雑多雑考雑談(2)
魔女になってやる!
小学校の頃、そう呪った時から、私の世界の定義は少しづつ変化した。
学校の帰り際だったか、名前を呼ばれた気がして振り返ったのだけど、知らないおばさん達の井戸端会議の言葉に私の名前が含まれているだけだった。
◆ ◆ ◆
次の感覚は確かテレビ。
「魔女になるの?」「マイ……」
私が見ていたワケではなく、兄がチャンネルをいくつか変えていった時に、一時的に画面に映されたアニメ番組での台詞で其処だけ耳に入ってきた。
強く印象に残って、そのアニメを後で調べたのだけど、マイというキャラクターはおらず、どうやら切替えた次の番組の会話と繋がったモノのようだった。
◆ ◆ ◆
小学校では、前まで中が良かった女の子グループからも、笑い声と共に私の話題は聞こえてきた。
「マイ」「魔女」
魔女役を押し付けられたせいで、其の子達とも険悪な関係になっていた時だった。私は怒って詰め寄ろうとしたら、其の子達は青い顔して、
「そんな話してない!」
と、強く否定した。
◆ ◆ ◆
「がんば」「って」
「ね」「がえ」「ば」「かなう」
「マ」「イと」「一緒」
小学校の卒業する迄には、幻聴は意味ある文章になって連なって聞こえてきた。
私に対して好意的であるエールばかりが聞こえて来るので、けして悪いモノとも邪魔なモノとも思っていなかった。
魔女のステータスと、気分は高揚してたくらいだ。
厨二病……今から考えればかなりイタい子。
◆ ◆ ◆
中学生になって、昔憧れてたエリモの変化を見た。
一人の時なんかは本を読んでいるのをよく見かけた。
人嫌いの高等魔女を自認していた私にはどうでもいい事だと思った。
◆ ◆ ◆
不思議ちゃんは最初は別の小学校から来た子だと思ってた。
「其処に緑の妖精がまとわりついてる!」
厨二病の私が相手にするのは危険だと思うくらい変な奴だった。他の子も教師も騒いでる不思議ちゃんを相手にしてなかった。
◆ ◆ ◆
中一の夏に、小学校での元友だちが私の所にやってきたこともあった。
彼女達はあの時、私を魔女役に推したと白状までして猛烈に謝ってきた。
担任の提案で責任役を責任感のある人間がやることにってことで、私を推してしまったらしい。
そう言われてみれば、私が泣いて抗議しても、最終的に教師の怒号で押し切られたのは確か。
裏切りに気付いてなかったけど、クラスメート全員が、青い顔してたのだけは思い出された。
もう一度仲良くなろうとも言われたけど、「手遅だよね」と睨みつけたら、やっぱり青い顔された。
ウザい性格の子に纏わりつかれるのなんて懲り懲り。
◆ ◆ ◆
「がびょう」「入って」「るよ」
上履きに嫌がらせ。どうでもいいけど、幻聴が予告してきた。
「その子」「帰り」「ケ」「ガ」
私に嫌がらせした自意識高いその子は私が睨んだ帰りに釘を踏み大怪我になったそうだ。
その子、何かその後性格変わっちゃって、あまり目立たない子になってた。
……違和感。私はそんなこと願ってないぞ?
だいたい、私の敵なんて、自分で排除出来るつもりでいた。
魔女的な力を行使なんてこれっぽちも……
◆ ◆ ◆
予言染みた幻聴は多くなってきた。
「後ろ」「からぼ」「うる」
「まがりか」「どに」「狂犬」
「くる」「まにひ」「かれる」
……そもそも何か私の危機の割合多くなってない?
魔女だから?
もしかしてヤバくない? 私?
