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無題  作者: 雨地草太郎
34/41

無双

 雪が解け、黄色くなりかけた芝。


 そんな平地で、両軍は今にも動かんとしている。


 貫州軍は騎兵を最前線に、歩兵をそのあとに続かせる布陣である。


 超水率いる五人衆は、横一列になって、前から四番目の列の左端に配置された。


 周方と渠郭翔がすぐ前にいるが、渠郭翔に白兵戦がこなせるのかひどく不安である。いざとなったら守ってやらなければならない。


 最前には貫州軍の将、馬徳がいる。重量のありそうな槍を右手に持ち、獰猛そうな目で味方を睨みつけている。


「よいか! この一戦の勝敗は、今後の呈州攻略において重要な意味を持つはずだ! 絶対に勝つぞ!」


 貫州兵が各々の武器を掲げ、雄叫びを返した。


 対して、呈州軍も同じように喊声を轟かせた。平地を駆け抜け、貫州軍の隊列に亀裂を入れんばかりの声だ。


 喊声から数秒後、呈州軍が動き始めた。


 まだ小さく見えていた兵影が、じりじりと揺れている。そして、距離を詰めてきた。


「来たようだな」


 馬徳が呈州軍に正対する。槍を前方に突き出した。


「何も恐れることはない! ゆくぞ――ッ!」


 雲を撃ち落とさんとするほどの声が響き、貫州軍が動いた。


 騎兵が隊列をそろえて平地の中央に駒を進める。歩兵も最前列から順に走り出す。


「よし行こう!」


 龍角が剣を抜き、景気よく声を張った。


 超水は吼えて応え、一歩、力強く踏み出した。


 足元のぬかるみなどまるで気にならない。冷え込んだ大気も問題にならない。


 戦闘直前の高揚感が、超水から感覚を奪っていた。


 両軍の騎兵が交錯した。


 第一波の衝突で、軽騎兵が次々に落馬していく。


 超水達のすぐ近くまで騎兵が押し寄せた。


 敵兵の旗は――『聘』。


聘左(へいざ)の部隊か! みんな! なるべく離れるんじゃないぞ!」


 指示を飛ばす龍角に、仲間達がしっかりと返事をした。


 超水の正面から騎兵が一騎、突っ込んでくる。


 馬上から放たれる槍の刺突は、超水を狙ったものだった。超水は身を右後方に反らしながらかわし、すれ違いざま、相手の右脇腹に槍を突き入れた。騎兵は体勢を崩して落馬した。


