雑多雑考雑談(3)
日が延びている。外はまだ明るい。
部活はムギが私用が出来たということで、早目に切り上げることになった。部活の為に学校に来てるようなムギが珍しい……と言いたいけど、エリモが何とかするようなことを言っていたので、何かやったのは想像に難くない。
一番最後に部室に入ったエリモが、最初に部室を先に出ていった。
次がムギが慌てて荷物をしまい走って帰った。
私はゆっくりと帰り支度をして、稗田の所へ部活の報告をして自分の教室へ向かう。
教室のドアを開くと、エリモだけが窓際の席で座っていた。
丁度、空気の流れが出来たようで、開いてる窓からフワッと風が入ってカーテンがゆっくりとゆれた。
エリモはカーテンが頭にかかりそうになっても、構わない様子で本に集中していた。
それを見てやはり見惚れる私。何をやっても絵になるエリモ。
エリモは後から私の教室に来るものだと思っていたので話し掛ける言葉に戸惑う。
「相変わらず、本に集中し過ぎてるね……」
エリモは私を見ずに本の文字を追いかけながら答える。
「そうでもないよ。マイちゃんが、私を睨んでたり、動揺したりしてるのはわかってるもの」
「睨んだわけでもないし、気付いてることも承知してる」
「そう?」
私はエリモの近くの窓を閉め、動きたがっているカーテンを止めた。
「歩いて読書に集中してても周りを把握して危険なんてないもんね。それどころか、いつもムギに気を使ってたし。女性の方がマルチタスク派とは言え、アンタは特別だもの」
私はエリモの座ってる前の席をひっくり返し座る
多分、いつもよりは穏やかな口調だったと思う。
エリモは目を本から離し、一度空を見て考える素振りをして私を見て微笑んだ。
「成る程……流石、マイちゃん。色々と見えてるんだ?」
「色々見えてたら此処には来てない。色々囁かれることはあったけどね」
その言葉にエリモは何も反応しなかった。
「色々と見えてきたマイちゃん。貴方は何処までわかってるの?」
「……呼び出しに『何の用?』じゃなく、そう聞いてくる?」
「色々察するところもあるの。マイちゃんのように」
エリモらしく唐突に核心から入る。
あぁ、先手を取られたと思った。……いや、違う違う。
どうも駆け引きをする癖がついてしまってる。エリモにそんなアプローチで勝てる筈もない。
私は此処に来るまでにゴチャゴチャと考えてきた。
今は素直に話をする為に。
「何処までわかってるか……例えば本当に無知な子は、何をわかってないのかが理解出来てない。同じように、全体像が見えてない私が、何をどう見えてたか、エリモに説明が成功すると思う?」
「でも、今日は聞きたいことがあって、其れについての像は見えてるんだよね?」
私は首をふる。否定のつもりでもないけど、エリモに伝わるか。
「……その辺りを今日は隠すつもりはないの。逆質で悪いんだけど、じゃあ、エリモは見えてたりする?」
「見えたり聞こえたりはマイちゃんみたいに出来ないよ。だから私は読むし、人に聞くし、理解を深めるの」
エリモは本の背表紙を見せた。
タイトルまではよくわからないが哲学の本のようだ。
「私が最近知ったこと。其れはエリモが何かを知ってるってこと」
「何を?」
「例えば私が見て聞いてるモノ。ある子の命名で『囁き』と言うんだけど。此れは一般的で通らない私だけの言葉」
「でも、命名した『ある子』は知ってるんでしょ?」
「人ならね。……エリモはもしかして知ってるんじゃないの? 私のパーソナルフレンド?」
エリモは少し驚いて、上を向いてまた考える素振り。
「……んー、ちょっと其れについては保留にしとく。じゃあねーー」
エリモは、人差し指を立てて少し宙を混ぜた。
「妖精事件は検討はついた?」
「大まかなのはエリモが検証したじゃない。私はその元凶らしきものを確認しただけ」
「マイちゃんなら、その先も少し理解したんじゃない?」
「さあね。『ある子』のアドバイスがあったりすると、私が導きだしたモノも誘導されたようにも感じるし」
「教えて貰っていても、答えがあればいいんじゃないの?」
「私が知りたかったことは、『妖精事件』じゃなくて……」
「妖精かな?」
「そう」
探り合いのようにはなってはいるけど、何方も嘘は言ってないように思う。解らないモノは解らない。自信の無いモノは自信が無い。
こんな会話すらやってこなかったのが私とエリモの関係。
エリモはふっと窓の外を見る。
「……陽が落ちる時間はもうしばらくあるね」
「時間が気になる?」
私はいつものように意地悪く質問したが、エリモは反応しない。
「逢魔時。消えるとしたら、私? マイちゃん?」
「……え?」
何? 本当に混乱した顔をするしかないよ、それ。
「マイちゃんが聞きたい妖精を要約すると、巡り巡ってこんなところに帰結するよ」
私は一度リセットをする為に、二度肩で呼吸をした。
「……エリモは何を知っていて、何の目的があって、何が出来るの?」
私は少しジト目になっていたと思う。
えりもは肘を机について笑ってる。
私は、『顔馴染み』を相対した時のことを思いおこしながら話をすすめていた。
消える?
