冬の陽を背に
呈州のど真ん中に入り込んだ貫州軍。
兵士達に、ひとまずの休息が与えられた。
呈央城の内外で、兵士達は思い思いの時間を過ごしている。
休息は今日一日だけだった。
あまり間を開けすぎると、相手が再び態勢を整え直してくるだろう。しかし、だからといって無茶な進軍を続けることが正しいわけではない。
軍議において参謀の沛黄が、一日の滞在を提案し、機英は了承した。
そのおかげで、超水達はこうして酒場でのんびりとしていられるのだった。
それほど大きくもない、呈央城下の一角にある酒場。
超水と龍角、周方と渠郭翔という顔ぶれが集まっていた。
床にあぐらをかいて、卓を囲んでいた。
「明日にはもう出発か。忙しい話だよな」
杯を傾けながら、周方がぼやくように言った。
「仕方がない。すでに我々は三度の勝利を収めた。呈州軍もそろそろ強い危機感を抱いて、本気でぶつかってくるはずだ」
龍角が答えた。
「本気で来たからっていっても、俺達がやることに変わりはねえけどな」
「それはそうだが」
「だけどよお、あれだよな」
「あれでは分からん」
「噂には聞いてたけど、貫州軍ってのはほんとに強いな。ここをぶち破る時の戦いもそうだったが、とにかく動きが速いんだよな」
超水と渠郭翔は頷く。
呈央城攻略戦では、確かに序盤で手こずった。
しかし超水と龍角が突破口を開いてからが凄まじかった。城壁をあっという間に制圧し、素早く町を抑え込むことに成功したのだ。
中には龍角が止めようとした粗暴な兵士もいたが、大半の兵士は、自分に与えられた責務を全うした。
呈州軍にも所属していた周方がそう言うのだ。
やはり両者には差がはっきりとあるのかもしれない。
「貫州軍が強いのは事実だ。しかしこれからは、相手に地の利がある。気を引き締めなければな」
「だけどよお龍角、貫州軍には俺達呈州の人間がついてる。五分五分だろ?」
「いや、私達は地形を教えることはできるが、兵士が実際に対応できるかはまた別の問題だ」
杯に酒を注ぎながら、龍角は冷静に答えた。
「でも、地形がわかっていれば対策は立てやすいですよね」
ようやく機会を見つけたという様子で渠郭翔が口を開く。
「そうだな。こっちには沛黄様がいる。情報があれば柔軟に対応できるだろう」
今度は超水が返事をした。
そこで会話はいったん途切れ、各々が杯を干した。
呈央城下の酒場で出される酒には、味に重厚感がある。喉を通った瞬間、どん、と頭に直接刺激が伝わってくるかのような厚みがあるのだ。
はまるかもしれないな、と超水は思った。
「さっさと厳立を倒して、仕事にありつけりゃいいな」
再び周方が話し始める。
「お前は呈州を解放することより、仕事につくほうが大切なのか?」
龍角は難しそうな顔をする。
「残念ながらな。俺は龍角については行くが、別に民衆を救ってやろうとまでは考えていねえわけよ。俺はそんな偉大な人間にはなれねえ。自分のことで精一杯だ」
こうして正直に言うところに、超水は好印象を抱いていた。
周方の正直な発言に、龍角はやや意表を突かれたようだ。
「そうか……」
とつぶやいて、彼は黙り込んだ。どこか残念そうでもあった。
再び場が沈黙し、その流れのままに四人は解散することにした。
数時間後、呈央城の城壁に、超水は一人で立っていた。
自分達が一番最初に到達した場所。あちこちに血痕が染みついており、いかに激戦であったかを物語っている。
冬の陽に照らされた大地を眺めていると、超水にはふと、思い出す光景があった。
幼なじみの燐夕。
二人で並んで夕日を浴びた、煉州城の城壁。
燐夕はここにはいない。今はきっと、首都である英都城で働いていることだろう。
だが――と超水は不安に思うことがある。
燐夕は後宮に入れられているのではないか、と。
赤みがかった黒髪。艶があって、燐夕自身も自慢していた。勝ち気そうな鋭い目と、色香を感じさせる生白い肌。美人だった。
彼女はもしかしたら、皇帝に抱かれているのだろうか。
慶王朝の皇帝は、享楽にふけったがために肥満体になっていると聞いた。脂ぎった指が、燐夕の体を這い回っているとしたら……。
そんなことを想像している自分に、超水は軽い苛立ちを覚えた。
とはいえ、皇帝の住居で働いているのだ。
迫られたとしても、逆らうことはできないだろう。
誰にも弱みを見せることのなかった燐夕。男相手にも強気な態度を崩さなかった燐夕。実際に喧嘩も強かった。様々なことが思い出される。
彼女とは、もう長いこと会っていない。
無事でいてくれればいいが――。
超水は目を閉じ、心の中で祈った。
慶王朝が揺らいでいる。祖国煉州の猛攻に、官軍は押されている。もしも煉州軍が英都城に到達したなら、落ちるのは時間の問題だと、超水は考えている。そのくらいに、官軍は弱体化をさらけ出しているのだ。
城内に攻め込む煉州兵。逃げ惑う宦官や後宮の女達。斬り掛かる兵士……そして血の海。
運命は残酷だ。
名誉のためと、燐夕は英都に送られた。そして今、煉州は栄光のために英都を攻め滅ぼそうとしている。
煉州の兵士に、煉州の人間が殺されることなどあってはならない。超水はひたすら、燐夕の無事を祈る。




