呈央城攻略へ
ここまでの主要人物
・超水……腕の立つ武人。
・龍角……父を謀殺した呈州太守への復讐を狙う男。
・渠郭翔……龍角の弟子。頭がいいが武芸の才は乏しい。
・周方……元呈州軍の将。山賊に身をやつしたあと貫州軍に合流。
・星蓮……龍角の恋人。
・機英……貫州軍の将。呈州攻略部隊の総司令。
・馬徳……貫州軍の将。前線の指揮を執る。
・沛黄……貫州軍の参謀。一人称は「この沛黄」。
・厳立……呈州太守。気に入らない家臣を次々謀殺。
・雷紹……官軍の名将。悩みが多い。
・関周……雷紹の右腕。腹黒い。
呈央城は、正確とまではいかないが、呈州の中央に位置する城だ。
人口五千人ほどの町を守護するために築かれているが、堅固かと問われれば、そこまでではないという答えが守備隊から返ってくるだろう。
呈州城に比べれば城壁は低く、水堀も存在しない。州の中心まで敵が攻め込んでくるような事態は起こらないだろう、というのがかつての呈州側の考えだった。
ただ、貫州軍が侵攻を開始してからは、城将・慈沖の提案で空堀が掘られた。
これによって敵軍が梯子をかけづらくなり、進撃の勢いを阻めるのではないかと思われた。
そんな城外を見ながら、呈州軍の将、紀流は腕組みをしていた。
まだ、貫州軍は姿を見せていない。
あれだけ身軽に動いておきながら、即座に城まで攻め寄せてくることはしない。
警戒しながら進んでいるのか、それとも余裕を見せつけているつもりなのか。
もしも後者だとしたら、自分たちは甘く見られていることになる。それだけは許せんな、と、紀流は下唇を噛む。
今度は、無様に逃げるようなことは避けなければならない。
「連中、なかなか現れんな」
平地の彼方を眺めていると、同じく呈州軍の将、聘左がやってきて隣に並んだ。
「おっしゃる通りで。部隊の調整でもしているのでしょうか」
「分からんぞ。こちらを甘く見て、そう急ぐ必要もあるまいと考えているのかもしれん」
やはり考えることは同じか、と紀流は内心で苦笑する。
呈央城周辺の地形は、大半が平地だ。だが、その一部には山林になっているところがあり、貫州軍の別働隊はそこから現れた。
別働隊が現れた時、城外で待機していた慈沖の部隊が混乱に陥ったという。
それでもなんとか持ち直したのだが、持ち直した頃に、貫州軍は撤収していった。どうやら相手には機を見るに優れる者がいるようだ。
「ともかく、貫州軍に単純な戦法は通用しないことが分かった。同じ轍を踏まぬよう、気をつけなければな。最悪、籠城という手もあり得る」
積極派の聘左にしては、珍しく慎重な意見だ。一戦で貫州軍の実力を把握できたのかもしれない。
紀流も頷く。全くの同感だった。
まずは相手の攻撃を城で防ぎ、相手が疲弊したら、白兵戦も仕掛けたい。
聘左の主張した考えだ。
城将慈沖もその意見に賛成したので、紀流もひとまずは頷いた。いきなり白兵戦を挑むなどと言われたらさすがに止めるつもりだったが、そうはならなかった。
昨日の夕刻に行われた戦いから、半日ほどが経過していた。
今は朝日が昇っているが、冬の明け方はやはり冷え込む。聘左も、紀流も、白い吐息を立ちのぼらせていた。
撤収してきてからは、聘左と紀流が交代で見張りを行い、仮眠を取った。
そうしてしばらく城外を見ていると、視界の遙か彼方に赤い塊が見えた。
「……現れたな」
聘左が低くつぶやく。
紀流は城壁で待機している兵士達に体を向けると、
「貫州軍が現れた! 間もなくここまでやってくるだろう! 備えよ!」
と大声を張って命じた。
城壁に集められていた防御用の石、岩、そして熱湯の入った鍋。最後に矢の束。
そういったものを兵士達が手にとって、防衛戦の用意を進めていった。
†
その少し前のこと。貫州軍の陣営での出来事だ。
「おお、超水、周方、無事だったか」
渠郭翔を伴って、龍角が戻ってきた。
