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無題  作者: 雨地草太郎
12/41

人はそれを蛮勇と呼ぶ

 場所は二月の呈州である。


 時折雪がちらほらと舞う程度で、たいした積雪はない。そのため雪かきに追われることもなく、超水はのんびりと時間を過ごしていた。


 用心棒を引き受けて、だいぶ時間が経つ。この間に山賊の襲撃が一度だけあった。超水は指揮をとる男を優先的に狙い、あっという間にこれを撃退した。


 その武勇は町の者から讃えられ、今ではすっかり一人の町民となっている。


「おはようございます」


「ああ、おはよう超水」


 超水は、相変わらず龍角の私邸に居候させてもらっている。


「今日も寒いですねぇ」


「うむ。だが、あと一月もすれば日も暖かくなってくる。一にも二にも辛抱だ」


「はは……」


     †


 龍角にことわって、超水は槍を持って出かけた。町外れの空き地で、いつも鍛練を行っているのだ。


 父超雪は、煉州軍の中でも突き抜けた槍術の才がある。超水もその才能を引き継いではきたが、未だ追い付くことはできないでいる。


 だからこそ、日々の鍛練を怠ることはできないのだ。


 誰もいない空き地に入ると、まずは隅に固めておいた棒を手にとり、地に突き刺す。その上に藁を編んだもの――これは星蓮に作ってもらった――を被せる。


 標的の正面に立って軽く槍を振り回し、真っすぐに突きを繰り出す。引きながら柄を打ち付け、そこから縦振りの打撃につなげる。


 初歩的な動作だが、超水はこれを大切にしていた。何事も基本が大切だ。


 ……今の俺は、父上とどこまで戦えるだろうか。


 ふと浮かんだ考えを、超水は振り払った。さすがにまだ勝てるとは思えない。


 こうしている間に、慶の情勢はめまぐるしく変化している。


 煉州の離反をきっかけにしたのか、情州も慶から離反した。


 煉州に呼応して、都のある英州に攻め込もうとしているらしいが、その侵攻は州境で停止しているそうだ。


 慶王朝に代々仕える名門、雷家の当主である雷紹が動いたのだ。雷紹軍は強く、情州軍に思うような戦いをさせていないらしい。


 ……慶都、か。


 燐夕はどうしているだろう。


「行ってみたいなぁ……」


「どこにです?」


「そりゃお前、慶王朝の……って誰だ!?」


 槍を引き抜いて慌てて背後を見た。


 小柄な青年が立っていた。つぎはぎだらけの古い服を来て、それに同調するかのように髪も渇いて跳びはねている。長い前髪は右に流れ、右目を覆い隠していた。


「……なんだ、渠郭翔(きょかくしょう)か」


「おはようございます、超水さん」


 龍角の一番弟子、渠郭翔。

 その男が、こうして超水をつけてきたらしい。


「どうしたんだ? 薪割りなら後でちゃんと行くつもりだったんだが」


「いや、ちょっと耳寄りな情報があるんですよ」


「……と、言うと?」


 渠郭翔はにやりと笑って、


貫州(かんしゅう)が怪しい動きをしているそうなんですよ」


「関周? あの雷紹軍の?」


「ああ、いえ、そちらではなく、この呈州のお隣にある州のことです」


「ああ、そっちか。へぇ、貫州まで」


「はい。これで官軍はバラバラに動かねばなりませんね」


 すぐ隣で反乱が起きようとしている。その不安定な情勢を聞いても、渠郭翔は笑っている。


「先生はですね、この町で一生を終えるつもりはないんです」


 不意に、渠郭翔が言った。


「太守になるんだろ?」


「そうですよ、先生は今の呈州太守を廃除する時を待っているのです」


 そして、と渠郭翔は続ける。


「いよいよその時がきたようですから」


「今が?」


「はい。これまでは、呈州で大規模な反乱を起こしても、近隣の州が応援の鎮圧軍を派遣してくる可能性がありました。北は情州、南は陽州(ようしゅう)、東に貫州。しかしその二角は、もはやこちらに構っている余裕はないのです」


 超水は黙り込んだ。


 ……それはつまり、先生がついに反乱を起こすということなのか。


 龍角は以前、時期を待ちながら戦力を集めると言っていた。時期が来たとして、戦力は集まっているのだろうか。


 超水は、龍角のやることに反対するつもりはない。それは龍角の意志だ。自分がとやかく言えることではない。


 しかし、どうせなら成功する確率は高いほうがいい。せっかく決起してすぐに返り討ちにされたのでは意味がなくなってしまう。


「先生は反乱を起こすつもりなんだな?」


「まあ、そんなところです」


「戦力は?」


「この町の戦える者、そして近隣の村からもいくらか。全部で千五百程度にはなりましょう」


「は?」


 気の抜けた声がでた。


 ――千五百。


 たった千五百しか集まらないというのか。


「て、呈州軍の総兵力は?」


「そうですねぇ、八万弱というところでしょうね」


「おい、先生は本気なのか? どう考えたって殺されに行くようなもんだぞ?」


 千五百対八万。


 勝負にならない。龍角になにか策があるというのなら話は別だが、彼は兵法家というわけでもない。その男が相手にするには敵が大きすぎる。


「先生は賭けに出るんです」


「賭けだと?」


「僕らが反乱を起こせば、各地の民衆もきっと呼応してくれるはず。太守を嫌っている人間がほとんどですから。そしたら兵力なんて一気に逆転できます」


「つまり、誰も味方してくれなかった場合のことはなにも考えてない?」


「はい」


 あっさりと頷かれた。


     †


 超水はゆっくりと帰路についた。横に渠郭翔が並ぶ。


 彼の言葉が気になって、今日はまともに鍛練できそうにないと判断した。


「先生は優秀な人物だ。無駄死にさせるわけにはいかない」


「ええ、その通りです」


「ではなぜ止めない? 兵力差を考えてみろ。戦う前から勝負はついている」


 どう考えてみても、龍角に勝ち目があるようには思えない。


「ですが、先生は固く決心しておられるようです。何を言っても無駄だと思いますよ」


 渠郭翔の返答はあっさりとしたものだった。


「超水さんを得てからは、ますます本気になっていますし」


「……俺に一騎当千の活躍をしろと言わんばかりだな」


「百人を軽く蹴散らす人間なんてそうそうお目にかかれないですよ。ですから超水さんには頑張っていただきたいですね」


「その時が来たらな」


 この数ヶ月で超水は、ますます龍角という人物に惹かれていた。だから、龍角が本当に決起するというのなら、きっと自分もついていくだろうと思う。


「では、また」


「おう、じゃあな」


 町の三叉路で渠郭翔と別れ、超水は龍角の家に向かう。


 今日も町並みは穏やかだ。山菜市場も酒場も、夕暮れ時になれば人が集まるだろう。いつしか、超水はこの町が大好きになっていた。それを実感するたびに、


 ……守ってやらないと。


 という思いが湧き出てくるのだった。

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