 敵歩兵の姿も見えてきた。


 向かってくる呈州兵を、超水は一人また一人と倒していく。


 戦場の雰囲気を、心身がうまく取り込んで力に変えている。


 誰にも負ける気がしない――超水は強く思った。


 周方が青竜刀を振り回し腕力を誇示すると、九漢は、自らの剣で相手の剣を叩き折る豪腕を見せつけた。泡泰は無駄のない動きで、敵兵の足を的確に刻んでいく。


 皆、実力者だ。どうして一兵卒の立場に収まっているのかが分からないほどの腕前に超水は舌を巻く。


 ――過信は禁物、か。


     †


 馬徳率いる軽騎兵隊の強さは圧倒的だった。


 見事な手綱さばきで戦場を縦横に駆け回り、槍や剣を使って呈州兵を撃破していく。馬上から弓を放つ兵も多く、高度な技術を呈州側に披露した。


 序盤こそ互角のままで動いていた戦場だったが、一時間も経った頃には、貫州軍優勢に傾いていた。


     †


「下がれっ! 全軍後退しろ!」


 呈州軍の将、聘左が必死で叫んでいる。


 指示に従い、呈州兵達が武器で牽制しながら後退を始めた。


「盾と矢で防げ!」


 聘左は思いつくままに叫んだ。焦っていた。ここまでの戦いで、呈州軍はまだ一度も勝利できていないのだ。


 それだけ貫州軍が強かったということもあるが、こうも負け続けると、自分達の力が信じられなくなる。


 丸型の盾を手にした兵士達が集まり、即席の防壁を形成する。雪解け水がたまって足場の悪いところもあるが、盾隊はなんとか相手を防いでいる。


 貫州軍の騎兵歩兵が縦に向かって殺到してくる。


 縦の背後にいた弓隊が一斉に矢を放ち、敵を足止めする。騎兵が落馬し、歩兵が矢を浴びて次々に脱落していく。


 矢をかいくぐって攻め寄せてきた貫州兵は、縦の隙間から繰り出された槍を受けて倒れていった。


 なんとか態勢を立て直す余裕ができた。


 聘左がそう思った時だった。


 見事な槍さばきで矢をはじきながら、平原を駆け抜けてくる兵影が見える。


 一歩兵にしては動きに無駄がなかった。


 兜もかぶっておらず、胴に簡素な鎧を巻いているだけだ。


 だが、その走り方と槍の扱い方で、ただ者ではないとすぐに分かった。


 聘左は背筋に悪寒を覚えた。


「あの貫州兵を止めろ! 射殺せ!」


 即座に反応した弓兵が、その歩兵に対して矢を放った。


 が、その歩兵は、六本同時に飛来した矢をかわし、あるいははじき、足を止める気配を見せなかった。


 歩兵と盾隊の距離はほとんどなくなっている。


 どうするつもりだ――聘左は生唾を呑み込んだ。兵士一人で盾の防壁を破れるはずがない。


 敵兵の行動は、呈州側全員の予想を覆すものだった。


 防壁の直前で、兵士は槍を地面に突き刺した。


 疾走の勢いそのままに、槍を支点にして、兵士は跳んだ。


 常識では考えられないような高さまで跳ね上がった兵士は、槍と一緒に防壁を飛び越えて、聘左のすぐ近くに着地した。


「敵将聘左と見た! 命をもらう!」


 兵士は叫び、真っ直ぐ突っ込んでくる。聘左はハッとして槍を構えた。


「なめるな!」


 刺突を放つ。歩兵は悠々とかわし、聘左の馬の首に体当たりを仕掛けた。


 いななきと共に馬が転び、聘左は地面に投げ出された。


「聘左様をお守りしろ!」


 誰かが怒鳴り、聘左の周囲に呈州兵が集まった。


 敵兵はあっという間に包囲されたが、動揺する様子など微塵も見せなかった。


 よく見てみれば、兵士はまだ若かった。二十あたりというところだろう。その年であれだけの芸当をこなすなど、聘左から考えればありえないことだった。


 敵兵は四方を完全にふさがれていた。


「貴様、名を名乗れ!」


 聘左が怒鳴ると、敵兵は不敵な笑みを浮かべて怒鳴り返してきた。


「俺は姓を超、名を水という! 煉州からやってきた者だ!」


「煉州……だと……?」


 煉州。

 武人の国。


 男は全員が武芸を当たり前のように仕込まれるという、文楽とはかけ離れた異端の土地。


 ますます放っておくわけにはいかなくなった。


「皆の者、奴を討ち取れ! 絶対に殺せ!」


 聘左は指示を出した。


 すると、超水と名乗った敵兵は、あろうことか胴の鎧を脱ぎ捨てた。


「身軽なほうが楽だ」


 彼は楽しそうに言った。


 四方から、全員が槍を突き出した。


 超水は槍を地面に突き刺し、腕力だけで宙に浮く。


 すぐに下りて、突き出された槍の上に足を置いた。


 そこから軽業師のように跳ねると、地面と水平になりながら回転蹴りを放ち、兵士四人をまとめて倒した。


 地面に手をついて立ち上がり、前後から同時の刺突をかわし、正面の兵士の顎を殴った。その兵士の腹を思い切り蹴飛ばし、後方に詰めていた兵士までまとめて転倒させる。


「化け物めえぇっ!」


 剣を振りかざして一人の呈州兵が突っ込む。


 超水は跳躍、勢いをつけた蹴りを兵士に食らわせる。しゃがみ込んで倒れた呈州兵の足を掴むと、恐るべき腕力を発揮して、振り回して放り投げた。またも他の歩兵が巻き込まれて転がる。


 槍が五本同時に突き出される。超水の左。狙いは彼の足だ。足さえ動かなくなれば勝ったも同然。


 しかし超水は、その場で回転しながら剣を抜き、穂先を一気に薙ぎ払った。その超水の右手が天に掲げられ――気づいた時、聘左の胸に彼の剣が突き刺さっていた。


 ――投げられた、のか?


 速すぎて見えなかった。


 それが、聘左の最期に見た光景だった。


     †


 すでに勝敗は明らかだった。


 呈州軍は数百メートルを後退していた上に、超水一人に苦しめられたのだ。味方陣内のため、超水に対して迂闊に矢を放てなかったのも痛かった。


 だが、そんなことは、呈州兵にとってはどうでもいいことだった。


 見てしまった。信じられない光景を目にしてしまった。


 超水と名乗った青年兵士が、たった一人で数百の呈州兵を蹴散らし、あろうことか指揮官である聘左まで討ち取ってしまった、一騎当千の働きを。


 呈州軍は、聘左の副将であった慈沖の指揮に従って、ほうほうの体で敗走した。


 呈貫の戦いが始まってから、最大の敗戦だった。

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