機英ら、呈央城を襲撃した別働隊が、広北湖に戻ってきていたのだ。
その時、超水達は広北湖の周辺で火を焚いていた。近くに大部隊を収められる場所もなく、必然的に野営となった。
「先生! ご無事でしたか!」
「龍角、生きててなによりだ」
超水と周方はサッと立ち上がって龍角を迎えた。その後ろで渠郭翔が、「僕のことは……」とつぶやいていた。
四人はたき火を囲むと、白い息を吐きながら、しばらく黙っていた。
やがて口を開いたのは、やはり龍角だった。
「呈央城はそれほど堅い城ではない。貫州軍が全力で攻撃すれば一日で落とせるはずだ」
「そうなるよう、我々も努力しなければなりませんね」
超水は頷いて応じた。
「だが、できることなら城下の人々は巻き込みたくないものだ。民衆に血を流させてまで、圧勝を得たいとは思わん」
いかにも龍角らしい、と超水は思った。
龍角は自分の目標である、打倒厳立を果たしたい。だが、その目標のために関係のない人間を巻き込むことは、なるべくならしたくない。
彼は優しい人間であり、強い意志を持っている。だからこそ、超水はそこに惹かれた。あるいは、周方も龍角のそんなところに惹かれたのかもしれない。
「まあ、城壁さえ突破しちまえばあとはどうにでもなる。まずはそこを越えないとな」
周方の言葉に、龍角は頷く。
「相手は岩や熱湯を用意して待っているでしょうね。簡単に越えられるでしょうか」
「おいおめぇ……渠郭翔だっけ?」
「そうですが」
「いくら守りが堅くたって、大将が攻めろって言ったら俺達は攻めるしかねぇんだよ。突破できるかできないかなんてのは大将が考えることだ」
「そういう、ものですか」
「そういうものですよ。まあ俺に任せろ。呈州軍にいた頃、盾持って梯子を登る訓練は何度もやったからな」
周方は自信ありげに胸を叩いた。
一方、超水にとっては初めての攻城戦だ。
まだ勝手がよく分からないし、頭上からの攻撃をうまく防げるか不安もある。
煉州にいた頃、父・超雪の元で梯子を駆け上がる訓練はかなり積んできた。しかし、実戦はこれが初めてになる。
超雪は言っていた。
城壁は、一ヶ所を突破してしまえば後は脆いものだと。
ならば、まずは梯子を登り切ることが重要になってくる。間違っても頭から落ちるようなことは避けなければならない。
「でも、僕は自信ないんですよね。城壁にたどり着く前に、矢に当たってあっさり死ぬかもしれない」
渠郭翔がうつむいて言った。確かに、機敏な動きが苦手な渠郭翔にはつらいことだ。
「おいおい、貫州軍の輜重車見てねえのか? 盾が山ほど積んであったぜ。盾さえしっかり使えれば、矢は防げる。おめぇは見たところ体が弱そうだから、突撃しているふりをして後ろから見てりゃあいい」
「そううまくいきますかね」
今度は超水が笑いながら割って入った。
「俺達がすぐに突破するから、隊長達も渠郭翔にはかまっていられないさ」
「お、言うねえ」
周方が嬉しそうに笑った。
「強気になっていると、本当にできる気になるからな」
「ほう、私の言ったことを覚えていてくれたか」
横で、龍角が感心したように言った。
今の超水が言った言葉は、龍角の受け売りだ。以前、子供達に学問を教えていた龍角が皆に言ったのだった。妙に感心したことを覚えている。
「俺は頭が悪いので、率直な言葉の方が好きなんです」
「何を言うのだ。私に説教をするほどの男が」
超水は鼻の下をこすった。
それからしばし他愛のない会話をしてから、超水達は幕舎の組み立てに入った。
幕舎は布と鉄棒を組み合わせた即席の家屋だ。三角錐の形をしている。
呈州組は固まって幕舎を設営し、眠りについた。だが、毛布一枚では体が震えてしまって、とても眠れない。
超水と龍角で輜重隊の隊長に掛け合って、毛布をもう一枚ずつ貸してもらった。周方や渠郭翔、呈州からついてきた面々は、毛布を二重に巻いて夜を過ごした。




