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風薫る妖精憑き(2)

5月季語が入っていながら間に合いませんでした。

ムギの目から放出される熱量と反比例して、その場の空気は凍りつく。


「……んえ?」


 エリモと私はハモって、そう漏らしてしまった。

 エリモと私が虚を突かれたような顔して驚いていたのを見て、ムギは言い直す。


「あ、う、うん。……でも、マイちゃんは私を助けに駆けつけてくれたんだよ」

「……それは、良心の呵責みたいなモノだと思って良いよ。そもそも私がムギを止めていれば、あんな事態も無かったんだから。たまたま教務主任の怒声とムギの声を聞いたからリカバリーした。それだけのこと」


 私はムギから顔を離し俯き加減で淡々と弁を述べた。弁と言っても弁明でも弁解でもないのだけど。

 そんな私の態度はそっちのけで、ムギは目をキラキラさせて、宙に何かを描きだすかのように見上げ言う。


「でもね、まさかマイちゃんが駆けつけてくれると思わなかったんだよ。中階段から颯爽っと舞い降りて、息を切らせて駆けつけてくれた姿は、きっと何とか王子っててこうなんだなって思った。そしたらそしたら、まさか次は、一緒に喫茶店に行こうと言われるとは思わなかった。あの時はマイちゃんの背後に一面の赤いバラの絨毯が見えた」


 ……酷い記憶の改竄だ。

 私は急いで階段を降り、最後に注意を惹きつけるよう派手に上履きを鳴らしただけ。それに息を切らせたってのも美化し過ぎ。実際は走って気持ち悪くなったというだけ。カッコよく見えるってのはムギが捻れてるから。

 だいたい、ムギは教務主任への怒りが収まらず、部室に戻るまで私の方へと意識なんてしてなかった。後で状況を思い出してムギの頭の中で創作、でっち上げたに違いない。


「ムギはマイちゃんに対しては贔屓目どころか、……ファンタジー入っちゃてるよね。それでは人を見る目が駄目になるよ。マイちゃんがムギを土曜日に連れ出したのは、きっと良心の呵責の続き。ムギが其れ以上に暴走しないように監視目的よ」


 エリモは難しい顔をして頭をかいていた。ムギの妄想を止める手段は無いのだろう。


「監視なんて、アズキちゃんでもあるまいしー」


 ムギが呆れたゾと言いたげなポーズを見せた。

 私は一度エリモの何時迄も怒りが解けない顔を見てから、ムギを見直した。


「悪いけど、エリモが正しい。あの時はほぼ義務感だけで止めに入っただけ……」


 ムギは私に人差し指を立てて左右に揺らした。 


「ち・が・う。マイちゃんはアズキちゃんに誘導され過ぎなんだよね」

「だから、そういうことじゃなくーー」

「義務感と言うのは今回の事実を他方向から見ただけなの。私がどう思い、どういう結果になったかも考えないと」


 ムギはニンマリして私を見ていた。私は少し驚いた顔で返していた。

 エリモじゃないけど、確かにムギの言葉に驚かされることがあるようだ。今の説明は当に隙がない。


「それに私、人を見る目はこの中で最も確かだと思うよ。だって、アズキちゃんの今の顔って、ただの困惑だってわかってるもん。マイちゃん怒ってると思てたでしょ?」


 私はムギに促されたままに思わず、エリモの顔を二度見した。

 確かに今は、怒りなのか困惑なのかわからない顔になった気もする。


「アズキちゃんは本気怒りするほど、もっと冷たい顔するもの。アズキちゃんはマイちゃんに文句言おうか、感謝しようか迷っていたんだと思う」

「え? ち、違うから……感謝? 何言い出すの?」


 珍しく、エリモが上擦る。そういうものなのか……私も感謝の意味は解らないけど。

 私がエリモの顔をじっくりと見ると、確かに柔和になってるような気もする。……わからない。

 そもそも、怒りにしろ困惑にしろ、此れだけ感情を面に出したエリモを見たことない。私は見てはいけない物を見たかのように、エリモから目を外した。


「私はマイちゃんの打算的で冷たいところにも知ってて友達に成りたかったんだからいいの。実は目的に手段を選ばない熱い一面もあったなんて言われたら、ギャップで萌えで悶え死んじゃうよ」


