旧い憧憬の気息(3)
いつものように空振る郷土研究部の『不思議探し』という活動。
当然、ムギは成果得られなく仏頂面をして、学校への路を帰る。
エリモの方はムギの隣で、今回の件の意義を色々に説いている。
謂れを掘り下げれば、郷土研究部の研究の一つくらいにはなるだろうというエリモの弁解。私も反論するつもりはないので、黙って二人の後をついて、弁解ながらも纏まったエリモの論説を聞いている。
生徒指導室の一件を切り替えるようなタイミングでのこの案件。珍しいエリモの持ち込み企画ってところには不信さを拭えない。それどころかある種の確信を内心持つのも仕方ない。
後ろから髪がフワっと軽く持ち上がる。
「ねぇ、マイちゃん……」
不意だ。本当に不意だった。予感めいたモノはまるで無かった。
今日のサプライズは、あの大岩の白い影だけでは終わらなかったようだ。
私は立ち止まり私の名前を呼んだ背中の方へ振り返った。
ソイツの顔を見た時、私はどんな顔して良いのか迷っていたら、ソイツから、ちゃんと指摘が返ってくる。
「声かけた相手を睨むのは、相変わらず治ってないね」
そうか……私は迷ったとき、相手を威嚇する形相をしているのか。
白いワンピースを着て、中学での唯一の親友、不思議ちゃんは、盤若の私と対象的に柔らかく微笑んでいた。
中学の時とは少し顔付きが大人っぽくなったか。
ポニテにしてないエリモに近いタレ目顔ではあるけど、その眼差しの奥には自信と言うより好奇心を讃えていた。
相変わらず絵になるくらい可愛い子ではあるけど、不意に現れたりするのはこの子らしいと言えばらしい。
中二までの付き合いだったから、もう一年半くらいたったのか。
「……久しぶり」
「余所余所しい態度も相変わらず」
やっと一言発せた私に、不思議ちゃんは顔スレスレの位置まで近づいてくると、私の両肩に手を置いた。
そしてグイっと私を横へスライドさせて私の肩越しから後方の二人を見た。
前の二人は私が立ち止まったことも気付かず、離れてく。
「小豆エリモね。あぁマイちゃん良かったね、憧れてた子と仲良くなれてた」
不思議ちゃんはまるで恋の成就でも語るかのように、大袈裟に囃すようなポーズさえした。
「……久しぶりにあって早々、何のアホ言ってる?」
そう、不思議ちゃんはこういう奴だった。
唐突に意味の所在もわからないことを言い出す。
「ふふ、マイちゃんって、マイちゃんが思ってるようには人を欺けるタイプじゃないよって昔も言ったよね?」
不思議ちゃんは私に押された拍子に一歩離れてはいるが相変わらず笑みをたやさない。
「……其の思い込みの激しい性格は治ってないようね? 不思議ちゃん」
「ふふ、私を不思議ちゃんと呼ぶのは、マイちゃんだけだけどね」
「それで何? また此方に戻ってきたってワケでもないでしょ? 二度と会えないかもーとか言ってたくらいだし」
私がそう言ったタイミングで、不思議ちゃんは私の後ろへ向かって手をふっている。
振り返るとムギとエリモの不思議そうな目が此方に向けられていた。
私は二人に構わず、不思議ちゃんに応対することにしてソイツを睨む。
厄介さでいくと、この子の方が二人よりも大問題。
「アンタと今、話をしてるのは私だけどね」
「私が何しに帰って来てるかなんて、どうでもイイじゃない。大事なのは、マイちゃんの前に私が現れた理由。此れの意味深い」
……意味がわからない。
郷土研究部に入る頃、ムギの性格を色々警戒したいた。その警戒心が大きくなったのも不思議ちゃんに手こずってた経験から。
「マイちゃん、どうしたの?」
そのムギから声がかかるが、いつもの好奇心で此方に寄ってこられると倍に厄介になるのは目に見えてる。
「先行っててよ」
私はムギではなく、エリモの顔を見て言った。
エリモなら今の私の状況が理解して、ムギを連れて行ってくれる。
エリモも不思議ちゃんのことは知っているのだから。
「ムギ、マイちゃんはまたまたイラってるみたいだから、関わらない方がいいよ」
言いたいことはあるけど、エリモは私の期待に応えてくれたようでムギを引っ張っていってくれた。
「あらら、小豆エリモと其の他は帰っちゃうんだ?」
「エリモもアンタと会する意味なんて全く無いからね」
「昔馴染みの顔を見れれば懐かしい話で盛り上がると思うけど?」
「エリモは、その他大勢でも無かったアンタなんて覚えもないよ」
「……そっかな。でもマイちゃんは特別な友だちに邂逅出来て嬉しいでしょ?」
私は右手人差し指を曲げ第2関節の部分に唇をあて……正直考えこんでしまった。
どうなんだろう? 以前までは結構思い出す時はあったのだけど今は?
