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無題  作者: 雨地草太郎
30/41

冬の陽を背に

 呈州のど真ん中に入り込んだ貫州軍。


 兵士達に、ひとまずの休息が与えられた。


 呈央城の内外で、兵士達は思い思いの時間を過ごしている。


 休息は今日一日だけだった。


 あまり間を開けすぎると、相手が再び態勢を整え直してくるだろう。しかし、だからといって無茶な進軍を続けることが正しいわけではない。


 軍議において参謀の沛黄が、一日の滞在を提案し、機英は了承した。


 そのおかげで、超水達はこうして酒場でのんびりとしていられるのだった。



 それほど大きくもない、呈央城下の一角にある酒場。


 超水と龍角、周方と渠郭翔という顔ぶれが集まっていた。


 床にあぐらをかいて、卓を囲んでいた。


「明日にはもう出発か。忙しい話だよな」


 杯を傾けながら、周方がぼやくように言った。


「仕方がない。すでに我々は三度の勝利を収めた。呈州軍もそろそろ強い危機感を抱いて、本気でぶつかってくるはずだ」


 龍角が答えた。


「本気で来たからっていっても、俺達がやることに変わりはねえけどな」


「それはそうだが」


「だけどよお、あれだよな」


「あれでは分からん」


「噂には聞いてたけど、貫州軍ってのはほんとに強いな。ここをぶち破る時の戦いもそうだったが、とにかく動きが速いんだよな」


 超水と渠郭翔は頷く。


 呈央城攻略戦では、確かに序盤で手こずった。


 しかし超水と龍角が突破口を開いてからが凄まじかった。城壁をあっという間に制圧し、素早く町を抑え込むことに成功したのだ。


 中には龍角が止めようとした粗暴な兵士もいたが、大半の兵士は、自分に与えられた責務を全うした。


 呈州軍にも所属していた周方がそう言うのだ。


 やはり両者には差がはっきりとあるのかもしれない。


「貫州軍が強いのは事実だ。しかしこれからは、相手に地の利がある。気を引き締めなければな」


「だけどよお龍角、貫州軍には俺達呈州の人間がついてる。五分五分だろ?」


「いや、私達は地形を教えることはできるが、兵士が実際に対応できるかはまた別の問題だ」


 杯に酒を注ぎながら、龍角は冷静に答えた。


「でも、地形がわかっていれば対策は立てやすいですよね」


 ようやく機会を見つけたという様子で渠郭翔が口を開く。


「そうだな。こっちには沛黄様がいる。情報があれば柔軟に対応できるだろう」


 今度は超水が返事をした。


 そこで会話はいったん途切れ、各々が杯を干した。


 呈央城下の酒場で出される酒には、味に重厚感がある。喉を通った瞬間、どん、と頭に直接刺激が伝わってくるかのような厚みがあるのだ。


 はまるかもしれないな、と超水は思った。


「さっさと厳立を倒して、仕事にありつけりゃいいな」


 再び周方が話し始める。


「お前は呈州を解放することより、仕事につくほうが大切なのか?」


 龍角は難しそうな顔をする。


「残念ながらな。俺は龍角については行くが、別に民衆を救ってやろうとまでは考えていねえわけよ。俺はそんな偉大な人間にはなれねえ。自分のことで精一杯だ」


 こうして正直に言うところに、超水は好印象を抱いていた。


 周方の正直な発言に、龍角はやや意表を突かれたようだ。


「そうか……」


 とつぶやいて、彼は黙り込んだ。どこか残念そうでもあった。


 再び場が沈黙し、その流れのままに四人は解散することにした。




 数時間後、呈央城の城壁に、超水は一人で立っていた。


 自分達が一番最初に到達した場所。あちこちに血痕が染みついており、いかに激戦であったかを物語っている。


 冬の陽に照らされた大地を眺めていると、超水にはふと、思い出す光景があった。


 幼なじみの燐夕(りんゆう)


 二人で並んで夕日を浴びた、煉州城の城壁。


 燐夕はここにはいない。今はきっと、首都である英都城で働いていることだろう。


 だが――と超水は不安に思うことがある。


 燐夕は後宮に入れられているのではないか、と。


 赤みがかった黒髪。艶があって、燐夕自身も自慢していた。勝ち気そうな鋭い目と、色香を感じさせる生白い肌。美人だった。


 彼女はもしかしたら、皇帝に抱かれているのだろうか。


 慶王朝の皇帝は、享楽にふけったがために肥満体になっていると聞いた。脂ぎった指が、燐夕の体を這い回っているとしたら……。


 そんなことを想像している自分に、超水は軽い苛立ちを覚えた。


 とはいえ、皇帝の住居で働いているのだ。


 迫られたとしても、逆らうことはできないだろう。


 誰にも弱みを見せることのなかった燐夕。男相手にも強気な態度を崩さなかった燐夕。実際に喧嘩も強かった。様々なことが思い出される。


 彼女とは、もう長いこと会っていない。


 無事でいてくれればいいが――。


 超水は目を閉じ、心の中で祈った。


 慶王朝が揺らいでいる。祖国煉州の猛攻に、官軍は押されている。もしも煉州軍が英都城に到達したなら、落ちるのは時間の問題だと、超水は考えている。そのくらいに、官軍は弱体化をさらけ出しているのだ。


 城内に攻め込む煉州兵。逃げ惑う宦官や後宮の女達。斬り掛かる兵士……そして血の海。


 運命は残酷だ。


 名誉のためと、燐夕は英都に送られた。そして今、煉州は栄光のために英都を攻め滅ぼそうとしている。


 煉州の兵士に、煉州の人間が殺されることなどあってはならない。超水はひたすら、燐夕の無事を祈る。

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