城壁の上の密談
城壁から見下ろす景色は、なかなかに壮観だった。
遙か彼方まで平地が広がっていて、どこまでも真っ直ぐに走ることができそうな気になる。
その平地に、赤色の塊が集結している。貫州軍が布陣しているのだ。
州境砦に連れて来られた超水達は、まず武器を受け取った。全員が槍だった。こんなことなら自分の槍を持ってくるべきだったな――と超水は後悔した。
鎧は与えられなかった。捨て身で戦え、ということらしい。
「ざっと見て六万、というところでしょうかね」
超水が城壁から敵陣を見ていると、横に渠郭翔が並んできた。いつものボロ切れを着たままである。
「そうだな、そのくらいはいるか」
答えながら、超水は城壁に背を預けて座り込んだ。渠郭翔も超水の隣に座る。
「やって来てまず陣をこしらえるということは、攻撃は明日からでしょうか」
「移動してきたんだ。兵士を休ませて、万全の体調で挑もうってことだろう」
「やだなぁ。僕、まだ死にたくないんですけどねえ」
「軽く言うな。俺だって同じだ。こんなところで死んでなどいられるか」
「でもほら、超水さんは強いからまだいいですよ。僕なんかこの槍を持つだけで精一杯ですよ。重たくて」
「それはいくらなんでも貧弱すぎるだろう」
「でも事実ですし」
自然と口数が多くなるのは、なんとかして不安感を押さえようとしているからだ。
「意地でも撃退して、先生のところに帰らないとな」
「撃退できれば、の話ですけどね」
渠郭翔の言うことはもっともだった。
現在、この州境砦に配置されている総戦力は一万五千。
一般的に、城攻めには城兵の三、四倍の戦力が必要と言われる。しかし、ここは城ではなく砦。堅牢と言うにはほど遠い。
六万の貫州軍を相手にどこまで持ちこたえられるかは分からなかった。
「ねぇ、超水さん」
「なんだよ」
「僕、ちょっと考えてみたんです」
渠郭翔はそんなことを言いながら、超水の肩に手を回してきた。そして消え入りそうなほど小さな声で言った。
「夜になったら、この砦の城門を開きにいきませんか?」
超水には、渠郭翔が何を言っているのか理解できなかった。
城門を開く。
そうしたらどうなる。
間違いなく、貫州軍がなだれ込んでくるだろう。そうなったら、この砦は陥落だ。
「あまり、いいことがないように思えるんだが……」
「いえ。貫州太守香京は、賢君として名を知られています。おそらく今回の侵攻は、情勢の乱れに乗じて、呈州を慶から解放しようという目的があるのでしょう」
「まあ、そうだろうな」
「すると、ですよ。香京の目的と、先生の目的は一致するわけです」
なるほど、と超水は頷いた。
「厳立を倒す、ということだな」
「ええ」
「だが先生の目的は『厳立を倒して、自らが呈州太守になる』ということだったはずだ。香京が入ってきたんじゃ意味がない」
「ですが、どのみちここは押さえきれないと思います。貫州軍は強いと評判ですから、呈州は間違いなく香京の支配下に置かれるでしょう。そうなったら、先生が太守を名乗れるはずもありません。まずは香京の下につき、機を見て動くしかないと思いますが、どうでしょう」
確かに、まず権力者の下につくという選択は悪くない。
超水は、煉州にいた頃から香京の評判を聞いていた。呈州攻略に力を貸したとなれば、邪険にされることはないだろう。
対して、龍角が先に呈州城を落として太守を名乗ってしまったらどうなる。
おそらく香京は龍角を敵視するだろう。隣州から睨まれ、龍角は思うように動けなくなる。
「そうだな、まずは香京の傘下に収まるのが安全かもしれないな」
「分かってくれますか」
「ああ」
「では、やりますか?」
超水は目配せと共に答えた。
「今夜決行だ」
「今夜? それはまた、ずいぶんと性急な」
「お前が言ったんだろう。明日から攻撃が始まるってな。そうなったら城門を開くどころじゃなくなる」
「ああ、そうとも言えますね」
渠郭翔も納得した表情を見せた。
「よし、俺は広来の町の連中に声をかけてくる。二人きりじゃどうしようもない」
超水が立ち上がろうとすると、渠郭翔が右手で制した。
「そういう役目は僕に任せてください。超水さんは戦いに集中した方がいいと思います」
「そうか? だったら任せる。……だが、くれぐれも勘づかれないように動けよ」
「そのくらい、僕だって理解しています。心配いりません」
渠郭翔は立ち上がり、超水の横から去っていった。
超水は何をするでもなく、その場から動かない。
今まで、山賊などとは何度か戦ってきた。しかし煉州では、山賊との戦いを戦いとは呼ばない。武人からすれば、山賊ごとき、ということになる。
つまり、超水が実戦を経験するのは、これが二度目ということになる。
先の煉北での戦いは、平地での会戦となった。
今回は城内という、限られた空間の中での戦いとなる。戦いは夜に行われ、おそらく敵味方が入り乱れることになるであろう。いかにして味方を殺さず、的確に相手を突き伏せることができるか。
超水は、頭の中で戦いの光景を想像し、夜に備えた。




