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自分では分からないかも

 SIDE:のえ


 どうしても行きたくないと駄々をこねるはなちゃんをなんとか引きずってきた駅前。

 昨日の帰りまでただ遊ぶとだけ伝えてあったから、本当の目的を話したときのはなちゃんの嫌がりっぷりにはちょっと気が引けたけど、これもはなちゃんのためだ。

 心を鬼にして取り組まないと……。


「お待たせー。間に合ったかな?」

「うん、全然余裕よ」


 小走りでやってきたあいさんと合流した私たちが電車でこれから向かうのは、ここから数駅離れた場所にある割と大きなショッピングモール。

 でも今日の目的は買い物じゃない――その旨はメールであいさんにもしっかり伝えておいた――今回の目的はチラシ配りだ。


「やだ! 行かない!」

「ダメよ、3人で行くってお店に言っちゃたんだから」


 はなちゃんは文句を言いながらも、涙目で私たちの後に続いて改札を通る。

 なんだかんだ言っても、誘われたら断れないようないい子がはなちゃんだ。小さい頃から。


「はなちゃんはどうしてそんなにいやがってるのかな? あいはかわいいお洋服で今度のイベントのチラシ配るんだったら楽しそうでいいと思うんだけど」

「かわいい洋服だから嫌なの! あそこのショッピングモールって近くて大きいから知ってる子も結構来るし……」

「だからこそよ。ほらがんばって引っ込み思案を治していきましょう!」

「おー!」


 と手を振り上げたのはあいさんだけで、はなちゃんはすっかり不貞腐れたような顔で、プイッ視線を逸らしてしまった。それでもしっかりと一緒に電車には乗ってくれた。

 そう、あと今日はあいさんの悩みの種も聞かなきゃいけないんだ。

 見た感じ、全然悩んでるような素振りは窺えないんだけどなぁ。



 はなちゃんの手を引いて到着した、来慣れたショッピングモールでは先にひかりさんが待っていた。

 まだどこの店も開店時間前だからお客さんの様子は全くない。

 そんな中、ひかりさんに案内されて初めて入るデパートの裏側には『ライツ様』と書かれた控室が用意されていて、私たちはそこを使っていいとのことだった。


「なんか芸能人っぽいねぇ!」


 あいさんは目を輝かせる。


「何言ってるのよ。まだデビューしてないとはいえ、もう立派な芸能人でしょ」

「むむ、なんかツッコミがこいちゃんっぽいね……」

「そう?」

「はぁ……なんで私たちが……」

「あら、のえさんから聞いたでしょ? はななんはさすがにそんな内気なままじゃステージに立った時に緊張のあまり倒れちゃうわよ」


 もともとはこの宣伝の予定はなかったんだけど、私がはなちゃんのことをひかりさんに相談したら、『人目に触れるようなことをしてそれに慣れてもらおう!』ってことになり、ついでに宣伝もできるんじゃないかってひかりさんが言い出して、それをさらに雷戸社長に相談したところ、このショッピングモールで宣伝させてもらえることになったってわけだ。


「そうだよ、ちょっとはたくさんの人に見られることに慣れとかないとダメだよ」

「そういうことだよ、がんばってはななん!」

「……そ、そうです。『アスピラシオン』って発表前なのにチラシ配りなんてしていいんですか?」

 はなちゃんはいい逃げ道を見つけたと言わんばかりに、パッと何かを期待するような顔になる。この表情は毎年のクリスマスイブの夜に見せるものとほぼ同じものだ。

 ちなみにサンタさんをいまだに信じているはなちゃんは、クリスマスイブの夜は8時には就寝してしまう。


「それは問題ないよ。正式な発表の前にわざとちょっとだけネタバラし的なのを入れるのは話題作りのタネになって、なんたらかんたらって社長が言ってたから」


 それを聞いたはなちゃんは顔を歪めた。

 この絶望的な表情もまた去年と一昨年のクリスマス当日の朝に見た。

 水涼家では中学生にプレゼントはないらしく、はなちゃんはここ2年何も貰えていない。

 ちなみにはなちゃんは、それを自分がいい子にしてなかったせいだと思い込んでいて、「今年こそはサンタさんに来てもらう」と家の手伝いを一生懸命にやっている。

 そんな健気な彼女の枕元に今年は私がこっそりとプレゼントを置いてあげようと計画していたりするけど、まだ季節は春だしそれはまだまだ先の話だ。

 と、そんなこと今はどうでもいいんだ。


「ほら、もう潔く一緒にがんばろ。一緒にいるから、ね?」

「……うん」


 はなちゃんが上げた涙目と目が合って、それがあまりにかわいくてキュンと来てしまった。はなちゃんマジ天使。


「ねえねえ、今日の衣装ってこれだよね?」


 天に昇りかけてた私の心を地上に引き戻したのは、タレ目を嬉しそうに細めるあいさんだった。彼女が指さしているのは、少しずつ形や大きさ、色が違っているものの、おそろいだとわかる3つの洋服だった。


