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ある日森の中、黒猫に出会った。

作者: 空飛び猫

女の子と黒猫のほのぼの話し。

「ふんふ~ ふふふ~♪」 


 調子っぱずれのハミングで、芽吹き始めた鮮やかな緑が目にも優しい森の中を、一人の女の子がご機嫌に歩いている。

 艶々ほっぺに琥珀色の気の強そうな目。どこかの繁みにでも入ったのか、肩の上で切りそろえられた黒髪や服のあちこちに小さな葉っぱや土などの汚れが付いている。

 途中で拾った細い木の棒を指揮棒がわりに振り回し、実に楽しそうだ。


「ふふふ~ん ふふん♪」


 朝食後に2階にある自分の部屋へ戻った後、ちょっと腹ごなしに散歩をしようかと思い付き、ベランダから秘密のルート―――2階の部屋のベランダにまで張り出した木の枝―――を通って家の裏にある森へ来たのだ。

 初めは森の散歩道に沿って歩いていたのだが、途中で道を逸れ、風の吹くまま気の向くまま歩いている。

 女の子は軽快に歩いていた足をピタリと止ると目を閉じた。真剣な面持ちで持っていた棒を真っ直ぐ前に突きだし、左右にゆっくり大きく振った。

 腕を何度か往復させ、少し左斜め前辺りで腕を止めると、クワッと目を見開き


「こっちに、何かある気がする!」


 女の子らしい甲高い叫び声をあげ、再び歩き始めた。

 

 森に入ってかれこれ30分は経過しているが、万事この調子で歩き続けている。

 女の子自身どこを歩いているのか全く分かっていないが、道を逸れて歩いていても、そろそろ帰ろうと思うタイミングで、いつも散歩道が見つかり無事に家まで辿り着けているため、本人はいつものことと然程気にしていない。


 森と言っているが、実際は公園の様にそれなりに整備されているし、休憩場所なども途中にある。もちろん、危険な肉食獣はいない。

 大人の足で、散歩道に沿って歩けば1時間くらいで抜けられる広さだ。

 そう、散歩道を外れなければ、問題のない森なのだ。

 なので両親は、娘がまさか散歩道から逸れて散歩という冒険をしているとは気がつかず、帰りが遅いと迎えに行っても、いつも散歩道から歩いて来る娘と出会うので、あまり遠くまで行かないように、としか注意をしていない。

 娘の森での様子を知れば、絶対こんな言葉だけでは済まされない数々の事をしている自覚が一応女の子にもあるので、両親には内緒にしている。


 女の子は数歩歩くと、何か気になったのか立ち止まり、キョロキョロ辺りを見回し首を傾げた。

 鳥の囀ずり、風の音、葉のざわめき、何かの動物の鳴き声、自分の歩く足音。いつもと変わらない森のようだが、暇さえあれば森を探索している女の子には、どこか違和感を感じたのだ。


「なんだろ?...森がザワザワしてる?」


 犬のようにクンクンと匂いを嗅いでみるが、新緑の季節なので緑の濃い匂いはするが、特に気になるような匂いはなかった。

 上を見上げてみると、葉が生い繁っている為あまり空は見えないが、木漏れ日が地面まで伸び、光の筋が幾つも降り注いでいる。なんとも長閑で気持ちがいい。まさに散歩日和だ。


 結局、違和感の原因は分からなかったが、何となく嫌な感じはしないしと気にせず、そのまま歩き出した。




◆・◆・◆




「うわぁー!!」


 目の前の景色に、思わず女の子は感嘆の声を上げた。


 あれから5分くらい歩いた時、木と木の隙間からキラキラと光るものが見え、急ぎ足で見に行ってみると、ポカリと開けた場所に出た。そんなに広くはないが綺麗な円形状に森が開けており、その真ん中には女の子が腕を広げるよりも一回りくらい大きい水溜まりのようなものがあった。それに日が反射してキラキラ光って見えていたようだ。


 水溜まりと思ったものの縁まで行き覗き込んでみると、底が見えるほど透明な水は、女の子の肘くらいの深さで、ポコポコと底から水泡が湧き出ているのが見えた。かなり小さいが、泉のようだ。


「キレーイ。...こんな場所、はじめて来た」


 森の中には小さな小川もあるが、こんな小さな泉を見るのは初めてだった。散歩道を外れて結構アチコチ歩き回っているが、まだまだ自分の知らない場所がこの森にはあるのかと思うと、嬉しくなってきた。


 泉に指先を浸してみると、日が当たっているにも拘わらずヒンヤリと冷たい。思わず飲んでみたくなるほど綺麗な泉だったが、無闇に飲んだり食べたりするのは危険だと森で色々な冒険をしてきた女の子は学んでいるので、グッと堪えた。


