春は雑多な囁き(4)
一話の最後です。
よろしくお願いします。
顔馴染みは私を見て固まっている。何が起こったのかは察せないようだった。
「話は御破算って意味よ。今のが嘘、作り話って言ったらどうする?」
「……どうって、それはそれでヤハリとしか……」
「予言なんて私が信じてるわけ無いし、中学で不思議ちゃんな友達もいないし、本当の友達たちに不思議ちゃんとか言ったらマジ怒りされるし。友達と言いながらかなり失礼なこと言ってるしね」
私は結構皮肉たっぷりな悪い笑顔をかおなじみに見せた。顔馴染みはたじろく。
「そうなんだ……」
「どう? こんな話、興味なんて全然わかないよね?」
顔馴染みは一瞬、戸惑う。しかし立て直して作り笑い。
「笹越と話せれば何だって良かったから……」
「そうよね、私に気があると言うのだから」
「……うん」
ここではじめて顔馴染みの気後れは伝わってきた。
「もう少しその作りこんだ設定聞く? まだハンパなところなの」
「……ハハ」
顔馴染みは笑って誤魔化すが、本心ではあまり乗り気はないのはわかった。
私はそれでも御構い無しに続けた。
「その不思議ちゃんが言うには……」
私は話を再開したと同時に一度目を閉じる。
「……もし声が明瞭に聞こえてきたら警戒しろだって。それは更に深刻なステージなのだから」
顔馴染みはもう、首肯もせずに黙って聞いている。
「もし声の主が具現化すような錯覚に陥ったら……」
ここで私は目を開け、顔馴染みに冷たい視線を送った。
「日暮れまで待つようにって」
窓の外は日が暮れそうだ。私の言葉につられて顔馴染みは外を見た。
「日暮れは降魔時とか魂が入る時間と言われててね、そいつが本性を表しやすいときなんだって」
「……ボスキャラって設定かな、そいつを倒せば悩みから解放される?」
「無理ね。風邪だって、その都度治していくじゃない。風邪でこじらせた身体を安定させるだけ」
「でもボスキャラ倒せば改善する余地はあるんだね。件のボスキャラは治療方法ある?」
「無視してそいつを無かったことにする方法もあるみたいだけど、そいつに自分の正体を悟らせることが良いって。それにはそいつを圧倒する何かを見せつけて」
「……例えば……会話?」
「会話術もありよね。どんな話でもいいから話をひきつけたり、落としたり、途中でやめたり」
「それも不思議ちゃんの受け売りって設定?」
「そうそう、不思議ちゃんから教えてもらったという設定」
私の落ち着いた冷たい視線は、顔馴染みささっている。
「……まるで僕はそのボスキャラみたいだね」
冗談混じりに顔馴染みは言うが何か余裕がない笑みを浮かべた。
私はそれには答えずに、ただ顔馴染みの顔を注視した。それが応えだった。
顔馴染みの苦笑いは私の反応を見て凍り付く。
「はは……、その目やめてよ。そんな作り話で責められても……」
「ごめんね。私が囁きに思わず応えてしまったのがいけなかった」
「まだやる? もう、やめよう。流石にくだらないって」
「あんたは自信がないでしょ? 自分自身について……」
私が話してる途中に、顔馴染は声を荒げてかぶせてきた。
「だから、馬鹿馬鹿しいって!」
私は全く動じない。顔馴染みは興奮して震える。
「あんたの顔は覚えがある。けれど名前がどうしても出てこないのよ」
「それは僕が怒るところだろ! 日頃、名前をちゃんと呼んでくれないからな」
「興奮しない。声が大きい方が優勢ってわけじゃないんだから」
「悩みを聞こうとしたら、予言だ、声だ、不思議ちゃんだ、嘘だ、ボスキャラだと……、笹越を想って真面目に聞いてた僕を馬鹿にし過ぎる」
あぁ、私も切なくなってきた。私は手の甲をまだ痛みがあるオデコにくっつけて、顔を顔馴染みから塞いだ。
「……では、ひとつだけ教えてよ。あんたの席って何処だっけ?それだけ応えられれば、もう二度とこんなツマンナイことやらないから」
「笹越の後ろ! いつも声かけてるんだからふざけないで」
「……授業中にもかかわらずに声かけてくるよね、でもね……」
私は顔を下に向けながら身体を横にして背後を指差した。
指の向こうにはロッカーがすぐある。
「残念なことに、私の後ろに席が無いのよ」
途端、興奮していたはずの顔馴染みの存在が顔を下に向けてる私には感じられなくなった。顔馴染みは声が出せないようだった。しばし時間までも凍てついたようだった。
私はゆっくりと顔をあげてみた。もしかすると、顔馴染みの存在はもう無くなったのかもしれないとも思ったからだ。
しかし、顔馴染みはまだそこに居た。顔馴染みを見て私はギョッとした。
人間味が感じられない。簡単に言うとそんな存在がそこにはあった。
生物として振る舞ってたものは、そう見せかけるのを諦めたようだ。
「……そうか……そうかそうだったんだ……」
そいつはそう発した。私にはいつもの囁きとも幻聴とも区別はつかない。
「……でも、何故?」
またそいつは身動きせず発した。口さえ動かしてない。
「何故、気付いたか? 私にはあんたの顔がね、何十枚ものフィルターが重なったように見えるからよ。最初っから」
顔馴染みは『顔馴染み』。それはそうだ。私の過去出会ったりテレビで見たりするような知った顔の集合体だったから。しかし、割と好みのタイプでも幽霊みたいなものがブレて重なってるようなモノに心を通わせる勇気はない。
「ねぇ」
私は背後に不思議ちゃんから声をかけられた気がして振り返った。当然誰もそこにはいない。
瞬間、私の背後では顔馴染みの顔は煙が伸びるように天井まで長く歪み、包み紙状の捻れた空間に吸い込み溶けていくようだった。
私は振り返り直して天井に声をかける。
「私の精神的異常なのか外的要因なのかは不明で、あんたの正体が何かはわからない……けど、私の記憶にあるなかでの理想像なんだろうね」
心にも無いことを言ってみたけど、それを察した返答が薄く聞こえた。
「……笹越が僕を好きになる自信があった」
「心理学では成長時のアニムスとか言うんだっけ?」
「……どうかな……」
その言葉の語尾が最後に消えていった。
私は馴染みのアニマがニヤニヤしていたのを思い出した。案外、チャラいな私の理想はとため息をついた。そんなことより、幻まで見てしまうようなこの悪癖を嘆くところではあるのだけど、それはこれから治していくしか無い。
今日のことは、最もややっこしい奴にさよならを言っただけだった。徒労感もあるけど仕方ない。
もう夕暮れになっている。部活やってる先輩達もそろそろ下校を始めてる頃だろう。一人になった私も気が急いた。
教室が音を吸収し始めたかのような錯覚を覚える。まぁ、錯覚の方が囁かれるよりもマシなんだけど。
私は荷物を持って教室を出ようとしたところ、
「……ようせいに気をつ……」
と消えてしまった顔馴染みの声。すぐ耳元で囁かれた気がした。私は咄嗟に背後の教室へ振り向く。そこには誰も居ないというか囁き主は具現化してない。
「しつこい」
とだけ私は呟いて退室した。
ありがとうございました。
またよろしくお願いします。