西方からの跫音
まもなく一年が終わろうとしている。
今日は幸いにも雪は降っておらず、雲間から時折太陽も顔を出す。それでもずいぶんと冷え込んでおり、当たり前のように白い息が出る。
毛皮で作られた厚い上着を着込んで、関周は調練場を見ていた。
慶王朝が抱える官軍は、城外の北、約二キロ地点に、広大な調練場を持っている。荒れ果てた荒野を利用しているのだ。
今日、そこを使用しているのは雷紹の軍勢であった。
黒い鎧を着込んだ兵士達が、八つの部隊に別れてせわしなく動いている。
関周は、調練場の北側にある演台の椅子に座り、その様子を眺めていた。
「関周、どうだろうか。第三隊は、先日よりも動きが鋭くなったと思うが」
横に立つ雷紹の副将――奏渉が言った。大柄で肩幅は広く、重い鎧を着込んでなお身軽な動きをとれる、屈強な将だ。
雷紹の副将の奏渉という具合に「しょう」が三つ並ぶので覚えやすい、と関周は思う。
「第三隊は、まあいいでしょう。しかし第七隊がだめですな。他の隊の動きについていけていない。これでは素早い陣の形成に支障が出ます」
奏渉は三十一で、立場も関周より上の副将だ。だが、関周はそのようなことは気にせず意見をぶつける。
「寒さが影響しているのかもしれぬ」
「戦場で言い訳は通用しません。慶が滅びれば我々も生き残れる可能性は低い。そうなってからでは遅いのです」
「まあ、もっともな意見だな」
大きく頷き、奏渉は演台を降りていった。
全部隊に対して、よく通る声で指示を送っている。
関周は揺すっていた足の動きを止め、小さく息を吐いた。
馬蹄が地面を叩く音が聞こえ、すぐに振り返る。調練場に入り口に、雷紹がやってきたのが見えた。関周と同じように、毛皮の上着を羽織っている。
雷紹は早足で調練場に入り、すぐに関周のもとまでやって来た。関周は立ち上がって頭を下げる。
「どうだ、進んでいるか」
「は、まだ動きが鈍いところはございますが……」
雷紹はいったん言葉を切って調練場を見渡す。全ての兵士が、雷紹に向かって頭を下げていた。
堕落した官軍の中にあって、雷紹軍だけは規律が乱れていない。関周は、小さな安堵を覚えた。
雷紹が右手を挙げると、まず奏渉が頷いて、兵士に再び動くよう指示を出した。調練が再開される。
「何か――」
言いかけて、関周は相手の顔を窺った。
「よくない知らせが入ったと、お見受けいたしますが」
「……分かるか」
「はっ」
雷紹は右手で顎髭を撫でる。そして、小さくため息をついてから言った。
「情州のことだ。いつぞや、使いが陛下に斬られたであろう」
「覚えております」
「その情州が先日、慶に反旗を翻した。決起集会が情州城で開かれたそうだ。太守自ら、都を奪い陛下の首を取ると発言したらしい」
「……さようでございますか」
関周はうつむいた。
予想していたことではあったが、いざこうして聞いてみると、やはり気分が重くなる。
「煉州には第七軍までを当て、残りの戦力を、情州側に集結させることになった」
「では、我が軍はそちらに?」
「そう思ったのだがな、それでは危険なのだ」
雷紹の言いたいことがすぐに分かる。
「確かに、都を手薄にしては、首都近辺で反乱が起きた場合にどうすることもできませんな」
「そう、それが問題だ。ついさっきまでその話をしておった。だが、どいつもこいつも都に残りたくて仕方がないらしい」
実に、堕落した慶らしい意見の割れ方だと思った。
官軍十二将などとは言うが、ほとんどが家柄のおかげでその役職に就けた者。臆病風に吹かれるのは当然と言えば当然だ。
「我々はいかがいたしますか」
「情州の反乱を鎮圧する。それ以外に道はない」
「承知いたしました。他の軍に、我らの実力を見せつけてやりましょう。さすれば、王宮での雷紹様の発言力も増しまする」
関周としては、精一杯雷紹を励ましたつもりだった。
だが雷紹は、再びため息をついて、力のない声で言うのだった。
「そうであればいいのだがな」