 飲んでみたいなーと未練がましく思いつつ水から手を出し、水分を飛ばすように手を振りながら顔を上げると、向かい側の泉の縁に何かがいた。

 パチクリと瞬きして、じっとそれを見つめ、首を傾げる。


「...猫?」


 一体、いつの間に来たのか、全く女の子は気がつかなかった。泉に着いた時には、居なかったはずだ。

 艶のある漆黒の毛並みに緑色の瞳の猫がお座りして、じっとこちらを見ている。

 一匹と一人は、一時じっと見つめあっていたが、猫の尻尾がユラユラと揺れているのに気づいた女の子は、


「...ねぇ、そっちに行ってもいい?」


 脅かさないよう静かな声でそう言うと、ゆっくりと立ち上がり泉に沿って歩き出した。猫は尻尾を揺らしたまま、そんな女の子の様子を見ている。泉の周りに沿って数歩進み、猫とはちょっと距離を開けた位置で立ち止まると、今度はゆっくりと座り込んだ。


「あなたも朝の散歩してたの?」


「この泉の水って私も飲めるかな?」


「あ、そうだ。さっき採ったチェリの実食べる?」


 散歩の途中で見つけた真っ赤なチェリの実をポケットから取り出し、掌に乗せて猫に見せる。

 勿論、猫から返事があるわけもなく、女の子の独り言だ。


「あなたの目って、キレーな色ね。緑だけじゃなくて、金色も混じってる」


「あ、猫と見つめあったらダメなんだっけ?」


「でも、そしたらどこ見て話せばいいのかな」


 視線をアチコチやりながら、うーんと悩むが、猫をチラリと見ると、女の子の方に体の向きを変え尻尾をユラユラ揺らしている。警戒した様子もなく耳を前に向けているので、こちらの声は聞いているようだ。

 掌に乗せていたチェリの実の中から、一番赤く色づいているものを一つパクリと食べ、頷く。


「うん。美味しい~」


「わたしはね、この森の近くに住んでるエレノアよ。もうすぐ10才になるの」


「それで...森がザワザワしてるのは、あなたのせいなの?」


 エレノアは、もう一つチェリを口に入れながら、確信を持ったように問いかける。

 黒猫は、揺らしていた尻尾をパシンッと一度地面に叩きつけると、瞳孔がキュッと細くなり、口角が上がってまるで笑ったかのように見えた。猫って意外と表情があるんだ~と暢気なことをエレノアは思った。


「猫にしか見えないけど...あそこでフワフワしてるのと、同じ感じがするよ」


 あそこ、と指差したのは泉の上の方。その先は、何もない空間だった。しかし、エレノアの眼には、仄かに光る綿毛のようなモノが、フワフワと泉の周りを飛んでいるのが見えていた。

 エレノアは、物心がつく前からこの不思議なモノが見えていた。森や自然の方が多く見かけるが、街中や家の中でも数は少ないが、見える。しかし、誰に聞いても、そんな光る綿毛は見えないと言われ、両親には目の病気かと心配され病院に連れていかれそうになった。


 どうして自分には見えているのに、他人には見えないのか。初めは理解出来なくて、何度も説明してみたものの誰にも信じてもらえず、周りからは奇妙な目で見られるので、いつしかその事については誰にも話さなくなった。


「あなたの他にも動物の形をした子がいるの?」


 今まで、光る大小様々な綿毛の様なモノは沢山見てきたが、綿毛と同じ気配のする動物を見るのは今日が初めてだった。

 この光る綿毛は、目に見えているのに、どうしてだか触れない。しかし、触ろうとすると手をすり抜けたりせず、掌に乗せたり、指先で押したりは出来るのだ。ただ、触っているという感触が全くないだけで。もっとエレノアが小さい頃、色々と試してみたのだが、どうしても触ることが出来なかった。

 

 同じ気配がするという事は、この一見、普通の猫に見える黒猫にも、やっぱり触れないのだろうかと、じっと見ていたら


≪お前は、俺が怖くないのか?≫


 突然エレノアの頭の中に、男の声が聞こえてきた。それも低く心地のいい声だ。

 思わずパッと後ろを向いて確認したエレノアに、黒猫がククッと可笑しそうに笑う。


≪後ろには誰もいないぞ≫


 恐る恐る前に向き直り、大きな目を更に見開き黒猫を凝視するエレノア。

 確かに今、男の声が聞こえた。後ろに誰かいるのかと思い確認したが、誰もいなかった。なら、誰の声が聞こえたのか?ここには、わたしと黒猫しかいない。まさか、黒猫が喋ったというのか。

 グルグルと混乱しているエレノアの頭の中に、また声が聞こえてきた。


≪そんなに目を見開いてたら、こぼれ落ちるぞ≫


 黒猫は尻尾を一振りすると優雅な足取りで、チェリの実を掌に持ったまま固まっているエレノアに近づき、口で一つ実を取るとパクリと食べた。甘酸っぱいチェリが口いっぱいに広がり、モグモグ食べてしまうと満足気に目を細め、ペロリと口の周りを一舐めする。

