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無題  作者: 雨地草太郎
3/41

西の港に

 潮風にも飽きてきた。


 船出をしてから、何回夜が明けただろうか。


「陸が見えたぞ」


 船頭の声を耳にして、船に乗っていた全員が船首に集まって騒ぎだした。

 ようやく陸に立てるだの、もう船旅はいやだ、などと好き勝手にこぼしている。


 その中にあって、彼だけが一度も口を開かなかった。


 伸びた黒髪を背中で束ねた、鋭い眼の青年――超水。


 最後の出港から、髭を剃ることができないでいる。おかげで、口周りに黒い縁が浮かび上がってしまった。


「あんた、どこから?」


 彼の後ろに座っていた初老の男が問い掛けてきた。


「煉州から」


「へぇ、あんな東の隅からわざわざ西の隅に? 物好きだね」


「あの国は居心地が悪くてね」


 超水は頭をかいた。


 それから小さく息を吸って、


「ここで仕事を探すつもりだ」


 力強く言った。


 二枚の帆を張った木船が丸太造りの桟橋に横付けすると、そこから乗客が一斉に降りた。


 超水と初老の男だけが、少し時間をおいてから船を出る。


 中年の船頭は、作り慣れたような笑みを浮かべて二人を送り出す。そして、次の船出への準備を始めるのだった。

 

「ここが呈州(ていしゅう)の港町か。思ったより静かだな」


 潰れかけに思える魚市場や、海産物の市場がむなしくたたずんでいる。人の姿は見あたらない。潮風を浴びすぎて、柱が腐敗を始めたような店も多数見受けられた。


「さすがの呈州も、皇帝陛下の圧政には参っているとみえるのう」


「呈州に詳しいのか?」


「なに、長旅をして帰ってきたところでな。ずっと呈州に住んでおるよ」


「ならば、どこかに働けそうな場所を知っているなんてことは……」


「わしもあまり詳しくはないが、東の街道を進んでいけば町が見えてくるはずだ」


「助かるよ。早速行ってみることにする」


「そうか。気をつけてな」


     †


 煉州軍を抜けた超水は、少しでも遠くに行こうと考えた。


 そして、遠方に向かう船を探して乗り込むことにしたのだ。


 港に着くと、船は思ったよりもあっさりと見つかった。呈州に向かう船があると言うのだ。

 

 ――呈州。


 慶の東南端に位置する煉州とは反対に、西に存在する州だ。


 領土面積は、慶王朝十一州の中でも下から数えたほうが早く、地味な印象がある。


 かつては、慶王朝の中核を担う名士を多数輩出していた州でもあったが、最近ではそのような話は聞かれない。


 ともかく、そこで仕事をしながら軍を視察し、煉州軍のようでなければ仕官する。それが超水の考えであった。


 ……まずは仕事を探さないと生きていけないからな。


 超水は軽い足取りで街道を進んで行く。道はよく整備されており、歩きやすい。

 これなら馬車も揺れないだろう――そんなことを思う超水だった。


 小さな町が見えてくるのは、それから三日後のことである。   

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