火美こい
SIDE:こい
「いよいよ、来週はオーディションだねぇ」
金曜の夜、耳元で囁かれるように聞こえたふんわりとした声は、双子の姉の火美あいちゃんのものだ。あたしたちはいつも通り、同じベッドで隣り合って寝入ろうとしているところだった。
「そうね、明日もあたしがあいちゃんのレッスンしてあげるわね」
「うん、お願いね。こいちゃんコーチ!」
あたしたちが受けるオーディションというのは、うちのすぐ隣にあるゲーム会社、『ライツ』が主催で開催されるアイドルを募ったものだ。
この会社、あたしたちは隣に住んでながらも全く知らなかったんだけど、どうやらゲーム会社としては、すっごく有名な会社らしいのだ。
うちは結構交通の便の悪いところにあるんだけど、どうしてこんなところに立派なビルを構えた大手企業があるのか、近所では不思議に思ってる人は少なくない。ただ、誰にも迷惑は掛かってないから、不思議なだけで文句とかはないけどね。
ちなみにこのオーディションの話はひと月くらい前に、会社前に張り紙がしてあるのを偶然見かけて初めて知ったから、その一週間後が応募締切だったところにぎりぎり応募することができた。
「あいちゃんは大丈夫なの? 今まで全然アイドルになんか興味なかったのに……」
あたしは昔からアイドルが大好きで、今でもダンススクールに通っていたりする。そしていつか機会があればアイドルになりたいと思ってた。
だからすぐお隣の会社でオーディションをするって知ったときは、「機会は絶対に今だな」なんて思って初めての参加を決意したんだけど、あいちゃんは今までアイドルになんて興味を持ったことはなかった。
「うーん、きっと大丈夫」
いつも通りのふわふわした口調で、ふわふわした返事を返してくる。
「初心者でも大丈夫って書いてはあったけど、さすがに合格するには厳しいんじゃないかな……なんて」
この一ヶ月、あたしがダンスを教えて練習をしてきたんだけど、まだ基礎をなんとかこなせる程度のレベルにしかなっていない。
まあ、それでもたまにあたしのレッスンを見に来てたおかげか、覚えはかなり早い方だけど。
「そうかなぁ。まあ落ちちゃったらしょうがないね」
「アハハ……」なんて笑い声からは、時にオーディションでは厳しい結果が返ってくることもあるというのが、全くわかってないのではないかと思わされてしまう。いつものことながらあたしは、このふんわりした姉がすっごく心配だ。
「それにね、あいの結果よりもこいちゃんだよ。あいはこいちゃんがずっとがんばってきたの知ってるから、こいちゃんには絶対受かってほしいなぁ」
「ありがと……でも二人で受かってアイドルになろうね」
「うん、絶対ね……」
布団の中であいちゃんがギュッと手を握ってきて、あたしも握り返す。暖かさを感じながらふたりそろって眠りに入った。
夜中、二人分の部屋の壁を抜いて、大きな子供部屋にしてあるあたしたちの部屋の端の方―――あたしがいつも家でダンスの練習をするときに使ってるスペースから物音が聞こえて目が覚める。
音の方を見ると、あいちゃんの後姿と、姿見鏡に映った普段あまり見せない真剣な表情が目に入った。この時間にも関わらず、ダンスの練習をしているのだ。
全然まだまだ下手ではあるものの、熱意は伝わってくる。なんでそこまでしてアイドルになりたいのか、あたしには教えてくれなかったけど、すごく強い意思は感じ取れた。
あいちゃんがこんな時間に起きてて、体調を崩してしまわないかと心配だけど、あたしはまた寝直すことにする。
こんな時間に練習するからには、練習してることはあたしに秘密にしておきたいのだろう。ならここでわざわざ声かけるのもなんか違う気がする。
―――目を閉じた直後、ビターンと大きな音がして、あたしがハッと目を開ける。あいちゃんはうつ伏せで倒れていた。
(だ、大丈夫かな?)
「いたた……、大きい音出ちゃった」
なんて独りごちて、あいちゃんはこちらの様子を恐る恐る見てきたけど、部屋が暗いこともあってかあたしが起きているのには気づかなかったようだ。
痛そうではあるけど、あの調子なら問題ないかな? すぐに立てたしね。
あたしは安堵とともに再び眠りにつくのだった。
…………つきたかったけど、それからもあいちゃんが度々転んだり、壁に激突したりするものだからケガをしてしまうんじゃないかと、心配で気が気じゃなくて、結局寝ることはできなかった。
結局あたしが寝れたのは、あいちゃんが練習を終えてシャワーを浴び来て、再び布団に帰ってきてからだった。
「明日も練習がんばるからね」
あたしが起きていたことに気づいてか、気づかずかはわからないけど、そんなひとことを最後にあいちゃんは寝息を立てはじめた。
「……うん」
新キャラ火美こいちゃんです。
双子の妹でしっかり者。天然で抜けてるところがある姉をいつも心配しています。
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