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無題  作者: 雨地草太郎
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強者にうってつけの仕事

 案内された龍角の屋敷は、思っていたよりも質素であった。


 ひびの入った塀に囲まれ、入り口には池がある。その上を小さな石橋が渡っているが、それ以外には飾り気はない。


 玄関を真っ直ぐに進んで、庭園に面した部屋に通された超水は、座席であぐらをかいて、黙って松を眺めている。部屋には長台が二つ置かれ、あとは本棚が一つあるだけの質素な部屋だ。


 龍角は、少し前に外に出て行ったきり戻ってこない。


 町長である彼には、襲撃によって動揺している民衆をなだめる義務があった。


 ……町長というのも楽じゃなさそうだな。


 超水の中では、民衆から金を巻き上げるのが町長という印象が強かった。


「ええと、超水様、でよろしかったでしょうか」


 不意に、背後から透き通るような女の声が響いた。


 そちらに顔を向けると、盆を手にした女がこちらを見ている。その顔には見覚えがあった。真っ先に助けた女だ。


「ああ、さっきの……」


 女は盆を台に置き、静々とした動作で頭を下げる。


星蓮(せいれん)と申します。危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」

 

「や、真っ先に目に映ったものですから」


 超水は、頭に手をやってわざとらしく笑う。少し照れていた。


 星蓮と名乗った女はゆっくりと顔をあげた。


 色白の小柄な女性だった。

 豊かにふくらんだ唇、美しく流れる黒髪、なまめかしい指。強さと清楚さを兼ね備えたかのような顔は、二十代半ばというところか。


 超水は、なぜだか星蓮を直視できなかった。


 ……待て。俺はなにを考えているのだ。


 大きめに咳ばらいをして、星蓮の勧めた湯飲みを手にとる。星蓮も、超水の向かい側の席に正座する。


 茶はちょうどいい熱さだった。


「その、星蓮殿は龍角殿とはどういうご関係で?」


「はい、恋人……というところでしょうか」


 率直な返答に、超水は茶を吹き出しそうになった。


 正直なところ超水は、星蓮に一目惚れしそうだったことは間違いない。


 早いうちに恋人がいるとわかってよかった。

 それだけの会話で、超水は平静を取り戻す。すぐ横で、星蓮も湯飲みに口をつけた。


 そんな動作の一つ一つが実に優雅である。

 

 ……良家の生まれだろうか。


 超水が考えていると、ぱたぱたという慌ただしい足音がした。龍角が帰ってきたのだ。


「やぁ、超水殿。招待しておきながら席を立ってしまい申し訳ございません」


「いや、お気になさらず」


 龍角は超水の正面に座り、星蓮から湯飲みを受け取る。龍角と星蓮が、並んで超水を見ている。居心地が悪い気がした。


 一息ついて、龍角が口を開いた。


呈州(ていしゅう)を訪れたことは?」


「今回が初めてです」


「そうでしたか。自然が美しいでしょう」


「ええ、見事なものです」


 当たり障りのない会話がしばらく続き、超水も自然な受け答えをする。


 龍角の声量は大きすぎず小さすぎずで聞きやすく、はっきりとしているのでわかりやすかった。


「それで超水殿は、どういった用件で呈州に?」


 何気ない一言だったが、超水は一瞬身を強張らせた。どう答えればいいのかわからなかったのだ。


 間を置くために湯飲みを手にして、時間をかけて一口だけすする。その間になんとか思いついた。


「なんと言いますか、勘当されまして。行く宛もなく船に乗ったらここに着いたのです」


「勘当……」


「父の期待に自分が答えられなかったわけです」


 無論、作り話である。実際には超水のほうから家を捨てたのだから、勘当もなにもない。


 しかし龍角も、深くは聞くまいという様子で話を切った。それから少し迷った顔をして、超水に向き直る。


「超水殿」


「なんでしょう」


 龍角はややためらいがちに言った。


「行く宛がないというなら、この町で用心棒など引き受けていただけると心強いのですが」


 しばらくの沈黙があった。


 超水は、龍角の言葉をうまく理解できなかったのだ。


 まだ出会ってから半日――三時間と経っていない。いくら助けてやったとはいっても信用するには早過ぎるのではないか。


 それとも、こんな行きずりの男の力を借りねばならないほど、この町は盗賊に苦しめられているのだろうか。


 超水はそっと龍角の顔色をうかがってみた。

 表情は硬い。しかし瞳は真剣そのものといった様子であり、冗談とは思えない。


 横では、彼の想い人である星蓮も、黙って超水の返事を待っている。

 

「ですが……」


「宿でしたら、うちを使ってもらってかまいません。食事も作らせましょう。――それでも、駄目でしょうか」


 超水が言葉に詰まっていると、


「超水様、どうかお願いいたします」


 と星蓮も頭を下げる。


「この町に貴殿ほどのお方がいればどれほど心強いことか」


 龍角が小さくこぼす。心の底から頼んでいるようだった。


 勝てるはずがない。


「わかりました。引き受けましょう」


 龍角の表情がぱっと明るくなった。なんとも表情に出やすい男だ。


「本当でございますか! ありがとうございます!」


「どこまで力になれるかはわかりませんが」


 静かに返しながらも、超水は内心で安堵していた。思わぬところで仕事にありつけた。しかも宿まで貸してくれるという。


 ここで用心棒を務めながら、呈州城下の情報を集めることにしよう。


 呈州軍が煉州軍のような軍隊でなければいいのだが。超水の不安はそこにある。


 しかしそんなことも、


「ああ、百万の味方を得たような思いだ! 超水殿のような武芸者の存在は実に頼もしい! 星蓮! 超水殿の部屋を用意しよう! 急げ!」


 嬉しそうな龍角を見ていたら、気にならなくなった。 

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