雷戸うた
雷戸 SIDE:うた
割と近所なんだけど、会うのは久しぶりだからすっごく楽しみ。
パパの運転する車がちょうど到着したのは、水涼家の前―――つまり従姉のはなちゃんの家だ。
うたが先に車を降りて、インターホンを押すとすぐにスピーカーからおねえちゃんの声が聞こえてくる。
『あ、うたちゃん。すぐ開けるから待ってて』
すると、言った通りすぐにドアが開いておねえちゃんが出てきてくれた。気づけばパパも車を駐車場に入れて傍まで来ていた。
「うたちゃん、おはよう」
「久しぶりだね、おねえちゃん!」
うたがギュッとおねえちゃんに抱きつくと、おねえちゃんもそれはわかっていたようで受け止めてくれる。
……けど、おねえちゃんの肩越しに見えたのえさんの表情は、口角をぴくぴくと引きつらせながら上げ、目は少しも笑っていない。
「の、のえさんもおはよう……」
うたが声を掛けるもプイっとそっぽを向かれてしまった。昔からなぜか、うたはのえさんに嫌われている気がする。うたはみんなと仲良くしたいのに……。
「あ、叔父さん。おはようございます」
「おはようございます」
うたの後から入って来たパパには、ちゃんと普通に笑顔であいさつしてるのに……。
「はなちゃんものえちゃんも大きくなったな」
「ほんとですかっ」
「……はなちゃん、会うたびに言われてるでしょ。これはあいさつよ」
のえさんの楽しそうな笑顔には、うたは全く映ってないように思える。なんだか寂しい。せめて嫌われてる理由さえわかればなんとかできるかもしれないけど、前に聞いてみたら、おねえちゃんにもそれはわからないらしい。
……のえさんとの仲を深めるのはもはや不可能なのかもしれない。
「上がってください、母がお茶を準備して待ってるので」
おねえちゃんの誘導でうたたちはぞろぞろとリビングに通された。
「さっそくだけど本題に入らせてもらうよ」
パパとうたが並んで、それと向き合うようにおねえちゃんとのえさんがテーブルにつく。今回の話の内容は、うたは前もって聞いてたから黙っている。改まった空気におねえちゃんものえさんも真剣に話を聞く姿勢を作った。
「はなちゃんは今もアイドル志望だったよね?」
「……はい」
おねえちゃんは少しもじもじしながら答える。
「のえちゃんは、今は違うんだったか……?」
「そうですね……」
のえさんは少し寂しそうに答える。
「端的に言うとだな、二人にはアイドルになって欲しいんだ」
「へ……?」
「えっと……それはどういう?」
二人ともかなり戸惑ったような反応をしている。
まあ、こんなこと突然言われたらそうなるよね。パパは社長とはいえ、ゲーム会社のだし、まさかアイドルの話なんてしだすとは夢にも思わなかっただろう。
「今度うちの会社が出す、新しいゲームのイメージキャラクター的なやつなんだが……。その企画の広報をある社員に任せたら大失敗してな。オーディションをしてその中から5人選ぶつもりだったのに、2人しか集まらなかったんだ。圧倒的な定員割れだ」
パパは最初は普通の調子で喋ってたけど、徐々に嘆くような口調に変わって、視線も下向きになっていく。
まさかの倍率0.4倍。一代で大手ゲーム会社『ライツ』を創り上げたあの雷戸社長の最大の失敗だ。と本人が前に自分で言ってたけど、アイドルが集まらなかったことがそんなにマズいことなのかは定かではない。
「頼む、やってくれないか?」
パパは座ったまま大きく頭を下げる。
「あ、顔を上げてください……」
「そ、そうですよ。そんなにして頼まなくても……」
おねえちゃんたちがパパにそう促すとパパは頭を上げた。
「……やっぱり厳しいかい?」
「い、いえ、その……」
「ゲームのイメージキャラクターっていうのは、ゲームの中で何かする―――いわゆる声優のような仕事ってことですか?」
明らかに戸惑ってるおねえちゃんとは正反対にのえさんはパパに質問する。するとパパのテンションが目に見えて上がり、「よくぞ聞いてくれた」なんて前置きをして、カバンからなにやら冊子を取り出すとテーブルに広げた。
そこにはバイクに乗るような人がつけてそうなヘルメットを軽量化したようなデザインのかぶりものの絵と、その周りに細かく説明だと思われる文字が書かれている。
これを見るのはうたも初めてだ。
上には大きく『MIRAI』と文字通り、未来的なレタリングで書いてあって、たぶんこれが新作ゲームの商品名なのだろう。
名前だけ出ていた雷戸うたちゃんです。
はなちゃんの従妹で、社長令嬢。現時点では最年少で中学一年生の元気な女の子です。
Twitterで更新報告等しております。
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