みんな聞いてくれ、俺の名前は剣崎聖也。2年前から異世界転移して俺TUEEでチーレムな勇者をやっているんだが、決戦前のパーティーメンバーの様子おかしいんだ
みんな聞いてくれ。今俺の目の前でとんでもないことが起こってるんだ。
何かって?
今、俺の目の前でシェリア姫とバートの野郎がキスしてるんだよ!! コンチクショーがぁぁぁっ!!!……ああ、悪い。興奮しすぎた。順を追って話そう。
俺の名前は剣崎聖也。2年前に日本から、この異世界ガルネリアに召喚されて勇者をやっている者だ。ここガルネリアにあるフォーラ王国は少し前まで魔族による侵攻を受けていた。魔族ってのは見た目は人間に近いんだが、肌が緑色で、牙があって、角が生えてて、耳が尖がってて、身体に紋様があるのが種族で、最大の特徴は人間よりも強力な魔力と身体能力を持っている点だ。当然、そんな奴らが攻めてきて王国は大混乱。もう少しで滅亡寸前まで追い詰められていた。そこで異世界から勇者として召喚されたのが、この俺、剣崎聖也だ。
大学受験に失敗して1年間ヒキニートをしていた俺は久々に外出したとき柄にもなくトラックに轢かれそうになった小学生を助けようとして、気がついたら神殿で姫様に呼び出されてたってわけさ。
あとはもうチートチートでオレTUEEEなハーレムだ。
いや……ちょっと盛ったな。それなりにピンチはあったし、カッコ悪い場面もあった。だけど冒険は概ね順調で、明日はいよいよ魔王城に乗り込んで決戦だ。現在レベルは83。装備も伝説級のものを揃えて、足りないパーティーメンバーの分は市販品で最高級のものを用意した。ソロだとキツイかもしれないが、パーティープレイなら十分魔王を倒せるだろう。
「あ、あの……セイヤ殿」
背後の影から声が聞こえるが気が散るから、ちょっと黙れ。
さぁ、話を戻すぜ。
事件は前日の城での決起パーティーが終わった後の城の一番隅っこにある庭園で起こったんだ。俺が明日の決戦のことを考えて、柄にもなく庭園でセンチメンタリズムな物思いに耽ようとしたとき、二人が忍ぶように薔薇の園へと足を運んでいた。そして見ちまったんだ。二人がキスするところを!
薔薇園の陰で月に照らされながら佇んでいる黒髪のとんでもない美少女はシェリア姫。俺を勇者召喚の儀式で呼び出した張本人で、職業は巫女。召喚されてからともに戦場を駆け抜けてきたかけがえのない仲間だ。可愛い。とにかく可愛い。そしておっぱいが大きい。神殿で呼び出されたとき、初めて見て一目惚れした、超絶美少女だ。チートがあるとはいえ、俺が怖いのを我慢して勇者なんてやってる理由の一つは、魔王を倒した暁にはシェリア姫と結婚させてやると王様が約束したからだ。俺の異世界のハーレムメンバーにおけるお嫁さん候補ナンバー1。それがシェリア姫だ。
そしてその前にいる茶髪のイケメンはバート。こいつも明日一緒に魔王城に乗り込む予定の俺のパーティーメンバーであり職業は剣士。公爵だか、侯爵だかの名家のボンボンだ。レベルは64で、まぁまぁ腕は立つ。最初はいけ好かないイケメンだと思ったが、一緒に苦楽を共にする内に、最近は少しずつ折り合いがついてきた所だ。
そう思っていた。
さっきまではな。
その二人が長い口づけの後、唇を離して言った。
「バート様。明日は決して死なないでください。もしもバート様が死んだら、シェリアは生きてはいけません」
「ご安心ください。このバート、愛する者の願いとあらば決して死ぬことはありません」
シェリア姫は白い肌を桜色に染めて言う。
それを見て俺の頭は混乱する。
ちょっと待ってくれ、二人ってそんな関係だったのか?
いつからだ?
