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空音、忍び音、それでネ……(3)


 『忍び音』は、郊外、雑木林を背に抱えるコンビニ大の一件屋な佇まいの喫茶店だった。左隣は林を拓いたような空間があり、裏に回ればもしかすると開放的な庭があるのかもしれない。右隣の駐車スペースには十数台もの車が停められるようになっているけど、今の時間の車は一台限りで、店の人の車の可能性もあり客が入ってるかは疑わしい。

 コンクリートの打ちっ放し壁の四面体形に、ところどころ木の幹をあしらったようなデコレをしていて、私はどうかと思うデザインではあるけど、入り難いほどの怪しげな雰囲気が特にないのは幸い。

 一応建物の外見をパシャリとスマホに写真を収め、店内の様子を小さい窓越しに探る。

 天上の梁だけ見えるだけだけど、焦げ茶色のウッド調で、ゆっくり回転している金属製のシーリングファンとライトが見えた。


「ここ何が美味しいの?」

「さあ?」


 そう言えば入り口にメニューボードや『おすすめ』なんて書いてあるブラックボードも無い。ブログも『妖精事件』ばかり気にしていた為か、メニューについての記述は思い出せなかった。いや、売り込みをかけたければ嫌でもメニューが目立つ筈だから、もしかするとやる気の無い店なのか。


「じゃあ、入ろっか。不味いか高かったらコーヒー一杯で退却で」

「お冷退却でも良いけどね」


 何故か今日はムギは楽しそう。

 部活の一環での喫茶店来訪なんて、大したイベントでも無いと思うんだけど。

 『不思議』というテーマからしたら、どうせ大したこともなく、いつものように空振りという成果を積むだけなんだよね。私個人の意義はまた違うけど。


 私は喫茶店の木目調の鉄ドアを開ける。


 ……あ。


 店内は森林公園をイメージしているんだろうか、壁の部分は木造風な仕様なのか板を貼ってあって、如何にも偽ヒーリング的な別世界を演出してる。思った以上に日差しも入っている。

 それもその筈。入り口の斜め向こう、反対の壁の半分は大きなガラス窓になっており、向こうにには雑木林の庭が広がっている。


「……わぁ」


 丁度、ムギもそういう喫茶店の内装に驚いたようで感嘆の声をあげた。


 ……けれど、実は私が驚いたところは目に見えるところじゃなかった。

 明らかにこの喫茶店は空気が違う。何なんだ、ここの空間は? 

 心地良いことに嫌悪感が湧く。その心地よさは強要されてる類いのモノだから。

 私は矢庭に訝かりの眼差しに切り替えた。


 私達は大樹をイメージしてあるかのような、茶色の偽木造のレジカウンターの前に立った。そういう装飾にどうこうはないけど、この空気感、雰囲気では何処に何が潜んでいるかわからない気になる。丁度、昨日、囁きの特大の奴にかなり驚かされてしまっているのも警戒をさせる一因になっていた。


「いらっしゃいませー」


 仰々しい出で立ちをしたウエイトレスが、客席の方で客にティーカップを出していたところで、挨拶のために私達の方へ顔を向けた。


「お二人様ですか? カウンターとテーブルどちらになさいますか?」


 私達の所に来る前から何だか忙しなく喋る、ウエイトレスだなとは思った。

 空気感から何かあるかもしれないと怪しんでウエイトレスも見ていたけど、この人には微塵もそんな感じはしないので拍子抜け。


「そっちの庭が見えるテーブールーー」

「カウンターで」

「ええー」


 私はムギの言葉を遮って、カウンター席を示した。ウエイトレスは私たちをカウンター席に誘う。そしてまた別の客席の方に踵を返した。


 ウエイトレスはメニューも置いていかなかった。まぁ、あとで持ってくる所もあるからしばし待つ。

 そんなことよりマスターのクオンさん。私はカウンターの内側を見るけど誰もいない。

 ここが怪しいのはよくわかったけど、聞きたいのは妖精のことだ。

 

 ローカウンターに座る目線だと目立つのは、たくさんのスタンドで縦に並べられた絵付きソーサーとティーカップ。区切りのある棚の中に、展示品のように整列している。


「ウエッジウッド、ミントン、ヘレンド、ジアン……割と傾向がバラバラだけど、かわいいの揃えてるんだね」


 ……漆器のメーカーらしい。私の知らない知識をムギから披露されると微妙な気分になる。私はふーん的な顔をして黙っていた。

 

