命を預ける
機英について砦に戻った超水は、そこで戦闘の終結を見た。
城門の直線上にそびえる砦。正面の広場のあちこちに、折り重なった屍が転がっている。
守備兵達は敗走していったらしく、砦に抵抗を試みる者はいなかった。
「将軍、城兵は全て敗走。ここに残っているのは、城門を開いた民兵と、近くの山の山賊だそうです」
駆け足でやって来た兵士の一人が、馬上の機英に報告する。
機英は馬を下りた。
「山賊も紛れ込んでおるのか」
「は、龍角という男に頼み込まれ、協力したと申しておりますが」
ほう、と機英は感情の読み取れぬ声を出し、後ろの龍角に首だけ向けた。
「龍角」
「はっ」
「山賊に助力を頼んだと?」
「はい。町の男達が徴兵によって連行されたため、ほかに戦力のあてがございませんでした。罵られることは覚悟の上でございます」
龍角が、胸の正面で両手を合わせて返す。
「いや、よい。今は戦時。使えるものはなんでも使おうとする心意気は大切じゃ」
機英は龍角を軽蔑する様子もなく、むしろ感心したように言うのだった。
「山賊の首領をこれに」
機英が命じると、先程の戦闘中、超水が気になっていた青竜刀の男が現れた。頭にかぶっていた獣の皮を外し、機英の前に膝をつく。
「お主が首領か」
「いえ、某は副首領にございます。名は周方」
男の声は太かった。
よく見てみると、まだ若い。二十五、六というところだろう。太い眉の下に、相手を萎縮させるような鋭い眼光を宿している。
「うむ。では周方よ、首領はどこじゃ?」
「龍角が我々を説得にやってきた時、首領は首を縦に振りませなんだ。いがみ合ってきた我々が協力できるわけがないと。しかしながら、某は龍角の真剣な態度に心を打たれ、また同じ気持ちを持つ者が多くおりました。我々は首領を離れ、龍角に力を貸すことにいたしました」
周方が考え考え話をすると、周囲の視線は龍角に集まった。
機英の目も、龍角を興味深そうに見つめている。
「龍角よ、お主はなかなか人心掌握に長けておるようだな。人の上に立つにふさわしい能力を持っておる」
「そのような……」
言われた龍角は、恐縮しながらも少し嬉しそうだった。
「では周方にも聞くことにしよう。龍角は我が貫州軍の道案内をしてくれるそうじゃ。お主ら山賊はどうする? 真人間に戻りたいというのならば、挽回の機会を与えてやろうぞ」
周方は背後に首を向けた。
山賊達が集まって、若き新首領を見つめている。
一体、彼らは龍角にどのようなことを言われたのだろうか。超水は気になった。いがみ合っていた連中を説き伏せたのだ。龍角にはやはり不思議な力がある。
「呈州を解放した暁には、軍に加えていただけまするか」
「それが望みか」
「は。ここにいるのは、将を志しながら夢破れた者ばかり。金と食糧だけを求める奴らとは違うのでございます」
「その奴らと行動を共にしていたのであろう?」
「一時、生きるためにやむなく」
機英は空を見て、首を元に戻す。
「周方、そちの戦力は」
「五十二にございます」
「五十二?」
「はい」
突如、機英が豪快な笑い声をあげた。
「わずか五十二の兵で、万の兵が守る砦に飛び込んできたと申すか!」
「龍角が、真っ直ぐに城門まで突っ込んで貫州軍を引き込めば勝機はあると」
「あ、いや、それは……」
龍角が焦った声を出した。
よほど面白かったのか、機英はまだ肩を震わせている。
「なるほどな。龍角よ、お主の度胸は買うぞ。いや、久方ぶりに笑わせてもらった」
龍角は恥ずかしそうにうつむいた。
「ともかく、だ。ここに残った者たちは、貫州軍に従う。そういうことでよいのだな?」
集まっていた山賊、民兵達の全員が頷き、ひざまずいた。
「我々は、貫州軍の支配を望みます」
全員を代表して龍角が言う。
その言葉を受けた機英は、大きな動作で右手を挙げた。
「よかろう。――お主ら全員の命、この機英が預かった」