全然、気づかなかったぞ。
薔薇の枝葉に身を隠して俺は耳をそばだてる。棘がチクチクするが、レベル83の肉体はこの程度じゃビクともしない。
「こうしていると思い出しますね。初めて会った時のことを」
「はい、あのときはシェリアもバート様もまだ子どもでした。あのときのバート様ったら、毛虫を枝に乗っけてシェリアのことを追いかけまわして」
「それは言わないでください……」
いつもは挑発的な口調のバートが拗ねたように口を尖らせる。
ヤバい、これ二人だけの世界だ。
昔からの知り合いだとは聞いてたけど、こんなにガッツリ幼馴染だなんて聞いてないよ?
ひょっとして黙ってた?
目を皿のように開いて見た二人の姿は悔しいがまるで一枚の絵画のようにお似合いだ。
「それにしてもまさかバート様とこんな関係になれるだなんて」
「それは私もです。思えばあの時、土のディラモスに姫が攫われたとき、改めて自分の想いに気がついてしまったのです」
土のディラモス。アイツか……たしか一年くらい前に戦った、最初に戦った四天王の名前だ。石化の魔法を使う恐ろしいヤツで、そいつに攫われたシェリア姫を助けるために俺たちは敵のアジトに乗りこんだ。あの時はディラモスの石化の魔法を俺がわざと受けて隙を作り、そこをバートが攻撃して何とか撃破した。俺には勇者の加護があって自力で石化を解除出来るからな。
そういえば石化を地力解除した直後、俺の記憶は曖昧だった。まさかあのときに何かあったのか?
「あのときバート様が助けてくれなければ、シェリアは石になって砕かれてしまっていました」
「ディラモスは強敵でしたからね。しかし助けてもらったのは私も同じです。とくに火のネッドバラッドとの戦いのときは、姫の神聖魔法がなければ消し炭になっていました」
ネッドバラッドも四天王の一人だ。強力な火炎魔法の使い手で当時まだレベルの足りなかった俺たちは策を弄して立ち向かうことになった。
「ネッドバラッド……恐ろしい相手でしたね」
「ええ、ただでさえ強いのに用心深いヤツでしたから」
そうネッドバラッドは強さと慎重さを併せ持つ難敵だった。アイツは自分の領土を結界で包んでいて、その中にいる限り何倍もの力を発揮する。だからアイツを倒すにはまず西と東を挟んで設置されている結界石を破壊する必要がある。あのときは結界石破壊の2チームと陽動の1チームにパーティーを分割して行動した。ちなみに俺は陽動、シェリア姫とバードは同じチームだ。
陽動の俺は一人でネッドバラッドに立ち向かい時間を稼いだ。結界石でブーストされたアイツの火炎魔法は超強力で、あのときは本当に死ぬかと思った。
「結界石を守る炎竜が死の間際に放った一撃。あのときにバート様が抱きしめてくれなければ、シェリアは諦めてしまっていました」
「私が何もしなくても結局、姫の張った障壁が防ぎ切ってくれましたが」
「そんなことはありません。あのときバート様が抱きしめてくれたからシェリアは頑張れたのです。それに……」
そう言って、シェリア姫は恥ずかしそうに頬を染めながら唇に手を当てる。
えぇぇ!? 何!!? そういうこと!??
そこでキスしたの!!??
マジかよ……俺がジリ貧になりながら防戦している間に、そういうことになってたのかよ。あの時は俺一人で猛攻を凌いで、左腕とか完全に炭化してたんだぞ!
その間バートのヤツは姫様に抱き着いておっぱいの柔らかさを楽しみ、あまつさえ唇まで!?
駄目だ、視界が暗くなる。
えっと……ネッドバラッドと戦ったのっていつだっけ?
確かディラモスの後だったよな……そうか~、あの辺から二人は付き合ってたってことかぁ~
ヤバい、泣きそうだ。
その辺りの時期って、俺との間にも色々あったよね?
