リーダーのお仕事
SIDE:はな
夜、のえちゃんのスマホが着信音を鳴らした。
私たちの初めての曲のサンプルCDを、楽譜と照らし合わせながらヘビーローテーションさせてたのをいったん止める。
「もしもし?」
当然私には電話の向こう側の声は聞こえない。
「こいさんが電話なんて珍しいね」
どうやらこいちゃんからだったらしく、のえちゃんは通話をスピーカーにしてくれて、私にも電話越しの声が聞こえるようになる。
『ちょっと聴きたいことがあるんだけど……』
「なにかな?」
『最近あいちゃんがなにか悩んでるみたいなんだけど、あたしにも話してくれなくて……。なにか心当たりとかないかなぁ? って』
首をかしげてのえちゃんは私に視線を向けてくるけど、横に首を振るしかない。
私にも心当たりはないし、そもそもあいさんが悩んでるっていうのにも全く気づいていなかった。
「ちょっと分からないわ。でも、もしかしたら姉妹には言いにくいことかもしれないから、私の方からも聞いてみるね」
『そうね、お願い。ところで楽譜の読みかたでちょっと分からないところがあるんだけど……』
それからしばらく続いた、のえちゃんによる楽譜の読み方講座は、横で聞いていた私にとってもためになった。
「さすがリーダーだね。もう頼られちゃうなんて」
スピーカーにしてもらったものの、結局一言もしゃべることはなかった私がのえちゃんが電話を切るのとほぼ同時に声を掛ける。
「はなちゃんはあいさんの悩みのことどう思う?」
「あんまり悩んでるようには見えなかったけど、やっぱり運動は得意じゃないみたいだから、レッスンが辛いとかかな?」
でも自分で言っといてだけど、どうも釈然としない。
あいちゃんはレッスン中はいつも楽しそうだし、そもそもひかりさんの指導方針は、自分で「私はほめて伸ばすタイプなの」なんて最初に宣言していた通り厳しいものでもない。
「それはないと思うんだけどなぁ」
「うーん、やっぱりそうだよね。それにあいちゃん初心者とは思えないほど上手だし、うたちゃんの歌に負けないくらい上達も早いしね……」
二人して腕を組んで暫しうなった後に、
「考えててもしかたないか。明日直接聞いてみましょう」
「そうだね。その方が早いかもね」
その後、しばらく話してからのえちゃんは部屋に帰っていった。
「ねえ、あいさん明日の土曜日とかって何か用事あるかな?」
結局なかなかタイミングが合わなくて、レッスン終了まであいちゃんの悩み事について話し出せなかったのえちゃんは、あいちゃんを遊びに誘ってそのついでに話そうという作戦をたてた。
「ん? 大丈夫だけど何かあるのかなぁ?」
「何かあるってほどではないんだけどね、一緒にショッピングモールに来てほしいんだ」
「おぉ、いいね。じゃあこいちゃんも―――」
「い、いや、あいさんだけで来てほしいかな……」
突然に身をひるがえして、こいちゃんの方を向こうとしたあいちゃんの腕をのえちゃんはガシッと掴んで止める。
(私も誘われたけど、遊びに行くならみんな誘えばいいのに)
私は首をかしげたけど、あいちゃんは特に気にしていない様子だ。
もしかしたらあいさんの悩み事がこいさんには聞かれたくないことかもしれないからってことなのかな?
「そうなの? じゃあそうするね」
「うん、ありがと。じゃあ朝の8時くらいに駅前集合ね」
「はーい、楽しみにしてるね」
そこでちょうど着替えが終わった私たちは、いつも通り帰路についた。
もう太陽はすっかり沈んでしまっている。
帰り道は『ライツ』ビルのすぐ隣に住んでいる火美姉妹とまず別れて、それから私、のえちゃん、うたちゃんの幼馴染3人で歩くことになる。
「そういえばおねえちゃんさ、あいちゃんこいちゃんとは普通に話せるよね。まだ会ってから半月しか経ってないのに」
「そういえばそうだね。自分でもなんでだかはわからないけど、あの二人はなんていうか、話しやすいんだよね」
言われてみれば話すときに全く緊張しないわけではないけど、他の人に比べたらかなりリラックスして話せる。
やっぱり同じチームだからとか、そういう意識が自分の中であるのかもしれない。
「この調子で恥ずかしがり屋も治ればいいんだけどね」
「そ、それは……あ、うたちゃんまたね」
いいタイミングでいつもうたちゃんと別れる交差点に差し掛かってくれた。ここぞとばかりに私はのえちゃんからの話題を逸らす。
「おねえちゃんものえさんも、えーと次は月曜日だね」
大きく手を振るうたちゃんを見送ってから、再び私は帰路に脚を向き直らせた。
「はぁ、はなちゃん。耳が痛いかもしれないけどね……」
大きなため息をついた、真剣なのえちゃんの様子を見るに、どうやら話題を逸らすことには失敗したらしい。
「はい……」
「やっぱりね、私このままじゃいけないと思うの。あいさんはダンスがどんどん上達してるし、うたの歌もかなり上手くなってる。でもはなちゃんの引っ込み思案なのは全然治ってないじゃない」
あまりに正論過ぎて、ぐうの音も出ない。
「一月後には発表のステージもあるし、アイドルなのにステージでずっと顔を隠してるわけにはいかないでしょ?」
「そ、それはそれで斬新かもしれ―――」
「そういう問題じゃないの。少なくともアスピラシオンはそういう路線じゃないから」
ですよね……。
うぅ、いつもは「恥ずかしがり屋もかわいいよ」って言ってくれるのえちゃんが今日はいつにも増して厳しい。
「そこでね、ひかりさんに密かに相談したら、いい提案をもらったの」
「いい提案?」
「そう、それはね―――」
よろしくお願いします。




