春は雑多な囁き(3)
よろしくお願いします。
「予知とか予感とか信じる方?」
この質問は顔馴染みが面食らうには充分だったらしい。
「……え?」
「突飛で悪いんだけど、今からする話はそんな話」
「……予知があるかどうかなんて考えたこともないけど、女の子の勘は鋭いとは言うね」
流石、顔馴染み。すぐにとりなおしたか。
「私って、そういうの信じるタイプだと思う?」
「笹越からそんな話は意外とも思った。けど、理数が得意な子は勘が働くと聞いたことがあるよ」
「そう……、私が、そんな予感じみたものに困ってると言ったら、引く?」
「引かないよ。じみたものって、まだ予感と断定出来ることではないんだね?」
私は一寸考える。考えたフリをする。
「と言うより、予感という単語が現象として相応しいのかがわからない」
「どんな感じ?」
「今朝、起床前に今日は冷えると言う声を聞いた。正確に言うと覚醒前」
「テレビの天気予報か、それを見た家族の会話じゃないの?夢心地で聞こえることあるよね」
「それは否定出来ないと言うか多分そんなとこ。けれど声の発生元は取り敢えず置いておいて」
「うん……」
顔馴染みは私を馬鹿にしている風でもなく親身になりますモードになっていた。『悩み』という言葉に対応したようで、にやけた素振りもなかった。逆にその顏に私の方が気後れする……気もする。
「全校朝礼は言葉通り冷えてたよね。予報されてたのに関わらず結構な人が防寒対策して無かった。女の子は冷え性多いから、察知してないと身体に負担がかかるのに」
「……そういうこともあるんじゃないの」
「けれど問題は、類似現象の多発性の方。朝の声が引き金になったからか、何度も似た目にあった」
「声が聞こえるってこと? でも誰かが喋ってそれが聞こえると言うのなら問題が無さすぎて、やっぱり話の筋が見えて来ないよ」
「例えば誰かが『確かに』と言ったあとで、別のところで柏手を打ったとする。あんたならどう聞こえる?」
「どうって、そのままにしか」
「私の耳は、「かにパン」と聞こえるんじゃないかな。前後の言葉が省かれて単語を拾ってくる」
最初キョトンとしていた顔馴染みはプッと吹き出す。
「ごめん、そんな風に聞こえるなら、いっそ楽しそうだね」
顔馴染みは未だ笑いが止まらないようだけど、私は破顔したりは出来ない。ジトっとした目を顔馴染みの顏に向ける。
まぁ、ここは馬鹿にされても仕方ない振りで説明したので、この反応は想定済み。
「……でも、その『かにパン』の代わりに『危ない』とか聞こえたら笑えない」
「センシティブになってるんじゃないのかな。妙に周囲が気になることは誰しもあるよ。意味もないことに意識いったり、意味ないものを頭の中で再構成して解釈したり」
顔馴染みの笑みは私の調子にあわせて元に戻りつつあった。
「過敏症は否定できないけど、その「危ない」の後には本当にアクシデントあるのよ。今日気づいた範囲なら冷気、ボール、剣道……あともうひとつくらい」
「……ボールのとき、避けたのはその前に声が予知してたってこと?」
「そう。その声が聞こえたあと、ボールは私目掛けて落ちてきて、竹刀は私を襲った」
顔馴染みは暫し考えてから真顔で私の目を見る。
「信じるなら……不思議ではある……のかな?」
「そこは信じないと話が進まない」
こんなつまらない話をした私の方が、逆に同調した顔馴染みを小馬鹿にしたようにせせら笑った。
「了解。でも、やはり気に病まないことだね」
「無理ね。私が望まずとも何かがちょっかいを出す。徹底無視すると逆に後悔もあったりで」
「それでもだよ。例えば『ハゲを気にすると禿げやすくなる』みたいな神経質スパイラルに陥るよ」
「ハゲって……」
冗談を言ってるようで言葉を選んでるようなのは顔馴染みから伝わってきた。
顔馴染みはニコっとした。本当はいつものようにニヤっとしたのかもしれないけど、そのときは優しくは見えた。
私は胸の辺りに、チクリと痛いのを感じた。
「有り体で申し訳ないけど、感受的思春期っぽい話だよね?」
私は思わず顔馴染みから顏を逸らし続けた。
「感受性、思春期……それは私じゃなく、彼女かな。私の中学の頃の友達知ってる?」
