一気攻略
現れた龍角は、座り込んでいた渠郭翔に手を貸して立たせた。超水は近寄る。
「先生、これは一体……」
龍角は自分の手柄を誇る様子もなく、こう返してきた。
「山賊達に頭を下げて、助力を頼んだ。それでここまでやってきたのだ」
「よく、あの山賊どもが先生に力を貸してくれましたね」
「ひたすら頭を下げたらな、奴が仲間を説得してくれた」
奴? と超水は首をかしげ、龍角が指を差す方向を見た。
先程目に止まった、巨大な青竜刀を操る男。
「広来の山賊の副首領、周方だ」
「周方……」
当然ながら、超水の知らない名前だった。だが、龍角の気持ちを理解したのか、協力してくれたことは確かだ。後で礼を言うべきだろう。
超水は龍角に向き直った。
「先生、とにかく俺達は城門を開きます。そして貫州軍を砦の中に引き込みます」
「分かっている。私も、貫州軍を引き込むつもりでここまで来た」
「では決まりですね」
二人で頷き、超水達三人は駆け出した。
襲いかかってくる兵士を突き伏せ、龍角が剣で切り倒し、その後ろの安全地帯を渠郭翔が走る。体力のない渠郭翔は、すでにかなり呼吸を荒げていてつらそうだった。
やがて城門が見えてきた。
暗闇を照らす篝火がいくつも焚かれ、ぼんやりと城門付近を映し出している。
「おのれ、この城門は開かせんぞ」
六人の兵士が、各々の武器をかまえて城門を守っている。
先行しようとする龍角を止め、超水が前に出る。
六人の兵士が散開し、扇形に超水を囲む。
超水はその扇のど真ん中に飛び込んだ。正面に槍を出すと見せかけ、右に足を動かす。槍を右に振るい、一人の兵士の首を打つ。槍を返して、背後から斬り掛かってきた兵士の脳天に強烈な打撃を見舞う。
右からもう一人、兵士が槍を出してくる。超水は身をひねりながらかわし、左手で相手の槍を掴んだ。渾身の力で引くと、槍はするりと兵士の手を離れる。奪った槍をそのまま左に突き出し、後ろにいた兵士の足首を傷つける。
すぐさま前進し、槍を奪った兵の下顎を殴りつけた。
左右から兵士が斬り掛かってくるが、超水は動かず待つ。
左の兵士の方が少し速い。
超水は左に槍の石突きを放ち、相手の腹を突いた。その反動を利用して、右の兵士に体当たりを食らわせる。
兵士六人が倒れた。
「あらためて見ると、恐ろしい腕前だな」
超水の立ち回りを目にして、龍角が苦笑いを浮かべていた。
「まだまだ余力は残していますよ。それより、城門を開きましょう」
「うむ、そうだな」
三人は城門に駆け寄ると、二つかかっていた閂を外した。超水と龍角が取っ手を掴む。
せーの、と声を合わせ、城門を引き開けた。
重たい軋みを上げて、城門が開かれた。
「よし、三人で行くぞ!」
龍角の指示を受け、超水と渠郭翔は頷いた。龍角に命令されると、従ったほうがいい、と思えてしまうから不思議だ。
超水達が砦を出て、平地を真っ直ぐに走って行くと、すぐそこに騎兵の姿が見えた。
数はざっと見て二、三十騎というところか。夜なので色はよく分からないが、赤い鎧を纏っていることだろう。
騎兵集団の先頭にいた兵士が、ゆっくりと馬の歩を進めてきた。
「砦で何が起きているのか、説明してもらおう」
兵士は、鹿の角をあしらった兜をつけている。顔は鉄面で鼻から下を隠しており、鋭い眼だけが見える。
「徴兵で連行された町民、農民が城内で反乱を起こしたのでございます。この機に乗じて、砦を攻めてくださいませ」
龍角が素早く片膝を突いて説明する。
「反乱か。呈州らしいのう」
兵士の声はしわがれていた。老人のようだ。
「よかろう」
老兵は頷き、背後に顔を向けた。
「者ども、少し早まったが城攻めにかかる! 騎兵は城門から、歩兵は城壁からそれぞれ攻め込むのだ!」
はっ! という言葉がいくつも重なり、貫州軍の陣が慌ただしく動き始めた。
やがて老兵が、整列した騎兵に、
「かかれ!」
という声をかけた。