一緒に星空見たりとか、一生懸命作った護符をプレゼントしてくれたりとかさ、俺も勇気出して首飾りプレゼントしたり。クソッ! 二股かけてやがったのか!! 許せん! 俺のハーレムメンバーにあるまじき裏切りだ。
頭に血が上る。
無意識に拳に力が入り、静かだが濃密な魔力の渦が形成されていく。俺とシェリア姫のレベル差は20オーバー。こいつが炸裂すれば、人間の頭なんて潰れたトマトだ。
そうしてそれを解き放とうとして…………………………いや、違うな。
俺は数瞬の間で冷静になれた。
危ない、危ない、怒りで我を忘れるところだった。
そうだな。確かに彼女は俺のハーレムメンバーの一人であり、お嫁さん候補の筆頭だ。しかし……しかしだな。実は俺は彼女と手を繋いだことすらないのだ。
しかしそれも仕方ない。2年前、ガルネリアに召喚された直後の俺は単なるヒキニートだった。受験を失敗して家から一歩も出ない生活を続けていた俺は剣道部で活躍していた頃からは見るかけもないほどにブクブクに太っていたのだ。
だからあの日、神殿の召喚の間で呼び出され向かい合った俺とシェリア姫はまさしく醜い豚とお姫様だった。もちろん俺だっていつまでも豚のままじゃない。元々は長年剣道で鍛えていたこともあり、戦闘訓練が始まり実戦を積んでいくうちに、身体に纏わりついた脂肪はみるみる落ちていった。だが俺には引け目がある。シェリア姫の記憶には、あの時の醜い豚の俺の記憶がしっかりと残っているはずなのだ。
それが俺の手を鈍らせた。
加えて俺は慢心していた点もある。何しろ俺とシェリア姫の婚約は国王のお墨付きだ。焦らなくても放っておけば最後は一緒になれると楽観していたことは間違いない。それに比べてバートの野郎は自分で行動して姫の心を射止めたんだ。
「姫……魔王との戦いが終わったら、私はセイヤに決闘を挑もうと思います。そうでなければ姫と結ばれることはありませんから」
え~っ、そういう流れかぁ~。
イケメンのバートはその顔面に相応しいカッコいいことを言っている。そんなアイツの台詞にシェリア姫もうっとりだ。
クソッ、雌の顔しやがって。
いいさ、別に俺のハーレムメンバーはお前だけじゃないんだ。
バートのアホも魔王の後に返り討ちにしてやる。
「シェリア姫……」
「バート様……」
二人は真っすぐに向き合う。多分またキスする気だ。
それを見た俺は居たたまれない気持ちになり、その場を後にする。悲しくなんかないんだもん。ちょっと涙が出かけたけど、それは薔薇の棘が刺さった痛みのせいなんだからな。
心の中で吐き捨てて、俺は背後に影を背負いながら立ち去った。
クソビッチなシェリアとアホのバートに気を悪くした俺は薔薇園をあとにする。
クソッ、この嫌な気分を何とかしないと。
そう思い俺は一人の少女の顔を思い付いた。
栗色の髪をポニーテールにした活発な女の子。名前はアーニャ。職業は武道家。俺のお嫁さん候補ナンバー2だ。天真爛漫な女の子で人懐っこく、とにかく明るい。城下町の大きな道場の跡取り娘で、勇者が召喚された噂を聞きつけて、腕試しの勝負を挑んできたのが最初の出会いだった。この頃の俺は一通りの訓練を終え、身体もシェイプアップしていた。彼女もまだ低レベルだったということもあり、勇者の加護とスキルのごり押しで俺は何とか勝った。彼女はそれ以来ずっと俺に懐いている。ちなみに抱き着くたびに大きな胸が当たり楽しませてもらっているのは俺の中だけの秘密だ。
彼女の部屋は確か西館の方だったか?
