作戦決行
陽が傾き、地平線の向こうへと消えようとしている。
超水は、昼間と同じように城壁に立っていた。右手には、与えられた槍を握りしめている。超水がいつも使っている槍に比べると、軽く、そして頼りない。だが、今はその頼りない槍に命を預けるしかないのだ。
隣には渠郭翔がいる。
広来の男達を説得し、全員から、協力する、という返事をもらったそうだ。
「渠郭翔」
「はい、なんですか」
「手筈はどのようになっている?」
「そうですね、まずは見張りから銅鑼を奪い、それを叩いて合図とします。銅鑼が聞こえたら、一斉に兵士を攻撃する。そうしたら、僕と超水さんで城門を開きましょう」
超水は頷いた。
「分かった。農兵が寝返ったということは、貫州側に伝えるべきか?」
「そのほうがよいでしょうね。分かりました、僕が伝えに行きましょう」
「貫州軍の陣まで距離があるぞ。体のほうは大丈夫か?」
「呈州の未来がかかっているんです。自分の体調なんて気にしている場合ではないですよ」
「頼もしいな」
超水は目を細め、消えていく太陽を眺めている。
太陽はすでに姿を消し、わずかな残照が空を染めている。
超水は城壁に視線を戻す。
少し離れた場所に銅鑼が設置されている。夜襲を素早く報告するためのものだ。
まずはあの場所にいる兵士を倒し、銅鑼を叩く。それから階段を下り、城門まで走る。その頃には、広来の町の男達も戦闘に入るはずだ。
「行くぞ」
「ええ」
超水は静かに歩を進めた。
城壁を真っ直ぐに歩いていき、銅鑼についている兵士のところまで行った。
「あの、少しお話があるのですが」
超水はおだやかに話しかける。
「なんだ貴様」
しかし、銅鑼を担当する兵士はあからさまな警戒を見せている。民兵が突然話しかけてきたのだから、無理もない。
計画はすでに始まった。
「実はですね……」
超水は笑顔を浮かべる。そしてすぐに真顔に戻し、槍を横に振るった。
槍の柄が兵士の首を打つ。
ぐっ、と兵士がうめいて吹っ飛ぶ。
超水は槍を振り上げ、力いっぱい銅鑼に叩きつけた。槍が折れた。それを拾って二本にして連打する。
空を引き裂かんばかりの銅鑼の音が鳴り響く。山の遙か彼方まで届いたことだろう。
何事かと城兵達が様子を見に現れる。
戦いが始まった。
超水は折れた槍をかまえようとした。
「超水さん、これを使ってください」
渠郭翔が、持っていた槍を渡してくれる。超水は返事をせずに受け取り、現れた兵士の中に向かって突っ込んでいった。
「民兵、貴様ぁ!」
広来の町でも見た隊長が、超水を睨んで怒声を上げた。
超水は隊長めがけて槍を突き込む。隊長は最初の刺突をかわすと、兵士の中に隠れた。
超水の正面には五人の兵士がいる。階下でも動きがあるため、もう少し増えるかもしれない。
その時、砦のあちこちから雄叫びが上がった。
銅鑼の音を聞いた広来の町の男達が動いたのだと分かった。
……あとは城門までたどり着くだけか。
兵士が二人同時に斬り掛かってくる。
超水は半歩下がり、斬撃をかわす。鋭い刺突を放ち、左の兵士の右腕を的確に貫く。槍を引き抜き、柄を反して打撃を加える。右の兵士は吹っ飛び、城壁から転落した。
三人の兵士がすぐさま超水を囲むが、さほど危機感は覚えない。
超水は前進し、正面の兵士の腹を突く。背後から斬り掛かってきた兵士を蹴りで防ぎ、槍を抜きながら石突きでもう一人の兵士の顎を打った。
瞬く間に五人の兵士が倒れる。
隊長は表情を驚愕で塗りつぶし、階下へと逃げていった。
「さすが超水さん」
戦いを見守っていた渠郭翔が駆け寄ってきた。
「この程度ならまだまだやれる。よし、下りるぞ。城門まで走る」
「行きましょう」
二人は階段に向かって走った。
階下ではすでに戦闘が開始されていた。
粗悪な槍を手にした男達が、城兵に襲いかかっている。
後ろに渠郭翔をかばうようにして、超水は階段を下りる。
城門の直線上、少し距離を置いて小さな砦があり、砦の入り口はそのまま背後の出口と直結している。乱戦が繰り広げられているのは、城門と砦の間の空間だ。
「渠郭翔、お前に戦いは無理だ。危険だと思ったらすぐに俺に声をかけろ」
「分かりました」
乱戦の間を縫って、一人の兵が超水の前に立ちはだかった。
兵は剣で刺突を放ってくるが、超水は難なくかわし、槍を水平に振るって相手の脇腹を打った。兵士は横に吹っ飛び、城壁にぶつかって崩れ落ちる。