 私は悪寒が走った。ギャップ萌えの処はあまり嬉しくない。意図して責めてるならナイスな判断だろう。

 エリモは困った顔を続けて腕を組んで俯いていた。エリモなりに私の処断を考えてるんだろう。

 ムギは楽しんだと言い張るようだけど、エリモはそれでは納得出来ないのは私でもわかる。

 ……いいよ。エリモからの責めでも享受。エリモの力を目的で計略したんだもの。


 ムギは「もういい? この話は飽きてきた」と、パソコンを弄り始めた。

 エリモは深く考えていたようで、エリモの答えを待っていた私は、そのまま壁にもたれ黙って立っていた。


 数分後、唐突にエリモは顔が困った顔も辞め、微笑みながら言った。


「……じゃあ、今後、マイちゃんが暴走しないように部活では私と行動を共にして貰うよ。私が苦手なマイちゃんには最高の嫌がらせになるからね」


 なるほど。エリモの茶坊主的な扱いかな。今迄の私のエリモに対する高圧的な態度を見かけたエリモの取り巻きからしたら私はエリモに下ったアピールになるのか。

 私はそれでも構わないと思っていた。当初から、そんな感じに貶められる覚悟はあった。


「……良いよ、それでーー」

「駄目駄目、駄目に決まってるじゃん! 何で、そうなるの、其れ二人で遊びに行くだけじゃん。今、マイちゃんと、休日に遊びに行く計画立ててたのに」


 私の覚悟を遮って、ムギが今迄で最も大きい声で騒いだ。

 ……遊びに行く? そんな話をしていたか? パソコンの画面を覗いてみると、『たなつまち地区ウィークエンドの遊び場』というページ。…………。

 私の顔をチラと見て悪い顔したエリモが言う。


「駄目よ。ムギはマイちゃんを許したんだから、どうこう言う権限は失効したんだよ」

「無し!無し! 今迄の無し。オール無し。やっぱりマイちゃんは部活の仲を乱したんだから、部長権限として、部長同行厳命!」


 ムギは必死にバラエティある駄目のポーズを色々やっていた。


 ……ああ、そっか、やられた。エリモはムギをそそのかしたんだ。

 私の計略と違って、エリモは自然に誘導している。だから、私のように思いかけず大事にならないんだ。

 エリモは何時もの微笑みで更に追い討ちをかける。


「ムギとマイちゃんと二人で行くつもりなの?」

「当然」


 エリモの余裕な態度にムギは鼻息荒い。

 私はエリモの意向を察し、それを持って謝罪の意思にかえた。


「……いいよ、時間が会えば、三人で行動しましょ。部活としてなら休みの日でも」


 私はため息。ムギは拗ね顔。エリモは小悪魔的に微笑む。


「ええー、二人で遊びに行く計画―ー」

「それならもう部活の範疇だね。マイちゃんに対する嫌がらせは別で考えとく」




 妖精事件については、明日、エリモがわかったことを教えてくれる約束になった。

 其れこそが二人を巻き込み、ドタバタを演じた私の目的そのものだったので、柄にもなくエリモにお礼を言った。エリモからは気持ち悪いと言われただけだった。


 部活は切りの良い所で切り上げ、稗田に報告後、家路についた。


 家、自分の部屋。

 机の上には妖精関連の本が何冊か積み重なっている。所々栞替わりになってるのは気付いたことを書いた付箋紙だ。今までならそんな世界の本は毛嫌いして読むことはなかったのに因果なもの。その本の上に置いてあるのがタブレットPC。兄の部屋から妖精について調べる為、拝借したものだ。


 私は家の自分の部屋に入ると、クローゼットの下方の引き出しの奥からビニールに入った布の塊を取り出した。それはお世辞にも綺麗とは言えない雑巾に似た布で、ボンボンのように布を切って細い線状にした端布をたくさんつけてるものだ。

 私は其れを頭から冠った。昔の私の頭用に作った代物だけど割と大きく、今でも肩にかかるくらいはあった。確か昔なら背中の半分は隠れたかな。


 布団にその雑巾ボンボンを被ったままひっくり返って天井を見ていた。

 部活では、その後、不思議というテーマに消極的だった私が、突然、妖精に興味を持った動機の方を追求されそうになった。けれど、それは個人的な考え方に変化があったことと、それが他の人にはつまらない事情なこと、私の評価を下げてしまう可能性があることを素直に話したら、二人とも深くは追求してこなかった。其れについては嘘を言ってないのは理解したからだとか。


 私は仔犬が消えて泣いた日、家に戻っても妙に悲しさが抜けなくて数時間引きずっていた。

 ……多分、其処からが私固有の性格なのだうけど、あまりに感情が底の方に落ちてたりすると何処かのタイミングでスイッチが入る。

 私はあの日も家で数時間沈んだあとスイッチが入った。

 私はこんなに悲しいことの元凶を追い詰めたいと思い始め、その為に今まで関わらない『囁き』を徹底して調べたいと思うようになった。

 手段は選ばない。こんなにも深く私を落ち込ませたモノへの復讐だったから。


 此れに似た感覚は小学校の時にもあった。

 白雪姫の演劇で欠席投票で私は魔女役になってしまっていた。

 当初は泣いて嫌がったのだけど、私のせいで進行が遅れたと言われ、どうしようなくなっていた。

 家でも泣いたあと、スイッチ入って気がついてしまった。


 ……魔女になって復讐してやればいいと。

次は別の話、4つ分一話を先頭で致します。

この話の続きは暫くお待ちください。

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