私かエリモのどちらかが『囁き』だって言うの?
「語っても良いけど、私が言うことが欺瞞がないことはマイちゃんの中で保証されるワケ? 」
「……其れは解らないけど、今は信じる努力は前向きに検討」
「じゃあ、私が全く方向の違う二種類の可能性を言ったら、どうする?信じる方向が真逆になったら」
「二律背反くらいのことなら私の中で二方向として受け入れる。此の世界、未だ理解されてることなんてそんなものでしょ」
「其の発想は高校生の理系らしくないよ」
「もう一高校生私の中で観測されてはいけない世界が広がってるんだから仕方ない」
「じゃあ……やっぱり私が提供出来る話はマイちゃんの二方向で聞いてね」
エリモはコホンと一度話す体裁を整えた。
私はいつの間にか肘を机ついていた。
何時もならエリモ自身に緊張してる私だったけど、明らかに今は、
「結局はマイちゃんが病的に或いは本当に病気で、常人が見えてはいけないモノを見ている。其れがマイちゃんの精神にまで影響して、それは個人としての事実になってる。マイちゃんが様々に結びつけた理屈は他人からしたら単なる思い込みで、私は今、上手く話を合わしてるだけ……」
私は軽く溜息をする。
「其れが一つの方向ってこと? ……其れも構わない。理由が納得出来るなら、其れでやっと自覚出来る。ある時期からつい春頃まで私の中ではずっとその可能性ばかりを考えてた。エリモが断定してくれるなら私の気持ちは楽になる」
「……そっちの覚悟はあるってことだね。私、かなり怖いこと言ったんだけど」
「其れで個人的に納得出来るならね」
「……此方の一方だけなら、逆に良かったのかもね……」
エリモは頭を掻いた。
此れは珍しく、エリモの考えが煮詰まってるってことだ。
ムギの対応する時はたまに見かけた仕草。
エリモは困った顔になって瞑目。
「…エリモ」
「えーとね、もう一方向だけどーー」
エリモは目を開いたけど、顔は天井に向けてしまった。
私から見える範囲では、微笑んでない
どうやら珍しく真面目な顔になってるよう。
ムギの件の時の怒ってる素振りとは違い、ただただ真面目な顔。
冷淡でもなく冷酷でもなく、ただただ真摯な言葉。
「ーーマイちゃんをナビゲートしたのが私って話……聞く?」
私は少し黙ってた。
まるで創作、寓話を聞かされそうな雰囲気になってきた。
何だか、私が『顔馴染み』に正体を理解させた時と似てるなぁとは思った。
……そっか、私も『囁き』の類いで、今、其れを理解するのかも。
まぁ、其れでも良いんだけどネ。ハッキリしてくれるのを願ってるんだから。
「どうぞ……エリモが私を誘導したでも、造りだしたでも」
私は掌で其れを示す。
「オッケー」
エリモはまた私の方を向いて微笑む。
……其の微笑みの意味はあとで考えてもわからなかったけど。
「マイちゃんが知りたい最も明示された単語、『妖精』なんだけど……」
核心? エリモは割りかし焦らした。
「……早い話、私もソレだよ」