そう思い足早に移動する。
フォーラ王国の城は軍事基地というよりも王宮としての性質が強く、とにかく横に広い。だが加速と駆動のスキルを使えば音もなく高速移動することが可能だ。かつては苦戦したスキルの二重使用を苦も無く使いこなし、俺は駆ける。
よし、ついでだ。立体機動も使って最短距離で移動してやろう。さらに速度が上がる。こいつに着いてこれるのは足元の影くらいだ。
俺はスキルの三重使用を駆使して壁を走り、屋根を飛び、西館にまで最短距離で移動する。
頭の中にあるのはアーニャの大きな胸だ。
柔らかく弾力に飛んだおっぱい。
勇者の加護であるエクストラスキルはいくつかあるのだが、俺がもっとも有効利用させてもらっているのが主人公補正のスキルだ。こいつは強力なパッシブスキルで、何もしなくても向こうから勝手にウハウハの展開がやってくるという、最高にイカしたスキルだ。曲がり角で、階段の下で、暗闇の中で、こいつは容赦なく発動して俺を楽しませてくれる。
ニヤニヤ笑いを抑えることが出来ないまま、俺は夜の王宮を疾駆する。
おっと行き過ぎた。勢い余って3階まで飛んじまった。しかしここでも俺の主人公補正は発動する。着地したベランダがちょうどアーニャの部屋だったのだ。
コイツはついている。
俺は気配を殺したまま、アーニャを驚かせてやろうと窓を開けようとする。
その時だ。
俺は室内にもうひとつ気配があることに気がついた。
ちっ、誰だよ、邪魔だな。
イラつくものの、もちろん気配など億尾にも出さない。レベル83は伊達じゃないんだ。景色に溶け込むように忍び寄りガラス越しに部屋の中を見る。するとそこにいたのは線の細い少年だった。
栗色の髪で年端十代の半ばだろうか?
コイツには見覚えがある。アーニャの弟のレニだ。
本来はコイツが道場を引き継ぐはずだったのだが、生来の病弱な身体のせいでアーニャが道場の後継者として育てられていた。
そうか、アーニャは弟思いだからな。最終決戦の前に弟に会っておきたかったんだあろう。そういう優しい所や母性が彼女の大きな胸と相まって素晴らしい魅力になっているのだが、よりによってこのタイミングか。
姉弟は仲睦まじく語りあっている。俺は苛立つものの、さすがに家族の団欒をぶち壊すほど狭量な男ではない。俺の理想のハーレムは皆でキャハキャハ、たまにイヤン❤が信条だ。ここで無理を強いれば、そのルールを破ることになってしまう。
まぁ、いい。アーニャのおっぱいは逃げはしない。ここはいったん出直そう。そう思い、踵を返そうとした時だ。窓越しに見える姉弟の姿を見て俺は驚愕した。
「セセセセセ、セイヤ殿ぉぉ~!??」
背後の影から声がするが、動転してしまっているのは俺も同じなので答える余裕はない。
だがそれも仕方がない。何しろ目の前で起こった事態が事態なのだ。
仲の良い姉弟であるアーニャとレニ。その二人の距離が少しづつ近づいていくのだ。最初は隣り合って座るだけだったのだが、アーニャの手がレニの肩に触れ、レニの手がアーニャの胸元に触れ、それがさらにエスカレートしていく。
ちょっと待って、二人は姉と弟だよな?
義理の姉弟?
いや、でも顔立ちとか凄い似てるし……え? え? えぇっ!?
あれよあれよという間に二人は生まれたままの姿になり、レニのヤツは俺が服越しでしか味わったことのないアーニャの生のおっぱいを満喫している。
「あわ、あわわわわ……セイヤ殿ぉ」
言うな!
俺だって、困惑しているんだ。
クソ、こっちの顔が赤くなってきた。
なんて……もう、あぁっ!
気がつけば俺は影とともに脱兎のように駆けだしていた。
なんてことだ。アーニャのヤツ、姉と弟で、あんなことを……
心臓が早鐘のように鳴っているのは全力で駆けたからだけではない。王宮で一番高い尖塔の屋根の上まで来たのは、誰にも気づかれない場所で一息つくためだ。
胸の中と足元の影から乱れた鼓動の音が引いていく。
よし、冷静になれた……いや、冷静か?
ちょっと自信がないな。
おかしいな。ついさっきまで俺はウハウハ異世界転移ハーレムの勇者様だったはずなのに、何でこんなことになっているんだ??
周りにいる女の子はみんな可愛くて、俺にチヤホヤしてくれる。俺はそれをニヤニヤしながら女の子に着かず離れずして楽しむのだ。
それが何でだ???