「ん〜、中学の時の笹越は実はあまり覚えないんだ。気になり始めたのって割と最近だし」
過去の自分を否定された気分。だいたいまだそんなたってない。
「仲良かったらしい子が一人」
「らしい?」
「他の人からの評価。その子、所謂不思議ちゃんと呼ばれてたんだけど」
「シニカリストの笹越が予感とか言い出すのは、その子の影響?」
「予感自体はその子の責任じゃないけど、影響は大いにある。私の変な感覚自体は小学校の頃から自覚あったけど、彼女はそれを確定的にしてくれたから」
「その子の話をするってことは、笹越の悩みの根拠はその子の影響って話だよね?」
「そんなとこ。まぁ聞いてよ……」
「私は最初その子に嫌悪感しかなかった。私は当時から友人にも高い理想を持っていて、親友はこうあるべきって条件に、とても該当するような子ではなかったから。彼女は見えたり感じると言ったけど全部自称。私には偽物、欺瞞なんだってすぐわかった。」
「うん」
「知ってる? 偽物は偽物だから本物より本物らしいってこと。不思議ちゃんは私の違和感に答えるだけの知識を持っていて、色々と教えて貰ったことがあった」
顔馴染みは何を言っていいか決めかねてるようで、ただ首肯するのみ。
「話始めたのは、その時も『声』がきっかけ。不思議ちゃんも聞こえる素振りだった。それに対して私ははじめは割と批判視したんだけど、口が滑って聞こえることを話してしまって。そしたら不思議ちゃんは、そのことに勝手に解説してくれる。はじめは無視してたんだけど、ただ聞いてるうちに結構有用さに気付いてね、そのうち私の方から色々聞くようになったの」
私は不思議ちゃんを思い出していた。割と可愛い子だった。彼女も友達が少ないからかミステリアスな雰囲気もあったにはあった。オカルト的な話を嫌がる私を見て面白がって笑顔を作っていたのだけど、それが時々私には大切だと思った。
全く友達の条件に合わない子だったけど、私は不思議ちゃんに魅了されてたのかもしれないと今更、改めて思い知らされた。
「ホント色々教えて貰った。予見はさりげない日常の中に隠れていて、それを見出せれば予知、表現出来れば予言と言うこと。メッセージは何処にでも隠されていて、それを見つけ出す感覚がある人間は直感力があると。そして、それは鍛えることも研ぎ澄ますことも可能で、コントロールも可能だったり」
顔馴染みは黙って首肯。
「実際のところ私は私へのそういう影響を無くしたい一心で教えて貰っていた。私は昔からそういう世界が嫌いだったし、私に何故関わってくるのかわからなかった。不思議ちゃんは、能力の大小があるだけで、皆持ってるとよく嘯いて慰めてくれたけど」
私はため息をついた。
「けど、不思議ちゃんは不思議ちゃんね。常識が欠如してるから、私には根本的嘘をついていた。彼女の言う通りやっていたら、逆に感覚は冴えまくり。かえって聞く必要がない声が聞こえるようになり、一時は声責めで酷く精神をすり減らした。なんとか独力で無視する方法論や対応までは覚えたけど、時々、声がよく聞こえてしまう日があったりして、私を悩ませることがある」
不思議ちゃんは笑う。可愛らしく笑う。私は何処まで彼女を嫌っていたのか、何処まで友だちと思っていたのか今となってはよくわからない。本当に迷惑をかけられたのか、本当は助けになっていたのかということも。
私はいつの間にか窓の方を見ていた。
不思議ちゃんのことを思いおこす作業に熱中していたらしい。
「暗示かな? その不思議ちゃんの暗示があって、悩みのタネが消えないってことかな……」
「そう……ね」
「……笹越の過去も含めて状況はわかったし、難しいのもだんだん理解出来てきた。時間がかかるんじゃないかな? 暗示と言うのは……」
遠くで顔馴染みが説明しているのはわかったけど、未だ私は不思議ちゃんへの回想から帰って来れなかった。
私が気が付いた時には顔馴染みは不思議そうな顔をしていた。
「笹越?」
私は顔馴染みの怪訝な顔を見た条件反射のように自然と両手を挙げた。
「ごめん、無し」
ありがとうございました。
次回が一話ラストです。