「わああああ、本当に真面目に嬉しいのかどうなのかなんて考えたよね、今? あれだけ依存してた中学時代の親友を要らなくなったからって、こういう扱いはどうかと」
要らなくなった……。無論、不思議ちゃんは皮肉混じりの冗談で言ってるんだけど、最近、思い出すことがなくなってた。
不思議ちゃんの助言はいつの間にか必要無くなってたんだ、私にとって。
「……其れは……ごめん」
「参ったな。何だか真面目に返されたあああ。大丈夫。そういう所もかわってないよ、マイちゃんは、うん」
不思議ちゃんはまた可愛く微笑む。
「ーー良かった」
不思議ちゃんのその言葉に私は思わず顔をまじまじ見てしまう。
「え?」
「だって、マイちゃんが私を思い出さなかったってことは『囁き』ってチカラをコントロール出来るようになったってことでしょ?」
「……いや、……全然」
また唐突に『囁き』の話になった。
不思議ちゃんだけは私の悩みを直に知っていた奴だった。
だから直接的に話題をふられると面食らう。
「前より酷くなった気もするんだけど。耳に入ってくるざわめきみたいなモノが気にならなくなっただけ」
「だから、本質は消すことじゃないってアドバイスしたし」
不思議ちゃん。
私の感覚とは相容れないモノはあっても、この子はこの子なりにいつも私を気遣ってくれていたのは確かだった。
一時期だけにしろ、唯一の友だちだったのも嘘じゃない。親友と呼べるモノがあるなら、私にとってこの不思議ちゃんのことだろう。
「だから、『囁かれ』もないアンタが、何、何時もわかったつもりになってんだか」
言葉と裏腹に初めて此処で私の頬も緩んだ。
不思議ちゃんは丁度、学校の方へとあるき出したので、私も横に並び歩き出す。
「えええ、そういうこと言うワリに、私のアドバイスは真摯に受け入れてたじゃない。効果はあったのは認めてるんでしょ?」
「他にこんなこと詳しい奴いなかったしね。」
やっぱり不思議ちゃんは何処となくムギに似てるか。
横顔を見ながらそんな事を考えていた。
「私も感じられたら良かったんだけど、そういう子は逆にマイちゃんの友だちにはなれなかったからね」
「何それ?」
「ふふふ、そんな無力な私が、今日マイちゃんに会いに来た理由はね、早い話、突破力の補充ー」
「はい?」
「だって、また目指す気になったんでしょ?」
今でも不思議ちゃんとの会話はなかなか難しい。
私は、昔のように、無軌道な不思議ちゃんの会話を何とか成立させようと注意して尋ねる。
「……何を目指すって?」
「魔女にだよ、忘れた?」
「……え?」
私は驚くふりをして、過去の記憶を遡ろうとしていた。
「私はそもそも其の為だけに存在するって、前にも言ったよね?」
……昔一時期だけど、具象化した『囁き』の中で唯一、心を許したモノがあった。
ソレは私にアドバイスをしてくれる都合の良いパーソナルフレンドだったけど、私は普通の大人になりたかった為に、ソレを否定した。