世の理不尽を嘆きながら頭を抱える。
そうして一筋の光明に思い至る。
そうだ、俺にはまだミレーヌがいる。ミレーヌは魔術師の職業を持つ、妖艶な美女だ。当然のごとくおっぱいは大きい。
何を隠そう、俺と彼女はキスしたことがあるんだ……ほっぺただけどな。
もう俺には彼女しかいない。しかし次の瞬間、俺はこの2年間の間で最も勇者としての能力を持ったことを後悔した。俺のレベルは83だ。現時点でこの数字に到達している人間は俺しかおらず、その身体能力は素手で大岩を砕き、駆ければ見ての通り高い塔もひとっ飛びだ。そして当然、五感も強化されている。その常人離れした視覚が対面にある塔の窓を捕らえていた。
そこには波打つような見事な赤毛をした抜群のプロポーションを持つ美女がいた。ミレーヌだ。そして彼女は一人ではなかった。
一緒にいるのは中年の男だ。禿げた頭に、突き出た腹は2年前の俺よりも太っている。いつもミレーヌのことを厭らしい目つきで見てくる、彼女がいつも「スケベ豚」と揶揄する大臣だ。
その二人が、この遅い時間に、同じ部屋にいる。
「あわわわわわわ、セイヤ殿! セイヤ殿! あれは? ミレーヌ殿は大臣に一体何を???」
うん、こういう反応になるよね。
何しろミレーヌってば、裸の大臣をハイヒールで踏んづけながら鞭で叩いているんだ。しかも大臣、スゲー幸せそう。
あれ、目から汗が……ハーレムって何だっけ?
「セイヤ殿……」
今日はもう疲れたな。もう寝よう。明日は魔王城だし。
こうして俺は魔王を倒した。
もちろんみんなと協力したよ。ソロだと負けるかもしれないし。こんなことならレベルがカンストするまで粘るんだった。カンストすればソロでクリア出来るからね。パーティープレイが超気まずいよ。
魔王を倒した俺は凱旋の途中でそっとパーティーから抜け出した。もうここに俺のハーレムはない。
でも大丈夫だ。
腐っても俺は勇者。これまで魔族から多くの人々を救って、皆からちやほやされてきた。もちろん女の子からもだ。お姫様と比べるとちょっとランクは落ちるけど、教会のシスターとか、村長の娘とか、他にもケモ耳娘に、妖精族の姫、エルフっ娘は……パスだな。おっぱいが小さいからな。何にしてもお嫁さん候補はまだまだいる。ここだけの話、求婚されたのも一度や二度じゃないんだ。
そうして俺は逃げるようにして……いや、ようにだぞ。別に逃げた訳じゃない。これはあくまで比喩的表現だ。とにかく俺は王都に帰らず、そこから山ひとつ離れた街にいた。
ここは冒険の終盤に訪れた街で、今でこそ平和に見えるものの当時は魔族の恐るべき野望が進行していた。魔薬という一時の快楽と引き換えに体内に魔力を暴走させ、やがては死に至る危険な薬物が蔓延していたのだ。それを裏で指揮していたのが四天王の一人である水のクーラクーラだ。こいつは戦闘能力もさることながら頭の切れるヤツで、人心を操ることに長けていた。そいつを勇者であるこの俺が見事解決して見せたってわけさ。
「セイヤ殿、この街は変わらず平和なようでありますな」
うむ、そうだな。こういう景色を見ると勇者をやってて良かったと思う瞬間だ。そして何よりこの街にいるシスター・エルガはおっぱいの大きな癒し系美人なんだ。
彼女とはクーラクーラとの戦いの折り、逗留していた教会で出会った。心優しいエルガは人心を惑わす魔薬に心を痛めており、中毒者を治療するために日夜身を粉にして奉仕していた。そんな彼女を勇者であるこの俺がカッチョよく助けたってわけだ。感謝されたぜ、それこそ「ずっと一緒にいたい」って言われるくらいにな。だから俺はこの街に来たんだ。
俺は街の中央にある教会に向かう。大きな教会。屋根の上には十字架を模したモニュメントが陽光を反射して煌めいている。中からは子どもたちが歌っているの清らかな讃美歌が聞こえてきた。
うん、心休まる光景だ。まるで戦いに疲れた俺を温かく迎えてくれているようだ。
そして目当ての人物は建物のすぐそばにいた。彼女がエルガだ。シスター帽で隠れているが長い金髪の美女で、重ねて言うがおっぱいが大きい。そしてこれまでのクソビッチどもと違い、彼女は絶対に裏切らないという確信が俺には会った。