「わぁ、すごい!」


 涙が混じってるせいか、突然の復活を遂げたはなちゃんの瞳が陽を受けた海のようにキラキラ輝いているように見える。


「好評みたいでよかったよ。これ本番で使うのと同じやつだから、クリーニングに出すとはいえあんまり汚さないように気を付けてね」

「「「はい」」」

「それだけわかってくれればオーケー。サイズでわかると思うけど、青いのがはななんで、緑がのえっち、ピンクがあいちゃんね。それじゃあ、私は他のことがあるから先に行くよ。スケジュールはのえっちにメールを送った通りで。それじゃあまた後で会おう!」


 ひかりさんはそれだけ言い残して控室を後にした。


「じゃあ着替えちゃいましょうか」


 ひかりさんの指示がやや不足してるのはいつものことだから、次の行動はこのように私が判断することは多い。最初は戸惑ったけどもうだいぶ慣れてしまっている。


「そだねぇ」

「ほ、本当にこれ私が着るの……?」

「他に誰が着るのよ」

「そうだよね……」


 たしかにこのフリフリな服はかわいいけれど、これで人前に出るっていうのは、はなちゃんじゃなくてもかなり恥ずかしいかもしれない。

 そう思った私があいさんの方へ目をやると――


「おぉ、これサイズもあいにピッタリだよ!」


 鏡に映った自分に衣装を合わせてみて、はしゃいでいる。そこに恥じらいは一切見られない。


「ほら、二人とも早く着替えて。初めて合わせる衣装なんだから、不具合とかあったら大変だし早めに準備しちゃいましょ」

「はーい!」

「……うん」


 3人そろって着替え始めたところで、すっかり忘れていたことを思い出す。


「そういえばさ、あいさん何か悩み事とかないかな?」

「ん? どうして?」

「いや、ほらあいさん今までアイドルとかあんまり興味なかったって、こいさんが言ってたからさ」


 スカートを上げたはなちゃんも、チラッと私たちの方に視線を向ける。


「……特にないかな」

「本当に?」


 はなちゃんが心配そうに顔をしかめて話に入って来た。

 はなちゃんが疑うのも無理はない。あいさんはあまりにわかりやすく視線を明後日の方向に向けたから。


「何かあるなら話して欲しいかなって」


 私が努めて優しく声を掛けると、少し気まずそうに考えてからあいさんは口を尖らせて話してくれた。


「……あのね、あいだけダンスがなかなか上手にできないから、本番でみんなの足を引っ張っちゃうんじゃないかなぁって不安になっちゃって」 


 それはあまりに予想外すぎてはなちゃんと顔を合わせてしまう。

 はなちゃんは「?」って表情だけど、多分私も同じ顔をしていることだろう。


「でもあいさんのダンス、もうかなり上手いよ。はなちゃんはともかく、私やこいちゃんにもう少しで並びそうなくらいには。……認めたくないけど、うたも同じくらい」

「待って待って、私もそんなに上手じゃな―――」

「そんなことないよ……だって二人はずっとやってたのに、あいなんかが半月程度練習しただけで追いつけるわけないよ」


 歌唱力もダンスのキレもずば抜けて高いはなちゃんの誰が聞いても明らかな謙遜は完全にスルーで、あいさんは話を進める。


「そう、それよ。私もうたがちょっと練習しただけなのに、あのひどかった歌も含めて私に実力を並べてきたのには納得がいかないわ」


 二人の成長は目覚ましく、このままだと一ヶ月後には実力が私たちと並んでいることはまず間違いない。

 私もアスピラシオン結成当時に比べればだいぶ伸びてるけど、彼女たちの成長スピードはそれ以上だ。

 これは間違いなくひかりさんの仕業だ。

 ひかりさんの指導スキルは凄まじい。指示は適当だからマネージャーには向いてる気はしないけど、指導に関しては、個々をよく見ていてそれぞれに適格な支持をくれるからコーチとしてならば、この上ないほど優れているように思う。


「でもやっぱり、私がそんなに上手に踊れてるなんて信じられないよ……」

「そういうものよ。あのね、自分のいいところって自分じゃ気づきづらいものなんだよ。自分では上手くいかなかったように思った時でも結果は良かったなんてことはよくあるでしょ?」

「そうなのかな……?」

「そうだよ、主観的じゃなくて客観的に自分を見ることも大切よ。急激なスピードでスキルを伸ばしてるから自覚しづらいのも分かるけどね」


 あいさんはまだ半信半疑って感じではあるけど、少し自信がついたらしくパッと元の――いや、元よりもずっと明るい笑顔になった。


「ありがと」

よろしくお願いします

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