倒れ込んだ兵士の上に、よろけてきた民兵の男が、折り重なるようにして倒れた。
「遼機さん!?」
倒れた民兵を見て、渠郭翔が驚いた声をあげた。
「遼機?……まさか遼雲の親父さんか?」
「そうです!」
渠郭翔は慌てて駆け寄ろうとした。超水はその手を引き留めた。
「何するんですか! 助けないと!」
「早く城門を開かないと、もっと大勢の仲間が死ぬ。今は無視しろ!」
超水は怒鳴った。
渠郭翔は言葉をつまらせたが、唇をきつく結んだ後に、
「……分かりました」
と言った。
二人はまた走り出し、城門まで駆けていく。城壁に沿って進めば、全方位を囲まれる心配も少ない。
超水は、攻撃を仕掛けてきた兵士三人を新たに突き伏せたが、倒しても倒しても敵が現れ、思うように前に進めない。
砦側は、この戦場でもっとも危険な人物を超水だと判断したようだ。
城壁を背にする超水と渠郭翔。
二人を半円の形で囲む兵達。
その包囲網の背後では、少しずつ味方が押されているのが見えた。
「貴様、ただ者ではないな。一体何者だ!」
兵士の一人が怒鳴ってきたが、超水は無視する。
「渠郭翔、大丈夫か」
「なん、とか」
背後で、渠郭翔が呼吸を荒げているのが分かる。緊張と疲労、味方を見捨てるという罪悪感といったものに襲われているのだろう。
このままでは城門を開くどころではない。かといって、動かないわけにもいかない。
超水は前に走り、正面にいた兵士一人を突き倒す。
すかさず槍を引き抜き、隣の兵士を倒そうとする。が、包囲網が素早く後退し、超水の振った槍は空振りに終わった。
その瞬間、ほんのわずかな風切り音が聞こえた。超水は左に顔を向ける。短剣が飛んで来た。とっさに槍の柄を出す。鈍い音を立てて、短剣が足下に落ちた。
しかし、超水は大きくよろめき、隙を作った。
兵士二人が剣をかまえて突っ込んでくる。
超水は横に転がろうとして思いとどまる。動いたら渠郭翔がやられる。
よろめいたまま槍を振るい、兵士二人を牽制し、その間に体勢を立て直す。前方に足を踏み出し、また一人の兵士を突き倒した。
「このままじゃキリがないな」
超水がつぶやいた時だった。
突如、砦の入り口から、わらわらと人間の群れが現れた。
新手か? そう考えた超水だったが、すぐに勘違いだと気づく。新たに現れた男達は、ボロ切れを纏っていたり、獣の皮をかぶっていたりしている。
「……広来の山賊?」
渠郭翔が呆然としたように言った。
殴り込んできた闖入者達は城兵に襲いかかる。
民兵以外の人間達までもを相手にしなければならなくなり、砦側の優勢が揺らいだ。
山賊の中に、一際目立つ男がいた。
虎の毛皮を身につけた男で、身の丈よりもわずかに短い程度の青竜刀を自在に操っている。
「超水さん、今のうちに行きましょう!」
ぽかんと戦況を見ていた超水は、渠郭翔の声で我に返った。
「よし、走れ!」
動揺している兵達をなぎ倒し突破口を作る。超水と渠郭翔は包囲網を破り、城壁に迫った。
よく分からないが、作戦は成功しそうだ。
超水がそう思った時、
「うわっ!」
という声を聞いた。
驚いて振り返ると、渠郭翔が屈強な兵士に押さえつけられているのが見えた。
「てめえ!」
ほとんど反射的な動きで槍をかまえると、相手の兵士は不敵に笑んだ。
「動くな! 貴様、今すぐそこに槍を置け! さもなくばこいつを斬る!」
「超水さん、僕のことなんか――」
兵士に口を封じられ、渠郭翔の言葉が途切れる。
「早く置け!」
まずいことになった。どうする。
超水は素早く思考を巡らせる。どうやって渠郭翔を助けるか。槍を投げれば、相手の額を貫く自信はある。だが、それでは丸腰になってしまう。槍を取りに行くまで素手で戦わなければならなくなる。
「早くしろ!」
また兵士が怒鳴った。
「早くしなけれっ――!?」
兵士の言葉は最後まで続かなかった。
彼の脇腹に剣が突き刺さっていたのだ。
超水は剣の使い手を見た。一体誰が助けてくれたのか。
そして絶句した。
「超水、渠郭翔、無事でよかった」
倒れた兵士の背後に、男が一人、立っていた。
「……先生?」
突出したところのない、平均的な体型。おだやかそうでいて、時に凛々しさを見せる顔。
そこにいたのは、間違いなく龍角だった。




