火美あい
SIDE:あい
もし、こいちゃんがあいの知らないところで大ケガなんてしたら……。
もし、こいちゃんがいじめっ子に囲まれちゃったら……。
もし、こいちゃんが―――。
あいにはお姉ちゃんとして、こいちゃんのことをしっかり見ててあげないといけない義務がある。
だからあいは、今まであんまり興味はなかったけど、こいちゃんを見守るために一緒にアイドルのオーディションを受けることにした。
「もっと、脚上げて!」
「ふぬぬ……」
こいちゃんの指導は思ったよりもスパルタで、レッスンが始まって30分であいはもうクタクタだった。こいちゃんとは違って、もともと運動は得意じゃない。
歌は結構得意なんだけどなぁ。小学生の時は合唱クラブだったし。
と、姿見鏡を見ると我ながらそっくりなあいたち姉妹が映っている。
昔の写真なんかを見ると、自分たちでも一瞬見分けがつかないことがよくある。
ちなみにあいとこいちゃんの見分け方は目元を見るのが分かりやすい。タレ目気味なのがあいで、ツリ目気味なのがこいちゃん。
あと、これはちょっと前にこいちゃんの提案で始めたんだけど、光の当たり方で青っぽく見えるあいたちの髪のサイドテールを右で結ってるのがあいで、左で結ってるのがこいちゃん。
この間までの二人揃ってツインテールだったのも、あいは好きだったんだけど、こいちゃんが子供っぽいのがいやなのと、周りから見分けやすくなるからってこの髪型になった。
「……まだ始めたばかりだけど、休憩にしよっか」
「うん……」
なかなか上達しないなぁ。
そんなに早く上手になれるとは思ってなかったけど、思いのほか難しい。
オーディションの募集要項には『面接のみ、初心者歓迎』なんて書いてあったけど、やっぱりアイドルのオーディションなんだから面接内で歌とか踊りとかするかもしれないし、しっかり練習しないと……。
最悪こいちゃんだけでも受かってくれればいいんだけど、できることならあいも受かって一緒にアイドルをやりたい。
「始めたばっかの時よりすっごくよくなったよ!」
二人並んであらかじめ用意してあったスポーツドリンクをコップで飲む。
「そお? こいちゃんに褒められるとうれしくなっちゃうな」
「基本はだいぶできてきてるけど、まだちょっと身体が固いわね」
「そればっかりは、やっぱりすぐになんとかするには難しいんじゃないかなぁ?」
あいは長座になって、前屈して見せるけどなんとか指の先がつま先に付く程度だ。
でも実はこれでも、こいちゃんの毎日のストレッチの効果がかなり出ているのは明らかで、以前は長座すらままならないような状態だった。
「うーん、たしかに毎日ちゃんとストレッチはしてるから、これに関してはしょうがないっちゃしょうがないか……」
「ごめんね……せっかく教えてくれてるのに」
「いいのよ、こいもあいちゃんと一緒に合格したいしね。さ、休憩もしたし、練習再開しよっか」
「よーし、がんばるからね!」
その日は休み休みで夜まで練習した。土曜日を丸々使ったこともあって、かなり上達はしたと思う。
ただ、一日や二日じゃ集中して練習したとしても、高が知れてるわけで……上手くなったとはいっても、体育の授業でなら褒めてもらえるくらいのレベルでしかない。
募集要項に書いてあった『面接のみ、初心者歓迎』を信じる他に、合格できる見込みはないかもしれない。
それにしてもあのオーディションのポスターを思い出すと、部活動の勧誘みたいで面白かったかも、手書きだったしね。
次の日、激しい筋肉痛に襲われながらもこいちゃんと一緒に起きて、リビングへ行くとママが、
「届くのずいぶん遅かったわね」
なんて言いながら、今朝ポストに入っていたという受験票を手渡してくれた。
「うーん、あたしも初めてだからよくわからないけど、こんなもんなんじゃないの?」
「さあ、ママはわからないわよ」
「まあ、届いたからなんでもいいよぉ」
眠い目をこすりながらあいが、そう言いながら白い封筒を開けると、諸々の注意書きや説明とともに『受験番号001番 火美 あい』と書かれたプリントが入っていた。
「あいちゃん1番なんだ! あたしはね―――」
こいちゃんはクリスマスのプレゼントを開ける子供のように楽しそうに封筒を開いた。
「おお、2番だ!」
「運命だね。まさか並んでて、1番と2番なんて!」
二人は苗字が同じだから、並ぶことは少なくないけど、1番と2番で並ぶなんてことは今までなかった。
受験番号は応募した順とかなのかな?
あいたちそんなに早く応募はしてないと思うんだけど……。
「……あたしたちしか受験者がいなかったりしてね」
冗談半分といった感じで、笑いかけてくるこいちゃんに「まさかぁ」なんてあいも満面の笑顔で返した。