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旧い憧憬の気息(1)

 夏を肌で感じる頃には『囁き』の類に悩まされる頻度は少なくなっていた。

 昔から波や周期とかは経験則としてあったけれど、煩わしくない日が実感出来たのは此れが初めてかもしれない。

 『囁き』をとことん暴いてやると誓った途端に囁かれる度合いが低くなるのは、成る程、世界はアイロニーに満ちている。


 私は囁かれる心配が少なくなった休み時間でも、残念ながら自分の席で鬱ぎきっていた。

 『囁き』の直接的関与が薄らいだ分、擬人化、空気、妖精……濛濛たる澱みに私は挑戦すると決めたのだ。其れは思い悩むというよりも事例の断片から論理立てるという作業に近い。

 休み時間は、眠れる獅子に近づいてくる人間は誰もいないので、グダグダと考える時間はあった。ムギさえも何故か私の雑多な考察作業に介入しなかった。


 生徒指導室の一件は、答に近づけたどころの話じゃない。


 あの様子を『見た』私にとって、どんなリスクがあるかも不明過ぎて近付くことも躊躇された。アレを徹底して調べあげるなんて私の力では到底無理に思えた。


 生徒の姿をしたアレは何か。

 生徒の記憶の残滓という可能性もあるけど、では昔の生徒は超能力みたいな『空気』が出せたのか? ……其方の方が納得がいかない。


 アレは何だったのかと言われれば、呼称としては妖精で良いと思った。妖精憑きの生徒がそう呼んだモノだから。

 アレがどういう性質のモノなのかは結局わからないけど、あの空気感が他の人に影響を及ぼすのは想像に難くない。

 見たまま、聞いたままの印象は並べられるけど、私が知りたいのはその先に存在する。


 私の思考整理を間に合わせないよう仕向ける因子は他にもあった。

 エリモの様子だ。


 生徒指導室の扉への反応の速さ。あれは何だったのか。

 いや、奴は何処まで知ってるのか。

 最も知覚されたくなく、最も裏のありそうな奴がやっぱり私のことを知っていたとか、意外性も何もなく、かと言って必然性も感じない。


 …………。

 

 昼は久しぶりに私だけが部室を占有し、放課後になるまで部活動の話題は無かった。

 生徒指導室の件は『見える』私には衝撃的だったけど、見えない者にはどんな印象だったのか。

 当然、私としては『囁き』或いは『見える』素振りを露わにしてしまったことは大失態だった……と考えているんだけど、他の二名も何故か私にシンクロしてるような雰囲気が今日はある。


 私が教室で妖精考をあぐねて、部活に遅れて参加しようと部室についても、其処にムギしか居なかった。


「遅くなった……エリモは?」


 ムギは返事もしない。

 無理にパソコンに集中してるように見せ、私にシカトを決め込む様子。

 やっぱり様子はおかしい。

 よくよく顔を見ると真っ赤にしてる。

 何か怒ってるのかとも思ったけど、教務主任の時の面相とはまるで違うか。

 私は荷物を資料棚に置き、ムギの向かいの席に座った。


「……違うから……」


 か細い声を振り絞ってムギが言った。


「え?」


 私はワケがわからず聞き返した。

 ムギの真っ赤な顔をパソコンの上からのぞかせた。


「私、マイちゃんと仲良くなりたかったけど、ユ、ユリとかそういう展開は嫌だからね!」


 どうやら私も最初は呆けていたらしく、ムギが何やら必死だなくらいにしかーー


「は…………はあ!?」


 今何て言った? ユリ? ユリって……え? はあ?