「まぁ、勇者様!」
俺の顔を見た瞬間、花が咲くような笑顔を浮かべる。それに俺も相好を崩した。さらに俺は分析で彼女のステータスを読み取る。こいつも勇者だけが持つエクストラスキルのひとつで、鑑定系の最上位スキルだ。俺は彼女の左端に浮かぶステータス画面を見て安堵する。
そこにはこう記されていた。
称号:聖女
神の道に進み、徳を積んだ、清らかな乙女にのみ与えられる称号
ほとんどの人間には知られていないが、称号とは職業とは別に、その者が信念に基づいた行動を続けることで神により与えられる特別なものだ。例えばシェリアは高位の神聖魔法を使える巫女ではあるが聖女の称号を持っていない。当たり前だ。アイツはビッチだからな。ちなみに取得しているとステータスの補正がつくのだが、今は別に重要な情報ではない。重要なのはフレーバーテキストにある「清らかな乙女」の部分だ。つまりエルガはあの、ビッチ姫や、背徳武道家や、SM魔術師と違い、神に太鼓判を押された本物の乙女なのだ。
俺は魔王を倒したことと、エルガとずっと一緒にいたいという旨を話した。
緊張したぜ、だって女の子に本気で告白するのって、今までになかったんだからな。ほら、俺、男子校出身じゃん。そして帰ってきた答えは「YES」だ。
ひょっほー! やったぜ!!
これで怖い思いをして魔族と戦った甲斐があったってもんだ。
すると、彼女はすぐさまこんなことを言ってきた。
「しかし勇者様。私は神のこの身を捧げた人間なので結婚することは適わないのです。ですが問題ありません。勇者様も神に認められしお方。ともに寄り添い、神の道を歩いていきましょう」
えーっと、何それ?
つまりずっとプラトニックなお付き合いでいましょうってこと?
一生?
エロいこと出来ないの?
頷いた彼女の言い分だと、そういうことらしい。
エルガの元を離れた俺は山奥の村にいた。エルガはいい娘だよ。うん、すごくいい娘。ビッチ姫や、背徳武道家や、SM魔術師と比べれば、ずっといい娘だ。だけどさ、神に捧げるのは心だけでいいじゃん。身体は俺に捧げてくれよ。
「セイヤ殿。ファイトであります」
うん、ありがと。
よし、ファイトだ、俺。
向かう先は冒険の序盤で立ち寄った山村。何か蛇みたいな魔物が山神として祭られていて、年に1回、生贄をささげろとか言ってる所だった。まぁ、結局そいつもただの年老いた魔物の一種で、カッチョいい勇者である、この俺が正体を暴き、ババっと解決。人身御供になるはずだった女の子は俺にメロメロっていう寸法さ。まぁ、お姫様や、聖女と違って、その娘はガチの村娘なんで可愛さ的にはクラスで5番目くらいなんだけど、この際文句は言うまい。
俺は安牌である村娘の家を目指して意気揚々と歩いていく。さして広くない村なので、目的地にはあっさりと到着した。
おっ、いたな。確か名前は……アンリちゃんだったかな?
ヤバい、ちょっと自信がない。
「ゆ、勇者様! お久しぶりです。覚えておいでですか。あのとき助けていただいたアンヌです」
おっ、ニアピンだ。
迂闊に声をかけないでラッキーだったぜ。
俺は魔王を倒した旨を伝え、その息抜きとして各地を外遊していると言う。そうなるともう宴の始まりだ。何しろこの俺は王国を救った勇者様だからな。
うん、これだ、これだよ。これこそ勇者だ。
最近、ようやく飲みなれてきたワインを口にして俺は笑う。注いでいるのはもちろんアンヌちゃんだ。同じワインを飲んでいる彼女の顔もほんのり赤く染まっている。
うひひ、今夜はこの娘が俺のものに……そんな妄想が膨らんだとき、アンヌの背後から見覚えがあるようなないような青年がひょっこりと顔を現した。
えっと、誰だっけかなコイツ?
何しろこの村に来たのって1年半くらい前だから、けっこう記憶が曖昧だ。絶対に知ってるヤツのはずなんだけどな。
「勇者様、お久しぶりです。勇者様のおかげでアンヌは生贄にならずにすみました」
うん、ああ……
「おかげで俺、幼馴染のアンヌと所帯を持つことが出来ました」
「実は私たち結婚したんです」
はい?
