この程度の相手では問題にもならない
整備された街道を進んでいたら、少し先に町らしきものが見えてきた。
肩に槍を担いだ超水は、自然と早足になる。
町が近づくにつれて、なにやらそこが騒がしいことに気付いた。
今日は祭りなのだろうかと思いつつ、歩を進める。
町に活気があるのはいいことだ。昨日見たような寂れた町ではおもしろくないし、なにより働き口がない。
正直なところ、彼は働かせてくれるのであればどこでもいいと思っていた。
しかし――
「祭りにしては……」
人々の悲鳴が混じっているような気がするのだが。
不安になって早足がさらに速くなり、そして小走りになる。
いつしか疾走していた彼が町に飛び込んだ時、すでに通りは惨劇の渦中にあった。
町民が逃げ惑い、盗賊らしき男達が町を蹂躙している。
一方的な虐殺であり、掠奪であった。
超水は歯ぎしりした。虐殺には苦い思い出がある。
突然の事態に我を忘れたのはほんの一瞬で、すぐに槍を使える体勢に入った。
まずは冷静に周囲の状況を確認し、優先すべき場所を探る。
「あそこか」
左手、若い女が三人ほどの男に捕まっていた。女は押し倒され、その腹上に男がのしかかっている。今にも服を引き剥がさんという勢いであった。
超水は一気に駆け寄り、問答無用で男の背中に槍を突き立てた。
「な、んだ……?」
背中に突き込んだ槍が、男の背骨を砕いた。
生々しい感触を無視して槍を引き抜き、女を取り囲んでいた山賊二人を立て続けに突き伏せる。
思わぬ襲撃に、どちらの山賊も抵抗できないままに倒れ、動かなくなった。
「大丈夫ですか?」
押し倒されていた女に声をかけると、相手はハッとした様子でこちらを見た。
「あ、ありがとう……ございました」
言ってから、思い出したようにはだけた胸元を直した。
超水が振り返ると、二人の男が地面に転がっていた。視界の奥に立つ、頭領らしき男に敗れたようだ。
……頭が目の前にいるだけ手間も省けるか。
超水が駆け出すと、頭領の男も反応して剣をかまえた。
こちらの武器が槍だということを警戒したのか、向こうから仕掛けようとはしない。
少しはできるようだ。
油断はしないほうがいい、程度の判断で、超水は突っ込んでいった。
倒れている二人組の横を通過し、正面に槍を繰り出す。頭領は身をひねりつつ剣を出し、槍と交差させる。
相手は、あいた左手で槍を掴もうとするが、超水はすかさず槍を引いてそれを防ぐ。
速かったのはそこからだ。
槍を出すと見せかけ、超水は体当たりを仕掛けた。槍に意識を集中していただけに、相手はかわしきれなかった。頭領は尻餅をつく。
「くそっ、何者だ」
立ち上がった頭領が苛立たしげに言い放つが、超水は平然として、
「しがない旅人だ」
とだけ返す。
「ここからは俺が相手をしてやるぞ」
超水が槍をかまえ直して言うと、頭領はちっと舌打ちした。今のわずかな戦いで超水の実力を感じとったようだ。
「お前を倒してもこちらに得はねぇ。退かせてもらう」
頭領は素早く駆け出し、馬に飛び乗る。近くの部下に命令し、撤退の銅鑼を打たせた。
混乱を極める街中を乾いた金属音が貫く。
合図を聞いて、山賊達が様々な戦利品を小脇に抱えて引き上げていく。
それを確認してから、頭領も馬を走らせた。
「くそっ、またやられた」
超水の後ろで、男が苦しそうに呻く。
超水は槍を右手で強く握り、その身を弓のように反らした。
そして、渾身の力で槍を投擲する。
槍は風を切り裂くほどの速度で飛んでいき、こちらに背を向けていた頭領の後頭部に吸い込まれるように命中した。
頭部を軽々と貫通した槍は、その衝撃を頭の内側に、一気に解放した。
頭領の首から上が、割れた西瓜のように爆ぜた。
突然の出来事に、山賊達が悲鳴をあげた。わけがわからないという様子だ。余裕を持った逃走が全力疾走に変わった。
その姿が小さくなり、やがて見えなくなった。
「当たってよかった」
超水は、道路に転がった槍を拾い上げる。柄から先端まで血まみれだ。
普通の人間なら不気味がって触らないところだが、血に慣れている超水には気にならなかった。
「そこなお方」
頭部を失った山賊の頭領の死体。それを黙って見下ろす超水に声をかける者がいた。
先ほどまで倒れていた男だった。もう一人の痩せた男もようやく立ち上がったところだ。
「危ないところを、ありがとうございました」
男はきわめて穏やかな口調で言う。
「ぼやっと眺めてはいられなかったので」
超水も笑顔で返した。
「しかし、恐れ入った腕前にございますな。我々がてこずっていたあの頭領を圧倒し、投げ槍の一撃で倒すとは」
相手は心底驚いている様子であった。
「あの程度の男なら、故郷に掃いて捨てるほどいたもので」
超水は平然と言い切る。
「故郷はどちらで?」
「煉州です」
「ははぁ、武人の国から! それはお強いわけだ!」
男がおおげさに驚くのを目にして、超水は内心で苦笑する。
……父親に比べれば、まだまだだけどな。
男は、そんなことを思っていた超水に、
「申し遅れました。私はこの町の長を任されている龍角という者」
丁寧に礼をして名乗る。その自然とした動作を見ているだけで、彼が良家の生まれであることがわかる。
「自分は姓を超、名を水と申す者にござる」
姓と名を分けるのが、煉州流の名乗り方だ。
「超水殿にお礼をしたく存じます。ぜひ我が家へお越しくだされ」
龍角は深々と頭を下げた。
どう見ても、この龍角という男は超水より年上である。
それにも関わらずこれほど下手に出るとは。しかも、これだけへりくだっておきながら、彼の態度には嫌らしさが一切含まれていない。
超水は、そんな龍角という人物に興味を抱いた。
無理を言って立ち去る理由もない。
場合によっては、この町で宿を借りるのもありだろう。
はっきりとした予定のない超水の決断は早かった。
「では、お言葉に甘えて」
人懐こい笑みを浮かべ、龍角は小さくうなずいた。