それってすごいことだよ
SIDE:のえ
「よろしくお願いします」
部屋に入ってまずお辞儀をするのは面接の基本。例え面接官が知り合いでもね。
「よろしくね、どうぞ座って」
「はい」
私が椅子に座ると、正面には雷戸さんとひかりさんが並んで座っていた。さっきはなちゃんに聞いた通りだ。
「のえっちはあんまり驚かないんだね……」
ひかりさんは開口一番に残念そうな表情を浮かべてそんなことを言っている。
「さっきはなちゃんに聞きましたから。はなちゃん、とても嬉しそうでしたよ」
「ふふっ、そっか。それは良かったよ」
「それより、のえっちって呼ぶのそろそろやめませんか……?」
私とひかりさんはそこまで親しいわけではない。
彼女が気さくな人だからそう見えるかもしれないけど、数回はなちゃんの付き添いで握手会に私も行かせてもらった時に話した程度だ。
私も昔から『SHINE』のファンだから、こういう態度で接してくれるのは嬉しいのだけど、やっぱり変なあだ名をつけられる程には親しいとは言えないし、やや抵抗がある。
「えぇ、いいじゃん、のえっち。はななんもかわいいって言ってたよ」
「ほ、本当ですかっ? じゃあのえっちでいいです! 呼んでください!」
……不本意ではあるけど、はなちゃんがこのあだ名をかわいいと思うのならば、私はそれでいい。それがいい。
「あいかわらず二人は仲良しさんなんだね。のえっちもまだダンスとかの練習って続けてるのかな?」
「い、いえ、中学に上がったときにやめちゃったんです。アイドルになるのも、その時には諦めたのですが……」
正直、この質問にはかなり答えづらい。
今アイドルになるためにこのオーディションに参加してるのに、一度諦めてるなんていい印象は与えないだろう。
「……そっか、でもまたアイドルを目指そうと思ったんだね。一回諦めたことにまたチャレンジしようとするのってすごいことだよ!」
ひかりさんは優しく笑いかけてくれるけど、
「いえ、そんなにかっこいいものでもないんです。ただ、まだ未練があったというか、諦めきれなかったっていうだけで……」
嘘をついても仕方がないから私は正直に告白する。
「あ、そうなんだ。じゃあもっとすごいよ」
ひかりさんは胸の前で指を絡ませて、パッともともと明るかった笑顔を、さらに明るくする。
「だって、諦めきれないくらいアイドルになりたいって気持ちは強かったんだから。その気持ちはきっと本物だね」
昔からそうだ。ひかりさんの太陽のような笑顔を見ると私まで笑顔になれる。
彼女は似てるのだ、はなちゃんに。
最初は、そんな彼女たちに一歩でも近づきたくて、私はアイドルを目指したんだ。
「ありがとうございます」
「ふふっ、志望動機はもういいか……次は、急で悪いんだけど歌ってもらえるかな?」
ひかりさんは椅子を立つと、私に一枚のコピー用紙を手渡してくれる。そこに書かれていたのは『かがやき』の歌詞。
実はこれもさっきはなちゃんに聞いてたから知っていた。
「はい、できます!」
私が宣言すると、音楽が流れ始めた。当然その曲は『SHINE』の『かがやき』だ。
「~~~♪」
「いやー、はななんから聞いてた通り、きれいな歌声だね」
「そ、そうですか」
自分の憧れの存在に褒められるっていうのは、とてつもなくうれしくなるのと同時に、なんだか照れくさくてつい私らしくもなく赤面してしまった。
「ふふっ、顔を真っ赤にするとはななんみたいだね」
「そ、そうですか?」
「うん、そうだよ。と、時間もあんまりないから最後に質問させてもらうね」
雷戸さんがひかりさんの肩を叩いたところで、ひかりさんはちょっと焦って話を切り替える。
「はい」
「のえっちはアイドルになったら何がしたいのかな?」
「私は……、アイドルって見た人を笑顔にできる職業だと思うんです。だから私がアイドルになったら、私のことを見た人、私の歌を聴いた人みんなを笑顔にしたいです! あとははなちゃんの可愛さを全世界に知らしめたいです」
私は胸を張って声高らかに言い放った。
「うん、素晴らしい。私も全力で応援するからね!」
「はい! よろしくお願いします!」
以前も言ったと思うのですが、少し前に書いていたものを出しています。
切りのいいところ(主に視点の切り替え)で一話を区切っているのですが、どうしても短かったり長かったりしてしまいます。今回はかなり短い方だと思います。