「生徒指導室が誰も居ないからって、雰囲気に呑まれたのかもしれないけどさ、いきなりギューって……ギューって……」


 ムギはそう言って赤くなった顔を隠した。

 エリモが此処に居たら、ムギの赤顔との対比で私の顔がみるみる蒼ざめていくことを面白がったんじゃなかろうか。

 成る程、成る程、『見え』ない輩にはあの庇ったシチエーションは、抱き寄せたと変換されるのか。

 何処か冷静に推察するところはあったけど、感情の方は別に底の方から膨れ上がる。


 ああ……もうダメ。限界。そうだよね……いいよね。

 ムギには借りがいくつもあるけどさ、私はけして怒れる立場にないけど、エリモと約束したけど……


「ふ、ふざけんな! だ、誰がアンタなんかと!」


 私は今までの愁傷さが全てストレスになっていたと理解した。


 前半激情化して呂律までおかしくなってしまったけど、そのあと、なんとか落ち着きを取り戻し、明後日な誤解をやっと解いた。

 あともう少しで殴りかかっていたけど、そのときは私も色々終わりだから、ムギは道連れにする覚悟だった。


 ムギは誤解は誤解でブーたれている。実はコイツはユリ展開に期待していたのかってくらい。


「もーーーー、生徒指導室がシックハウス的な臭いがしたからって、アクションが大袈裟なんだよ」

「……生徒指導室の悪い噂というのが、多分そういう原因と予想はしてたから、『空気』に過剰反応しただけ」

「でも、マイちゃんに抱きつかれたら、きっと男の子でも女の子でもときめいちゃうと思うよ? 私だから冷静でいられたんだからね?」


 アンタが……まぁ、いい。無駄。

 誰がときめくんだって……まぁ、いい。無駄。


「で、エリモは?」

「知らなーい」


 ムギは素っ気ない。エリモに手厳しいのは何時ものことだから、ムギの日常に戻ったようだ。


 私は目を閉じて考える。


 エリモがいないこと自体は別に珍しいことではない。

 教師の用事だったり、仲間の用事だったり、他の部の用事だったり。

 ただ、生徒指導室の件は、私がエリモに不信さを抱いたように、エリモは私の行動の不自然さを感じた筈だ。

 私とエリモの間では嘘でもハッタリでも帳尻をつける必要がある。ここまで露呈したお互いの齟齬は早いウチに解消しといた方が良い。

 少なくともエリモはそう考えるだろうと思っていた。


 私は何かが髪の毛を触った気がして目を開け、後ろに振り返る。

 やっぱり何もないけど。

 

 エリモがいない三十分くらい、私はまた、ムギの一方的な不思議論に付き合う羽目になっていた。

 生徒指導室に何も無かったことに、ムギとしても当てが外れてしまったらしい。トラウマまで抱えそうになってたのにご愁傷様で。


 私はムギの呻きを半分聞いたふり半分否定しながら、また妖精について考えた。

 もしもアレに踏み込むのであれば、今度はムギは遠ざけようとは思ってる。巻き込んだのはエリモに言われるまでもなく過ちだった。私のストレスがハンパない。


 そして、やっと私の背後の部室の入り口が開く。


「ごめん、遅くなった」


 エリモは何時ものように微笑み、いつものように単行本を手に持っていた。


「別にいいよー、マイちゃんと今後の方針決めてたから」

「何してたの?」


 素っ気ないを通り越して邪魔者扱いのムギ。

 私は睨むようにエリモの顔を見た。エリモに警戒した為の結果で睨むような素ぶりになっただけだけど。


「部活ね。情報を仕入れに行ってきたんだよ」


 エリモは椅子に座りつつ話した。


「ん? え? 不思議な奴? 妖精の続き?」


 急にムギがパソコン越しから色めき立つ。

 私も妖精という単語に思わずピクンと反応してしまった。


「部活のテーマ不思議の続報だけども、もっと前の関連。たなつまちについて調べた時、西信仰についてやったよね。実は其れ気になって追調査してたんだ」


 たなつまちの西好きの多さについてを調べてた?

 ……此のタイミング?


「何? 何?」

「そうね、パソコンでたなつまちの石碑で画像検索して、多分トップに出てくるから」


 エリモは肘をついて話す。

 ムギはパソコンを操作して、回転して私たちに検索結果を見せた。


「此のたなつ川の途中にあるあの大きな石碑の写真?」

「そう其れ、『西塚の石碑』って名前らしい」

「何か謂れあったっけ?」

「西の塚ならこんもりした古墳的な、小さくても墓陵みたいのが近くにある筈なんだけど、その石碑の周りにはそんなモノは昔から無いんだって」


 私は露骨に興味ないような素振りで画面から目を離したけれど、最初からエリモの仕草を横目で確認していたので、其方だけ集中した。


「西の塚の西に何かあったの?」

「今から其処に行ってみない? ちょっと試したいから」

「何かを試すの? 良いね、行ってみよ」


 ムギは外に出て活動は嬉しいらしく、エリモの話題に乗っかる。

 提案したエリモも図書館に行く時のように意気揚々。

 私は賛成するでも反対するでもなく黙って成り行きを見守る。


 そういうイベントよりエリモの表情に神経を集中していた。

 私が気にかけてエリモを見ていても、微笑む仕草は特に何時もと変わった様子なくだけど……やっぱり何か違和感があった。


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