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水涼はな

 SIDE:はな


 私、水涼みすずはなが郵便局の自動ドアとのにらめっこを始めてから、かれこれ30分くらい経過しただろうか。学校からの帰宅路から少し寄り道したところにある郵便局だけど、ここのところ毎日のように顔を合わせている。

 制服姿の私が震える両手に持っているのは、少しのシワすらないきれいな茶封筒。そこにはN事務所の住所などをあらかじめ記入してある。

 中身は私の歌を録音したCDと、ホームページから印刷したエントリーシートが入っていて、もちろんエントリーシートの方もきっちり記入してある。準備は万端だ。


「はなちゃん、がんばって!」


 横から応援してくれるのは風華ふうかのえちゃん。私の幼馴染で親友だ。


「……や、やっぱり無理だよぉ」


 私は顔だけをうしろに立つのえちゃんに向けて、目に溜まった涙で滲む視界の中心に彼女の姿を捉える。

 あいかわらず中学生とは思えないスタイルで、大人っぽい雰囲気を醸し出している彼女を、腰まであるロングヘアーがさらに大人びて見させる。


「大丈夫、はなちゃんなら絶対にできるよ!」


 彼女は、私を励ますように自身の両手を強く握って見せてくれるけど―――やっぱり無理だ。私なんかじゃ絶対に無理。


「今回はあきらめるよ……。次の機会にまた挑戦する」

「そう……無理はよくないよね。私はいつでもはなちゃんを応援するからね」


 彼女のこの残念そうな顔を見るのも、もうこれで何度目だかもうわからない。そのぐらい私はこれを断念しているのだ。アイドルのオーディションへの応募を……。

 このオーディションへの応募の準備は、1ヶ月前にはすでに整っていて、それからは毎日ここに来ていた。それも今日で最後、このオーディションの締切は今日までだからね。

 前回のオーディションでもその前のオーディションでもこうだった。私は今までに何度も何度も、様々なオーディションに参加しようと試みては、自信がなくて最後の一歩が踏み出せない。

 オーディションに参加することはおろか、応募することすらできないのだ。


「はぁ……、やっぱり私がアイドルになるなんて諦めた方がいいのかな?」


 帰路についた私はため息を漏らしてしまう。

 小さい頃からの私の夢はアイドルになること、それは中学3年生になった今でも変わらないし、これからも変わらないと思ってた……。

 でもその気持ちとは裏腹に、オーディションに応募する勇気もないくらい臆病な私がアイドルを目指すなんてやっぱり無理なのかもしれない。と思う自分もいる。


「そんなことないよ。はなちゃんは今までずっとがんばってきたんだから、ここで諦めちゃったらもったいないよ。ダンスも歌も上手だし、顔だってかわいい。こんなにアイドルに向いてる子は他にいないって!」


 のえちゃんは、昔は私と「一緒にアイドルになろう」なんて言って、ダンスとか歌も一緒に教わってたんだけど、それも中学に上がったときにやめちゃった。

 でもそれからも私のことは本気で応援してくれてるし、今もこうやって私のことを励ましてくれてる。かけがえのない親友だ。


「そんなに褒めても何も出ないよ」

「ふふっ、次こそはがんばろうね」

「うん。……ごめんね、いつもいつも付き合ってもらっちゃって」


 のえちゃんはいつも、結局できないオーディションの応募に付き合ってくれる。それなのに応募すらできないなんて本当に申し訳ない。

 普通ならすぐにちょっとした手続きを済ませて帰宅するだけだろうに、私の場合は普通の何百倍も時間が掛かっちゃうし、結局応募だってできないままで帰ることになるだけなのに……。


「ううん、全然気にしなくていいの。私が好きで付いてきてるんだからね」

「そう言ってもらえると助かるよ……」

「あとね、さっきの続きだけど簡単に諦めるなんて言っちゃダメだよ。はなちゃんが小さい頃から、人一倍努力してきたこと私は知ってるんだから。オーディションを受験さえできたら、どんなのでも絶対に合格できるくらいの実力はあるんだからね」


 のえちゃんの口調はちょっと叱るような感じだ。そんな風に私のことを評価してくれるのはうれしいけど――


「のえちゃんは私を過大評価しすぎだよ……」

「そんなことないって、ずーっとはなちゃんの隣にいる私が保証してあげる」


 そんな話をしていると、私たちはもう家の前まで来ていた。私たちの家は隣り合っていて、お互いの部屋も窓越しですぐ目の前に見えるようになっている。


「じゃあ、またあとで部屋に行くわね」


 のえちゃんのひとことに私が「うん」と短く返事をして、私たちはいったん解散した。

 あとで部屋に来るというのは、窓越しに来るということだ。最初は2階の窓同士を移動するのは危ないからと、お母さんたちに止められてたんだけど、私たちがあまりに言うことを聞かなかったから、もう止めることを断念したようだった。

 ただ、その代わりに、数年前にお父さんたちによって、窓の少し下辺りに落下防止用のネットが渡された。

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