次なる刺客は
呈州城――。
「太守、厳立様」
寝床で寝返りを打っていた呈州太守、厳立の耳に声が届く。
辺りは暗闇に包まれている。まだ日が昇る気配もない。空気も冷え込んで、布団から出る気が起きなかった。
「何事じゃ」
「は、昌京様がお見えに」
寝室の警護に立たせている兵士の声だった。
「昌京か……。急な用件なのだな?」
「そのようでございます」
「分かった。通せ」
兵士は素早く去っていった。
厳立は身を起こす。突き出した腹に布団が巻き込まれた。天蓋付きの寝床の上で、彼は昌京を待った。
暗闇の中に炎の明かりが広がる。
「太守、お休みのところを申し訳ありません」
かしこまった声。
灰色の法衣に身を包んだ昌京が立っていた。やせぎすで気の弱そうな顔。張りのない頬が情けなさを浮き立たせている。
こんな風采の男だが、呈州の城監である。城監とは呈州城内の全てを統率し管理する役職であるが、昌京は軍議にも積極的に顔を出している。
「わざわざ起こすほどの報告なのだろうな」
「はい。貫州軍に仕掛けた夜襲が失敗に終わりました」
「なんだと」
厳立は語気を荒らげた。
「敵は思った以上の反応を見せ、手ひどい反撃を受けたとのこと」
「馬鹿な! それでは機英の首は! 沛黄の首はどうした!」
昌京は申し訳なさそうに首を横に振った。
「何という情けない奴らだ! せっかく大役を与えてやったものを!」
厳立の憤慨に、昌京はますます申し訳なさそうになる。
厳立としては、この夜襲は確実に成功するものだと思っていた。貫州軍の幹部達の首を持って帰ってくるものだと思っていた。
失敗したにしても、将の首ひとつは持ってきて当然だろうというのが厳立の考えだった。それが、この有様だ。
「このまま進撃してくれば、貫州軍は明日の昼にも、この城の城外に到着するかと」
「ふざけおって」
次に打つ手を考えなければならない。
しかし、酒浸りで集中力のなくなっていた厳立の頭は、冷静な選択などできなかった。
「昌京」
「は、いかにして手を打ちましょう」
「お前の娘は、確か霊山で戦闘術を学んでおったな?」
「え?」
「もう一度奇襲を仕掛けるのだ。お前の娘にも参陣を命ずる」
昌京が棒立ちになった。
「お、お待ちください。確かに我が娘は戦いの術を学んでおります。ですが、まだ実戦を経験したことがございません」
「そのようなこと、今は関係ないであろう」
今回の夜襲に利用した兵士達は、山で体術の修行を積んだ者達であった。だが、彼らが学んだのはあくまで体術である。暗殺の技術は持っていない者が多かった。
翻って、話に聞いている昌京の娘は、山といえども霊山で修行を積んでいるという。ただの山と霊山では格が違う。山にいた連中より遙かに使えるのではないだろうか。厳立はとっさにそう考えついたのだった。
「しかし、それでも……」
厳立は昌京を睨みつけた。
「お前は、自分が貧弱だから息子どもに戦いを学ばせておるのだろう。だとしたら、今使わずにいつ使うというのだ! この呈州の危機に、貴様は切り札を出し渋るというのか!」
怒声を放つと、昌京は憐れなほどに身を硬くして、諦念の表情を浮かべた。
「も、申し訳ございません……。娘に事情を説明し、参陣するよう命じます……」
「よし。ならばすぐに行け。ぐずぐずするな」
「はっ……」
気落ちした声で言って、昌京は部屋を出ていった。
それを確認してから、厳立は眠りについた。




