初めての自己紹介
SIDE:のえ
「みんな一緒に来たんだね」
私たちが部屋に入ると、まずひかりさんの声が出迎えてくれた。
部屋の様子はというと、あまり広くはない部屋の中央に会議室にありそうな長机が置かれていて、その周りに座り心地のよさそうな椅子が8脚並んでいる。そのうち奥の2つはひかりさんとうたによってすでに埋まっていた。
奥のホワイトボードには清々しいまでの丸文字で『ようこそ』と書かれていて、その文字を囲むように、動物やら花やらがメルヘンチックに描かれていた。
ホワイトボードと机以外には特に置いてあるものもなく、なんだか寂しい気がしないでもない。どことなく教室っぽい壁や床も相まって、なんとなくうちの学校の生徒会室を思わせる。
「おはようございます」とひかりさんにあいさつをした私たちは、それぞれがもう特に驚くこともなく――はなちゃんは私の背中にくっついて離れないけど――適当な席に腰をおろした。
結果として、ホワイトボード側から、ひかりさん、はなちゃん、私の順番で並んだのに向かい合うように、うた、あいさん、こいさんの順番で座る形になった。
「よし、じゃあ顔合わせ会を始めようか」
ひかりさんは立ち上がると、苦労して描いたであろうホワイトボードをあっさりと全部消して、ペンを左手に持ってキュッキュッと音を立てながら文字を書く。
「『アスピラシオン』?」
うたが読み上げた通りだ。突然書かれたその文字に、私たちは5人そろって「?」と首を傾げる。
「そう、『アスピラシオン』。あなたたちのグループ名ね」
「……えっとぉ、どういう意味なんですかぁ?」
ひかりさんのどや顔に戸惑う私たちの中で、先駆けて声を出したのはあいさんだった。
「大志――強く願うとかそういう意味かな」
「素敵な名前ですね」
「気に入ってもらえたならよかったよ」
ひかりさんは嬉しそうにあいかわらずのアイドルスマイル見せてくれる。やっぱり本物は違う。……って私たちも今日からはある意味本物になるんだけど。
「君たちはこれから『アスピラシオン』として活動してもらうから、まず何より大事なこと――お互いのことを知るためにうたさんから自己紹介していって」
あまりに唐突に振られたにもかかわらず、うたは何の戸惑いもなく堂々と立ち上がった。
「雷戸うたです。よろしくお願いします!」
「……それだけ?」
自己紹介と言われたとたんに表情を強張らせたはなちゃんが、安堵の表情を浮かべたのも束の間――
「はい、はい! 質問いいかなぁ」
元気よく挙手したのはあいさんだった。
それにうたが笑顔を向けるが早いか、あいさんは質問をぶつける。
「うたちゃんはいくつなの?」
「この間中学生になったばっかりの12歳だよ」
「思ったよりも歳いってるのね」
言い方はともかく、このこいちゃんの発言には100パーセント同意だ。うたは見た目だけなら身長も、緩み切った表情も小学生にしか見えない。
「それは良く言われるんだけど、やっぱり子供っぽく見えちゃうかな?」
緊張でうつむいているはなちゃん以外の全員がうなずく。
「……あたしも質問していい?」
今度はこいさんが手を挙げる。
「なにかな?」
「あなたってそこの、のえさん……だっけ? に似てるよね、髪質とか。もしかして姉妹か何かなの?」
うたは私に様子をうかがうような視線をチラッとよこしてから―――
「ううん、それもよく勘違いされちゃうんだけどね、のえさんとはただの幼馴染なの。おねえちゃんとは従姉妹同士なんだけどね」
「あー、確かに髪の色似てるよねぇ」
と納得してくれるところまでで、私たち三人の中ではもはやテンプレだ。
大変不本意ながら自覚は一切ないけど、私はうたと似ているらしいのだ。髪の色も私は黒で、うたははなちゃんとおそろいの栗色で全然違うんだけど。
はなちゃん曰く、「色は全然違うんだけど、サラサラした感じがとっても似てる」とのことだ。
そのあとは特に質問もなさそうだったため、うたが着席して次にひかりさんが指名したのは、
「じゃあ、次ははななんね」
「わ、わ私ですか?」
「うん、そう。はななんの次はあいちゃんで、のえっちでこいちゃん。そして最後に私の順番ね」
顔を紅潮させたまま立ち上がった、はななんことはなちゃんは自身のぺったんこな胸に手を当てる。
「み、水涼はなです。特技は歌とダンスで、うたちゃんは従妹でのえちゃんは幼馴染です……」
知らない人と話すときの消え入りそうな声だ。
「あと、歳は15です……」
「ほえ」「えっ」
火美姉妹の反応から察するに、はなちゃんを年下だと思っていたらしい。まあ、初見なら無理もない。体型は、ただでさえ年齢より若く見られるうたとほぼ同じだしね。
「ほ、ほんとに?」
あいさんは目を見開いて驚愕している。これに驚く人は今まで少なからずいたけど、ここまで反応する人を見るのは初めてだ。
「……うん」
はなちゃんは火美姉妹に、首に掛けた入社許可証を見せる。そこには生年月日も記載されているのだ。
「ほんとだ……その、今朝は失礼なこと言ってすみませんでした!」
「い、いや、いいの。悪かったのは私の方だし……」
今朝のことというのは記憶に新しい、はなちゃんが出会うなり隠れたことを言っているのだろう。
あの時、正直私はこいさんにかなりイラッとしたけど、意外にいい子そうだ。手をブンブン胸の前で振ってるはなちゃんも特に気にしてないみたいだしね。
「今朝何かあったの?」
「こいちゃんがちょっと緊張しちゃって、失礼なこと言っちゃったんですよ」
「べ、別に緊張とかしてないわよ」
「えー、でもこいちゃんお友達少ないし……」
「そ、そんなこと言わなくていいから!」
なるほど、こいさんも友達が少ない子なのか……。
「よろしくお願いします」
驚いた。
ストンと腰をおろしたはなちゃんが笑顔を浮かべている。今まで初めて会う人の前で笑うなんてことはまずなかったのに……。
「じゃあ、次はあいちゃんね」
ひかりさんの指示で立ち上がった、あいさんがゆっくりと喋り出す。
「はい、えーとぉ、火美あいです。見ての通りこいちゃんとは双子です。こいちゃんは真面目すぎるところがたまにあるんだけど、本当はすっごくいい子だから仲良くしてあげてください。うーんと、こいちゃんの好きな食べ物はイチゴのショートケーキで嫌いなのはトマ―――」
「ちょ、あたしのことはいいから自分の紹介して!」
「あ、そうだった。えーと……今年で中2になりました。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げて着席した。
「こいちゃんのに比べて、自分の紹介短くない?」
うたの鋭いツッコミが入ったけど、あいさんのペースは崩れることなく、
「うーん、特に言うことないからね」
などと言ってのけた。
「まあいいよ、大丈夫。次、のえっち」
「はい」
ひかりさんに名前を呼ばれて私は立ち上がる。
よろしくおねがいします。




