はじめは信用されないものである
「俺はなにをすればいいんでしょうか」
「ええ、とりあえずは座っていてもらうだけで大丈夫です」
超水は、日の暮れ始めた町の通りを歩いていた。右に龍角、その向こうに星蓮がいる。
これから行われる町会で、超水を用心棒として雇う旨を伝えるのだとか。
さすがに緊張する。超水は昔から会合の雰囲気が苦手だった。
大勢が一堂に会する、あの独特の重い空気。さほど大きな町ではないが、それなりの人数が集まるはずだ。それを考えると気が重い。魂を削られに行くようなものだ。
会合ということだからか、龍角は青色に縁取られた白い上着を羽織っている。
「この広来の町は――」
と龍角は言う。
東、南にある国境砦と呈州城を結ぶ街道の直線上にあるのが広来の町だ。
四方の街道はよく整備されており、砦からの急使が休憩に使う。
東西南北の交差点でもあるため旅人がよくやってくる。
そのようなことを、龍角は弾んだ声で教えてくれた。
饒舌に語る龍角。どう見ても嬉しそうではあるが、超水は若干の不安を隠しきれない。
成り行きで雇われることにはなったが、本当にこの男を信じてもいいのだろうか。
自分はなにかに利用されたりはしないだろうか。
そんな懸念が浮かんでは消えていく。
「超水殿?」
「え?」
ハッとして顔をあげると、龍角が不思議そうな表情でこちらを見ている。
「あ、いや、失礼。ちょっと考え事を……」
そうでしたか、と龍角は微笑んだ。
集会場に着いたのはそれからすぐのことだった。
到着した超水が真っ先に思ったのは、今にも建物が崩れそうだということだった。
風雨にさらされて腐食の始まった柱や、蟻に食われたのかえぐられた柱が目に入る。
……大丈夫なのかよ。
超水は、苦笑いを薄闇に隠した。
「超水殿、どうぞ中へ」
龍角に手で示され、超水は集会場に入る。
ぼろぼろの木戸を横に滑らせると、鈍い音がした。
中も全て木造り。石などは一切使われていないようである。
なにも置いていない、文字通りの板の間だ。
その建物の壁に沿って、町の重鎮と思われる男達が座っている。壁に背を預けたまま、誰もが口を閉ざしていた。
……軍議より重いな。
無言の重圧はすさまじいものがあった。場の空気に気圧されながら、超水もその一角に腰をおろす。
「やぁ、皆さん。お疲れのところを申し訳ありません。早速始めるとしましょうか」
後から入ってきた龍角が朗らかに言うと、全員の視線が彼に集まった。
老人達の鋭い視線にも全くひるまず、龍角は板の間の中央に立った。
「さて、今回集まっていただいたのは、ほかでもない山賊どもの対策についてです」
龍角が話し始めた。
†
……今回、十八人が山賊の手にかかってしまいました。負傷者は三十九人。
他にも町や集落はあるというのに、なぜ奴らはここをしつこく狙うのか?
それは、この町が非常に侵入しやすい地形だからです。また、戦える者も多いわけではありません。呈州城下に働きに出た者もいますからね。
そんなわけで、この町は連中にとって襲いやすい町となっているのです。
†
一通り話し終えると、龍角は大きく息を吐いた。老人達も、彼の話に賛同するようにうなずいている。
「我々には戦力が必要です。そこで、再び用心棒を雇うことにしました」
龍角は超水を指差し、
「そこに座っている彼が、我が町の用心棒を務めて下さる超水殿です」
と簡単に紹介した。
全員の視線は超水に移動し、超水は思わず身をすくめる。
「町長、待ってくれ。どこから来たかも分からぬような若者を信用しろと言うのか?」
早速反論があった。
「お気持ちはわかります。ですが、山賊どもを黙らせるには抑止力というものが必要だとは思いませんか。奴らが危険視する存在が一人いるだけで、大きな抑止力になるはずです」
……よく口の回る男だ。
超水は思う。しかもそのような言葉が迷いなく次々に吐き出されることが、口下手な超水にはうらやましかった。
「町長の言い分はわかる。だがその青年が町長の言う抑止力になるほどのお方なのか?」
刺のある言葉。超水はだまって前を向いている。若干気に障る言い方ではあるが、ここは意見する老人が正しい。
自分があの老人の立場なら、やはり同じことを考えるであろう。よそ者をいきなり信用するのは危険にすぎる。
老人の意見に対し、龍角はわざとらしく手を叩く。
「言い忘れていました。我々を悩ませていた山賊頭領の王珪ですが、あれは倒れました」
「なんと?」
「超水殿が一撃で倒したのですよ」
会場がざわめいた。
「あの頭領を一撃で?」
「以前雇った用心棒はあっという間に敗れた相手だぞ」
「五人がかりでも勝てなかったというのに」
あちこちから驚きの声が聞こえてくる。超水は曖昧に笑ってごまかす。
あれは逃げていく相手に槍を放っただけのこと。その前にいくらか武器を交えているから、厳密には一撃ではない。だが、龍角はあえてそのことを黙っているようだ。
「どうです、皆さん。実力は十分だと思いませんか」
龍角が強めの口調で問い掛けると、会場は静まり返った。中には、ひそひそと意見を交わす者たちもいたが。
「……町長がそれでいいとおっしゃるなら、わしはそれでもよい」
沈黙した会場に、一人の声があがる。
それがきっかけになったのか、超水を用心棒として雇ってもよい、という意見があちこちから挙がり始めた。
龍角はある程度の意見に耳を傾けてから、
「反対の方は……?」
と訊いた。
誰も口を開かない。超水は、龍角の口元に薄い笑みが浮かんだのを見逃さなかった。
「決まりですね」
龍角は嬉しそうに言う。それから超水のほうを向いた。
「では超水殿、一言ご挨拶を」
「えっ!?」
思わず声をあげてしまう。まさかそんなことを言われることは思っていなかった。
……座っていればいい、と言ったじゃないか!
怒鳴りたくなったが、全員の前でそのようなみっともない真似はできない。
諦めて立ち上がり、小さく咳ばらいをする。
「え、ええと、微力を尽くしますので、どうぞよろしく」
それだけ言って頭を下げると、乾いた拍手が響いた。あまり歓迎されていないようだ。
冷や汗をかいた顔で龍角を見ると、なにがおもしろいのか満面の笑みを浮かべていた。
「皆さん、超水殿はまだ十八。仲良くしてやって下さい」
龍角は笑顔で言ったあと、再び真剣な顔になった。
「次のお話です。山賊の攻撃を防ぐための第二案として、町周辺に馬防柵を設置してはどうかと思うのですが」
馬防柵とは、その名の通り騎馬の侵入を防ぐため、木材を結んで作る柵だ。
この提案に関してはすぐに賛成意見があがり、さほど時間もかからず可決された。
その後も、龍角はわかりやすい話し方で会議を進めていく。
その内容を聞いていると、超水は思わず、
……俺って、来る必要あったんだろうか。
などと思ってしまう。
「――では、本日はここまでといたしましょう。皆さん、お忙しいところをありがとうございました。馬防柵の設置は、明日から行いますので、昼過ぎ、中央広場に集まってください」
超水が黙って床と睨み合いをしていると、ようやく会議が終了した。