「マイちゃん、ここって紅茶専門店っぽいよ。ティーカップしか置いてないもん」

「……そうね」


 そうなの? 私は確信が持てないまま薄く返事をした。

 新陳代謝が良かった中学生の頃はケーキをよく食べてたから、そっちの知識なら負けないんだけど。


「……アンタ、紅茶とか詳しいの?」

「紅茶詳しいのはアズキちゃん。私は造形的な物が好きだから、かわいいティーカップとかは持ってるよ。それでネ、それでネ」


 ふーん。聞いて悪いんだけど、興味はあんまり沸かない話だった。

 ムギはそんな話を語り始めたけど、私は内容も聞かず、うんうんと頷くだけの作業を店員がメニューを持ってくるまで勤しむことにした。

 

 私は視線だけ動かし室内をもっと観察した。

 この怪しげな空気は淀みみたいなモノがあるような気がした。それに、何か覚えがある。

 最も近い例えをしても……私個人でしか通用しないのだけど、そう、『囁かれた』時の居たたまれない空気を濃縮したような。

 逆に私は今日はじめて「囁き」にも空気があるのではと考える契機になった。今まで『囁かれた』ときの空気感とかは特別気にしてもいなかった。


 視線をキョロキョロするのも飽きてきた頃、ウエイトレスが戻ってきてカウンター内に入る。そして徐にお湯をカップやティーポットに入れたり捨てたり、茶葉を何種類か入れて、最後に蒸らしてる。その間、ミルクの入った鍋に茶葉を入れている。


 まさか、この人が一人なのか。と言うか、この人がマスター?


 蒸らされたティーポットの紅茶と、鍋のミルクティーをそれぞれティーカップに注ぎ、

出来上がったティーカップとティーポットを運ぶ。

 何処の客に持って行くんだろうとその様子を追いかけていたら、真っ直ぐ私達のところへ。


「お待ちどう様」


 私は面食らう。


「あの、まだメニューも頂いてないんですけど?」

「あ、忘れてた」


 それでも、マスター(仮)の人は二種類の紅茶をそれでも私達の前に用意し始めた。

 強引に置いていくつもりか。もしかしてそれで高額な料金を請求するボッタクリとかなんとかってお店とか。

 私はマスターらしき人物の顔に露骨に疑問をたたえながら伺った。


「ごめんなさい。彼処のメニュー看板、また入り口に出すの忘れてたの。この時間いつも近くの常連さんしか来ないいから」


 マスターのような女性はカウンターの隅に置いてある畳んだ三角看板を私達に見せた。

 看板には、『お任せティー500円』と書いてあった。

 私は、私達に出されたティーカップを眺めた。私のはミルクティー、ムギのはストレートティーかな。まぁ、定番だろうけど、お任せで出されるというのは躊躇いしか無い。


「合わなかったらお金の方は良いですから、さあどうぞ」


 マスター?な人がそう言いきる前から、ムギはティーカップを口に運んだ。


「あ、美味しい」


 その一言で500円は確定。変に高額じゃないから、難癖つけてとは思ってなかったけど。

 それを横目でチラリと見て、私も恐る恐るティーカップを口に運ぶ。

 …………確かに美味しいかな。けれど、ここの空気と同じで、心地良さに身を任すのは何故か嫌な気分。

 ムギはそんな私を興味気にジロジロ見ていた。そして突然、マスターに向かって手を上げた。


「しつもーん。何故、マイちゃんがアールグレイで、私がロイヤルミルクティーなんですか?」


 マスターみたいな人はニッコリ。


「紅茶は総じてリラックス効果があるんだけど、種類やブレンドで、効用が細かく違ったりするの。それにお隣同士で混ざったりしないようにネ」

「混ざる?」


 ムギがその疑問の為、首を傾げた。実は私はこの時には何が混ざるのかは勘付いていた。


「はじめてのお客さんは、目を閉じて、深呼吸して、自分はリラックスしてるんだと唱えればはっきりとしますよ」

「貴女はクオンさんで良いんですよね?」


 徐に私は聞いてみた。

 何故かマスターと推定されたその人は、私に驚きの表情を向けた。


「はい、そうですよ」


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