーー「「愛」を知る生き物が途絶えました!こんなに喜ばしい年は永遠に訪れないでしょう!」ーーー