けっ、結婚??
え、ちょっと、ちょっと!??……あっ、思い出した!
コイツ、確かアンヌちゃんの幼馴染で、あのとき「幼馴染を助けてくれ」って、泣きついてきたヤツだ。
「これも全て勇者様のおかげです。覚えていますか、勇者様が言ってくれた言葉『勇者とは勇気ある者のことを言うのだ。勇気を持つもの全てが勇者だ』って言葉。俺、あの言葉のおかげでアンヌに告白出来たんです」
ああ、うん、言ったね。昔、漫画で読んだ台詞だ。何かノリで言った気がする。
うそー、アレで勇気もらえちゃう?
っていうか、アンヌちゃんもOKしちゃう?
魔物から助けたとき、キラキラした目で俺のこと見てたよね?
俺に惚れてたはずだよね?
ちょっと、ちょっと、ちょっと~~~!!!
その後、俺はケモ耳少女に会いに行った。知らなかったけど、ケモ耳っ娘って多産なんだね。5子ちゃんが生まれててビックリしちゃった。名前つけてあげたよ。すっごい感謝されちゃった。
「セイヤ殿が名前をつけてくれて、皆さん喜んでくれていたであります。勇者様のつけた名前だから、きっと丈夫な子に育つであります」
うん、ありがと。
あと妖精族って結婚って概念がないんだね。パートナーは部族全員なんだ。つまりいつでも、誰とでもくっついて離れてOKなんだってさ。
すっごい!
まさにハーレム。
だけど人間の俺的にはないわ~、マジでないわ~。
「妖精族は古き風習を大切にしているのであります。きっとセイヤ殿の優秀な血筋が欲しかったのであります」
うん、そんな感じだったね。
はぁ……
夕日が沈む山頂で俺は黄昏ていた。
おかしいな。俺って勇者だよね……勇者だったよね。ちょっと前まで女の子にチヤホヤされて、キャハキャハ、イヤン❤ で楽しくやってたはずなのに、何よコレ?
あの後も色々な村に立ち寄ったのだが、結果はだいたい同じだった。みんな俺のこと好きって言ってくれてたのにな……
オレンジ色の夕日が滲んで見える。
そう、ハーレムだのなんだのとイキっちゃいたが、俺は結局のところ童貞小僧さ。男子校で部活ばっかりやってた俺は、女の子にチヤホヤされても、それ以上の関係になるにはどうすればいいか分からなかったんだ。そんでボヤボヤしてたらチャンスを全部に不意にしちまった。
それにしても女心と秋の空は変わりやすいな……まだ、春だけど。
「セイヤ殿、次はどこに行くのでありますか?」
後ろを振り向けば、そこには一人の少女がいた。浅黒い肌をした小柄な女の子だ。コイツの名前はニャモ。職業は密偵。王国から俺のお目付け役として派遣された彼女は俺の最初の仲間でもある。
そして彼女は最初の仲間としてはありがちな展開として、冒険の中盤くらいで戦闘の役に立たなくなった。この2年間試した結果、もっとも効率的な戦闘方法は「レベルを上げて物理で殴る」だ。瞬間最高火力をたたき出すなら魔術師の禁呪もアリだし、連撃とクリティカル狙いなら武道家もアリなのだが、密偵にはそれがない。彼女がせめて同じ盗賊系の職業である遊撃手か暗殺者なら、一撃必殺のスキルもあったのだが、密偵の職業はそのすべてのスキルが探査関連だ。ステータスも低いお荷物キャラ。
しかしそんな彼女にもひとつだけ使い道があった。彼女は密偵の上級スキルである遁甲が使える。それは対象の影に潜み潜伏するというものなのだが、使ってみるとコイツが意外なまでの壊れスキルだったのだ。
この世界には、アイテムボックスだの、ストレージだの、何でも入る袋だのと言ったアイテムやスキルが存在しない。いや、ひょっとしたらあるのかもしれないが、俺はそんな便利アイテムやスキルは持っていない。だから回復アイテムが持てる量にも限りがあるし、複数武器を相手の属性によって使い分けるみたいなことも難しい。そんなとき彼女の遁甲は大いに役立った。荷物持たして影の中に入っていてもらえばいいのだ。お荷物キャラが荷物持ち。質の悪いジョークのようだが、存外に彼女は喜び、どんなときでもニコニコしながら着いてきた。
