西の港に
潮風にも飽きてきた。
船出をしてから、何回夜が明けただろうか。
「陸が見えたぞ」
船頭の声を耳にして、船に乗っていた全員が船首に集まって騒ぎだした。
ようやく陸に立てるだの、もう船旅はいやだ、などと好き勝手にこぼしている。
その中にあって、彼だけが一度も口を開かなかった。
伸びた黒髪を背中で束ねた、鋭い眼の青年――超水。
最後の出港から、髭を剃ることができないでいる。おかげで、口周りに黒い縁が浮かび上がってしまった。
「あんた、どこから?」
彼の後ろに座っていた初老の男が問い掛けてきた。
「煉州から」
「へぇ、あんな東の隅からわざわざ西の隅に? 物好きだね」
「あの国は居心地が悪くてね」
超水は頭をかいた。
それから小さく息を吸って、
「ここで仕事を探すつもりだ」
力強く言った。
二枚の帆を張った木船が丸太造りの桟橋に横付けすると、そこから乗客が一斉に降りた。
超水と初老の男だけが、少し時間をおいてから船を出る。
中年の船頭は、作り慣れたような笑みを浮かべて二人を送り出す。そして、次の船出への準備を始めるのだった。
「ここが呈州の港町か。思ったより静かだな」
潰れかけに思える魚市場や、海産物の市場がむなしくたたずんでいる。人の姿は見あたらない。潮風を浴びすぎて、柱が腐敗を始めたような店も多数見受けられた。
「さすがの呈州も、皇帝陛下の圧政には参っているとみえるのう」
「呈州に詳しいのか?」
「なに、長旅をして帰ってきたところでな。ずっと呈州に住んでおるよ」
「ならば、どこかに働けそうな場所を知っているなんてことは……」
「わしもあまり詳しくはないが、東の街道を進んでいけば町が見えてくるはずだ」
「助かるよ。早速行ってみることにする」
「そうか。気をつけてな」
†
煉州軍を抜けた超水は、少しでも遠くに行こうと考えた。
そして、遠方に向かう船を探して乗り込むことにしたのだ。
港に着くと、船は思ったよりもあっさりと見つかった。呈州に向かう船があると言うのだ。
――呈州。
慶の東南端に位置する煉州とは反対に、西に存在する州だ。
領土面積は、慶王朝十一州の中でも下から数えたほうが早く、地味な印象がある。
かつては、慶王朝の中核を担う名士を多数輩出していた州でもあったが、最近ではそのような話は聞かれない。
ともかく、そこで仕事をしながら軍を視察し、煉州軍のようでなければ仕官する。それが超水の考えであった。
……まずは仕事を探さないと生きていけないからな。
超水は軽い足取りで街道を進んで行く。道はよく整備されており、歩きやすい。
これなら馬車も揺れないだろう――そんなことを思う超水だった。
小さな町が見えてくるのは、それから三日後のことである。