騎兵が二列の隊を組み、城門めがけて突撃を開始する。
少し遅れて歩兵が続いた。大梯子がいくつも用意され、城壁に接近した兵士達は、梯子をかけてよじ登り始める。
超水達は、その様子を息をひそめて眺めていた。
「城方からの抵抗が驚くほど少ない。嘘ではなかったようじゃな」
残っていた老兵が言った。彼のほかに、貫州軍は数十人が陣に残っている。
「さて」
老兵はそう言って、馬から下りた。
同じ地面に立ってみると、老兵はずいぶんと小柄であることが分かった。超水の顎辺りに頭がある。
しかし、その小柄な体から、相手を威圧するような気が感じられた。
「わしは貫州軍の将、機英という。今回、呈州攻略軍の総大将を任されておる。お主らの名前を聞いておこう」
「龍角と申します」
「渠郭翔と申します」
「姓を超、名を水と申す者にございます」
機英と名乗った老将は、深く頷いた。
「城門を開いたのは?」
「我々三人でございます」
答えたのは龍角だ。
「この反乱を企てたのは誰か」
「まず、私とこの超水で計画を立てました。そして同じ町から連れて来られた者たちに計画を打ち明け、実行に移しました。徴兵を逃れたせんせ――龍角が、後から手勢を連れて乗り込んできた次第にございます」
淀みなく、すらすらと渠郭翔が答える。
「なるほどな。最初の銅鑼は決行の合図ということか? それとも我々に攻め込んでこいという合図だったか?」
「決行の合図でございました」
今度は超水が答えた。
「ふうむ。いやはや、一介の町民達が立てた計画にしては、なかなか手際がよいではないか。これだけの時間で城門を開いてしまうとはな」
「ありがたきお言葉」
この言葉で合っているのかは分からなかったが、とりあえずそう答える超水であった。
超水は、無礼を承知で振り返る。
大きな抵抗を受けることなく、貫州軍の歩兵達が砦に侵入している。
傾いている梯子は一つも見当たらない。驚くほど鮮やかな侵入だ。貫州軍が強いと言われるだけのことはある。
「さてお主達」
機英の声にハッとして、超水は顔を前に戻す。
「お主らは砦を我々に明け渡した。それはつまり、貫州太守香京の支配を受け入れる、ということ。そのように受け取ってよいのだな?」
「はい、厳立の悪政から解放されたく思います」
龍角が答えた。超水達三人は、より深く頭を下げる。
「よろしい。呈州を解放した暁には、香京様が住みよい州を築いてくださることであろう。――そのためには、お主らに協力してもらわねばならぬ」
「協力、でございますか」
龍角が顔を上げた。
「そう、協力じゃ。簡単に言うならば、この先の道案内を引き受けてもらいたい。それから、腕に自信のある者は、我が軍の兵士として戦わせてやろう。戦功を挙げれば、高い報酬を約束する」
「ならば、私が道案内を引き受けまする」
即座に龍角が反応した。
超水は龍角の顔を見た。
真剣に機英の眼を見返す龍角。その顔は覚悟で満ちていた。龍角は、貫州軍の一員として厳立を倒そうとしているのだ。
「では龍角、お主に道案内役を命ずる。渠郭翔、超水、お主らはどうじゃ」
「私は龍角に従います」
すぐに答えたのは渠郭翔だった。唇をきつく結んで、強張った表情で機英を見ている。
残るは超水だけ。
彼は逡巡した。
この場で、龍角に協力せずに去るという選択肢もある。龍角は他人の傘下に収まり、戦う力を得た。これ以上、超水が無理に協力する必要はない。
この機に龍角達に別れを告げ、また旅に出るということもできた。
だが、
「私も龍角に従って戦います。一兵卒としてお使いください」
超水はそうはしなかった。
このまま去ってしまうのは後味が悪すぎるし、きっと罪悪感に苛まれることになるだろう。何より、龍角や渠郭翔に蔑んだ目で見られると思うと心が痛くなる。
「よかろう。――さて、城の方も静かになってきたのう。そろそろわしも行くとするか」