◆ ◆ ◆
「その声は先生にも聞こえるよ」
マズさを肌に感じたある日、受け持たれてない教師が親身になって相談に乗ってくれた。
その教師も時々、同じような物が聞こえるらしく、話が合いそうな気がしてた。
けれど、其処にたまたま居合わせた不思議ちゃんが、そんな教師の姿が見えないと言った。
不思議ちゃんは私に教師に向かって「お前は居ない」と唱えろと言った。これを実践したら教師の姿が見てる前で蒸発した。
私はこの時に戦慄した。
私の感覚では何処かで知っていた教師だったから。
話が通じ感覚を共有する理想の教師……
◆ ◆ ◆
不思議ちゃんとは、その前後で話をするようになっていた。
不思議ちゃんは幻聴のことを「囁き」と言った。
目に見えるモノも「囁き」の具現化だと教えてくれた。
自分では見えてない癖に対処法の知識が豊富だった。
私は友だちを否定し、不思議ちゃんの性格を受け入れ難いものと重いながら、どんどん不思議ちゃんに依存していった。
何故だろう、こんな奴が最も相性が良いと思うようになった。
友だちが久しぶりに出来たことで、逆に魔女思考だったワタシの考え方がウザくなってきた。
もう、どうにか「囁き」を消したいと思うようになった
不思議ちゃんとしては私を真っ当な魔女にしたい素振りだったけど。
◆ ◆ ◆
ある日、エリモが私と不思議ちゃんが廊下で話してる所をたまたま通りかかり、私のすれ違い様につぶやいた。
「……友だちと一人遊びかな?」
私は友だちの暗喩を理解して不思議ちゃんの顔を凝視。
不思議ちゃんはニコッと微笑み、そのまま消えた。
私はこの時はじめて、不思議ちゃんも『囁き』の具象化だったと知った。
◆ ◆ ◆
それでも私は、不思議ちゃん依存はやめられなかった。
やめてしまえば『囁き』の対処法もわからない……いや、友だちがなくなる事実に耐えられなくなっていたんだと思う。
不思議ちゃんは時々現れてくれたけど、魔女になる為にもそろそろ卒業した方が良いと私を諭した。
◆ ◆ ◆
受け入れられるまでに時間も要したけど、私は大人になることを決意し、不思議ちゃん依存を止めた。
其れは不思議ちゃんを含めた『囁き』を自分の気持ちからでてきた幻だったことを認識することだった。
…………それで、何だっけ……
あ……そう……『囁き』の経過を考えて整理する必要があったんだ……
エリモと本音で事実追求ってのは何て面倒なことだろう。
何時ものように嘘と駆け引きで攻撃的に接してた方が気が楽なことに気が付いた。
私がエリモに苦手意識を持ったのは、ボッチの妄想を指摘されてしまったから……
エリモは私が一人遊びしていたことを覚えていた。
だから不思議ちゃんと邂逅した時に、ムギを連れて行く対応をしてくれたんだと一瞬考えた。
けれど、あの岩に連れて行き不思議ちゃんと再会させたのがエリモ自身としたら?
……エリモには不思議ちゃんが見えてるどころの話ではないかもしれない。
……エリモが不思議ちゃんと繋がってるとも考えても良いかも知れない。
けれど、エリモと不思議ちゃんの共通項は少ない。
少ないどころかまるでアンチ……そう、まるで裏返ったかのような性格。
エリモは理路整然に嘘をついて、不思議ちゃんはフワフワしてるのに正解を教えてくれた。
まるっきり表裏な関係……表裏?
…………
何故だろう。
思い込んでしまってるからか、エリモと不思議ちゃんが同一になっている。其処から考えが離れなくなった。
私は不思議ちゃんに何を感じていた?
あんな性格な子なのに依存し親友だと思っていた。
憧憬。
小学校の時にエリモに感じていたモノを、不思議ちゃんにそのまま投影していたんだ。
私はエリモに本音で相対する前に、一つだけ自己認識しておく必要があるようだ。
そう、結局私は何時でもエリモに憧れていたことを。
魔女であろうとした中学の時も、『囁き』から逃げようとした時も。
そして今でも。