「疲れたのでありますか? ならば、この近くに王国の密偵が使う秘密の隠れ家があるのであります。もう少し行けば小さな村があるのですが、恐らく宿はないのであります。どちらが良いでありますか?」
ああ、そうそう。あとコイツは密偵らしく、王国内のあらゆる情報に精通している。
「路銀にはまだかなりの余裕がありますが、途中で補充するならば三つ先の街で冒険者ギルドがあるので、そこを使うのが良いのであります」
帳簿もスケジュール管理もバッチリだ。荷物持ちだからな。
「野宿するのならば、ご飯は少し待って欲しいのであります。この前に作ったばかりの野兎の干し肉を戻すので時間がかかるのであります」
まぁ、料理も出来るほうだ。
そうコイツが役立たずなのは戦闘時だけで、その他はけっこう使えるのだ。
「ん? 何でありますか?」
ニャモは不思議そうな顔でこちらを見て首を傾げる。王国では珍しい黒瞳が俺を映し、おさげ髪が風に揺れる。まぁ、顔も愛らしい方だ。声も鈴のように軽やかで耳にも心地よい。
しかし、しかしだ。ニャモにはたった一つだけ欠点がある。
俺は重い腰を上げてニャモの隣に立つ。
「セイヤ殿?」
並んで立てば、胸の下あたりから声が聞こえる。
そうコイツはチビだ。
「じっと見つめられると恥ずかしいのであります」
恥ずかしそうに身体をもじもじさせる。その体躯もお子様体型で、胸なんて完全にまな板だ。
そう、戦闘以外では何かと使えるニャモなのだが、コイツは典型的なロリ体型なのだ。
「も……もしや、セイヤ殿。ついに自分に手を出す決心がついたのでありますな! 何度も言いましたが、このニャモ、見かけはロリでも合法ロリなのであります」
ああ、変な言葉覚えちゃったな。コイツ、密偵だけあって記憶力良いんだよな。
ちなみにコイツ俺より2歳上で、ミレーヌと同い年なんだよ。
「で、でも……初めてなので、なるべく頑張りますが、夜は優しくして欲しいのであります」
頬を染めて上目遣いに俺を見る。
はぁ……結局残ったのはハーレムでも3軍メンバーだった、コイツだけか。
「むむっ! どういうことでありますか?」
もう田舎に引っ込んで静かに暮らそうかな。いちおう地球に帰還できるけど、俺って帰ってもヒキニートだし。
「国王様に頼めば、所領を賜れるのであります」
そうか、地方領主とか悪くないな。農民から税だけ取り上げて、贅沢三昧とまでは言わないから働かずにダラダラ過ごそう。
ああ、でも最低限の作物や税収は確保しないとな。前から思ってたけど、この世界って魔法があるくせに農業には応用してないんだよな。土系の魔法とか、あれって整地したり、畑耕したり出来るだろう。それにたい肥とかも効率よく作れそうだし。
「おおっ! いつものチートでありますな!!」
あと回復魔法って促成栽培に応用出来るよな。それを王都に持っていけば楽に稼げそうだ。
「荷物持ちなら任せるのであります。魔王を倒してレベルが上がったので、運べる量がさらに増えたのであります」
ん? 荷物持ち?……待てよ。
土魔法で整地が出来るなら街道を整備して、ゴーレムで大量輸送の手段を確立して、あとはその権利だけで寝てても税収が入ってくる。そっちの方がおいしそうだ。
まぁ、楽に稼ぐのは問題なさそうだ。
「おおおおっ、さすがはセイヤ殿であります!」
はぁ……あとはお嫁さんか。
どこかで、いつでも俺にチヤホヤしてくれて、好きなだけ甘やかしてくれて、俺についてきてくれる可愛い女の子はいないかなぁ。もう、おっぱいにはこだわらないからさ。
「自分はどこまでも着いていくのでありますぅぅ♪」
END