 ペロリと出した赤い舌も、チラリと覗いた白い歯も、ピクピク動いてる髭も黒い毛も、どこをどう見ても普通の猫にしか見えない。


 一挙手一投足を瞬きもせずに凝視していたエレノアだったが、ハッと我に返ると、


「い、今の、あなたがしゃべったの?わたしの言葉が分かるの?どうして、あなたの声が聞こえるの?あの光る綿毛は、なんなの?あなたも光る綿毛と一緒なの?あの綿毛にも、わたしの声は聞こえてるの?綿毛に触れないのは、どうして?」


 黒猫に詰め寄り、怒濤のごとく話し続けるエレノア。

 チェリの実を持った手をギュッと握りしめたせいで、ポタポタと果汁が滴り落ちている。そんなエレノアを興味深げに黙って黒猫が見ている。


「お母さんは病気じゃないかって心配するし、マリーおばさんは気味が悪いって言うし、ザイルは嘘つき呼ばわりするし...触れないけど、わたしには見えてるのに...ちゃんと、そこに、いるのに」


 徐々に小さな声になっていき、琥珀の瞳が潤んでくる。


「ねぇ、どうして...どうして、わたしにしか見えないの?」


 とうとう大きな瞳からポロリと涙が溢れた。

 光る綿毛は、見えているのに感触はないし、話しかけても反応はない。誰にも見えないし、自分に見えているモノが本当は、幻なんじゃないかと疑ったこともあった。

 それなのに今日、綿毛と同じ気配の猫に話し掛けられたことで、今までどんなに言葉を尽くして説明しても誰にも理解されず、諦めていた感情が一気に沸きだしたのか、ポロポロと涙となり溢れ出してきた。


 膝をついて座り込み、嗚咽を上げて泣いているエレノアを黙って見守っていた黒猫は、エレノアに近づき膝に上がると伸び上がり、ポロポロ零れる涙をザリッと舌で舐めあげた。


≪あんまり泣きすぎると、目が溶けてしまうぞ。ほら、そろそろ泣き止め≫


「...あたた...かい?」


 舐められた頬に手をやり、茫然と呟く。驚きで涙も止まったようだ。

 フッと笑うと、もう片方の頬も舐めてやる。


 「...やっぱり、温かい...」


 再びウルッと目を潤ませたエレノアに、黒猫はため息をつくと、ググッと伸び上がり肉球で両頬を押し上げた。


≪だーかーらー、泣くなって言ってるだろ≫


 至近距離で黒猫と目が合う。緑色に金の斑模様の綺麗な目。

 重さもちゃんとあるし、触れるし、温かい、肉球の感触もする。こんなに近くで見ても、やっぱり普通の黒猫にしか見えない。でも、喋ってる。


 やっぱり普通の黒猫ではないんだと、じわじわ実感してきたのか、ニマニマしだしたエレノアに何か感じ取ったのか、黒猫がサッと膝から降りた。

 あぁっ!と残念そうな顔をするエレノアに、ククッと笑い、ちょっと離れたところに座る。


≪それで、俺に聞きたいことがあるんじゃないのか?≫


 もっと触っていたかったのに、と不満顔で黒猫を見るが、尻尾をパシンと一振りし話を促された。

 渋々、伸ばしかけた手を引っ込め、浮かした腰を下ろすと、エレノアは徐に空を見上げた。

 泣きすぎて腫れた瞼に優しい風が吹き抜けていく。目を瞑り暫くの間、ボーッと日の温かさを感じたり、聞こえてくる色々な音に耳を傾けたりして、自分の心と向き合っていたが、うーんと首を傾げて黒猫の方を向いた。


「猫には触れたし...なんだかね、今は、いいかな」


 スッキリとした顔で笑うエレノアに


≪そうか。じゃぁ、帰るか≫


 と一言返し、黒猫はスクっと立ち上がると、ピンっと尻尾を立てて歩き出した。

 それを座ったまま黙って見ていたエレノアは、数歩進んだ先で立ち止まり振り返った黒猫に、どうしたの?と首を傾げる。


≪なんだ、家に帰らないのか?≫


 不思議そうに首を傾げる黒猫に、エレノアは言っている意味が分からず反対側に首を傾ける。


≪家まで送ってやるから、ついて来い≫


 ニヤリと笑う黒猫に、パッと立ち上がったエレノアは満面の笑みで頷いた。





◆・◆・◆





 その後、無事に家まで送ってもらったエレノアは、お礼にと昼ご飯を出してあげたのだが、これが思いの外黒猫が気に入り、ちょくちょくご飯を集りに来るようになる。


 その数年後、エレノア自身も人化した黒猫のバストにペロリと食べられるのだが、それはまた別の話し。





最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

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