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林と羽根の木漏れ陽(4)

 林道を逆戻りしている途中、空、木の葉よりも上の方でバタバタと羽ばたき音がして、十数羽の鳥の影が飛んでいくのが見えた。


「あれ?」


 ムギが声をあげた。

 林道ウオーキングを満喫顔だったエリモはムギに近づく。


「今度は何?」

「鳥が飛んでった途端、光の線が明るくなった」

「スズメ大の鳥が結構居るみたいだから、鳥の影も木漏れ陽の中に溶け込んでたのかもね」


 行きも帰りも鳥の存在は私も確認出来なかったけど、帰りの林は少し明るくなってる感じはした。


 私が入り口に到着すると、ムギとエリモは先程の『迷林公園』の置き石の前で待っていた。

 少年も続いて出てきたけど、一人不足したことをムギもエリモも何も言わない。


「何も無かったね。解散しよ」

「大黒君も真っ直ぐ帰んなよ」

「はぁい」


 ムギとしては、エリモが図書館で公園の由来を調べようと言われないように切り上げたかったよう。エリモもフラフラしてる中学生の居る手前で、これ以上の検証作業の提案はしなかった。

 

「もう、良いよね、じゃあ……」


 私はぞんざいに言い残し、他の挨拶も聞かず、そのグループから離れた。


 小走りになる。正直な処、焦燥感に支配されていた。

 バス停を探し見つけると速やかに路線をチェックし時間を調べる。頭を上げると丁度バスがやって来たので、其れに乗る。


 帰宅ラッシュ近くのバスは少しばかり混んでいた。私は手摺りに捕まって立っていた。

 普通ならこんな路線のバスは囁かれることが嫌で乗ることはなかったけど、今日は其れでも構わなかったし、実際、囁かれにも意識はいかなかった。未だ陽は街を赤く染めてはいなかったけど、もう時間の問題だろう。


 充分急いでいたはずだけど、驚いたことに次のバス停で大黒少年が乗ってきた。私と目があってすぐにニコッと笑う。


「こんちは」


 私は無視していた。偶然なのか少年の意思なのか、彼のサプライズに好意を持てなかった。

 大黒少年はそんな私の態度を意に介さず、すぐ隣に立つ。


「お姉さんが気になってることわかるよ」


 少年の囁きは他の客に聞こえず、バスのディーゼル音にもかき消されず、私の耳に届いた。

 少年は吊革にグイっと引っ張り体重をかけ遊んでる様子だった。

 私は少年の話に関心ない素振りを返す。


「迷いの林って何が迷うと思う?」

「……興味ない」

「人は迷わない。迷うのは、あの林自身の分体。分体って何のことか知ってる?」

「だから、私はエリモ達とは違う。そういう話は興味無いから」

「……アイツ。僕と一緒にいた男の子のことだけど」


 不意に少年は話題を切り替えた。

 私は其の単語には反応してしまい、少年の顔をチラッと見た。

 少年は上手く私を誘い出せたからか、薄く笑った。


「アイツはただのログ。事故って家に帰れない思いの残滓なんだけど、お姉さんには人間に見えてたんだね」

「……あの子に付き合ってやってたんだ」

「分体が僕の家の方まで彷徨っていて、迷いの分布や実態した記録を調べてたりして、学校一日休んじゃったけどね」

「……あれであの子は家に帰れたの?」

「其れがアイツのやり残した気持ちみたいだけど、林の方が実体だから、家に帰れるかなんて問題じゃない」

「家に帰れないで、あの子は満足したの?」

「ログなんだから、残滓に何の意思があったかなんて意味無いよ。」

「……意味無い……」

「そう」

「……分体って何なの?」

「やっと、其処を聞いてくれるんだ。良かった。」


 私は少年を睨んだ。少年はやはり意に介さない。

 少年は雑ながらも私の会話を誘導に成功したよう。姿も喋りも似てないけど、エリモと同じ雰囲気を感じた。


「お姉さんは力が強い、強いから違いがわからない。わからないから対処を間違える。視力の強い人は星空を見上げると、暗い星まで見え過ぎて星座が星に埋まってしまう。お姉さんはそんな状態で、理と違う物事を理の尺度で測ろうとしてる」


 少年は私と同類というのは理解している。少年の言う、力と言うのは、聞こえること、見えることを指すのだろう。


「林の分体とはフェアリー。妖精事件は森だから、その小規模版かな」


 フェアリー、妖精……。

 私がふとそんなことを考えてると少年は気を良くしたようにテンポ良く喋り続けた。


「そう、あのフェアリーが迷いの森へ帰って来たことで、あの残滓も消えるんだよ。あれで残滓は消滅するから。お姉さんは其処を理解した方がイイ」


 消えれば其れでいいのか?

 私は少年に再び黒い感情を持った。


「お姉さんを最初見かけた時、まるで何かとじゃれあってるように見えたから、不思議に思ったよ。でも、アレらを人として見えるのはどんな感じなんだろ。見えれば情もわくのかもしれないね」

「……うるさい」

「仔犬だって本当はーー」

「うるさい!」


 私は遂に荒げてしまった。バスの乗客は一斉にわたしの方を見る。


「どうしました?」

「いえ……すみません」


 静まり返ったバスの中で私は我に返った。

 親切そうなオバサンが声をかけてくれたので、私はペコリと頭を下げて、顔を背け、停車ボタンに手を伸ばし押した。

 少年は薄く微笑んだまま、素知らぬ顔して立っていた。


 少年が私に色々教えてくれようとしているのは理解してる。

 消えた男の子の最期も優しい目で見守っていたのもわかっている。

 ただ、少年は私との見解な相違が致命的であることに気づいてない。

 類友と言っても馴れ合いたい関係とは全く思ってなかった。


「やっぱり、ここで降りるんだ」

「……ついてこないでよ」

「行かないよ。逃げてしまったフェアリーが戻ってくる話は聞かないし。でもお姉さんなら、フェアリーを呼び寄せるくらいの芸当は出来るかもしれないね」

「……ごめん、さっきは取り乱して」

「お姉さん、一つ勘違いを指摘してあげる。フェアリーが妖精ってわけじゃないから」


 少年はそう言うと、まるで赤の他人かのようにそっぽを向いた。

 バスが止まり、私はバスを降りた。其処は朝に歩いた通りの近く。




 夕刻が押し迫って赤い陽を背に影が伸びる。

 葉と葉の間から溢れる赤い陽は、何故木漏れ陽というイメージにはならないのか。

 私は押し迫る時間を走った。


 たどり着いた時はもう少し影が伸びていた。脇の車道で家路に向かう車が行き交う時間帯。


 まだもう少し日が暮れるのは時間がある。降魔時、魂が入る時間。もしかすると此の時間こそ、会えるんじゃないかと期待していた。

 其処は、仔犬の居た街路樹。やはり仔犬の姿は見えない。

 少年が仔犬は逃げたと言った時のまま。

 

 あの時だって、私はあの仔犬がそういうモノだってわかっていたのかもしれない。

 だったら、もっと違うアプローチが出来たかもしれないのに。


 ……其れが残滓と言われたって、私に何の関係があるんだろう? 仔犬は私に反応し応えてくれた。私に出来ることがある筈。


「気付いてないだけだよ」


 図書館の子ども……本が言ったことを心の中でリフレインした。

 

 ……気づかないといけないのは……


 私は木の葉上を見上げる。キッと睨みつけてみる。

 其れで何かが変わるわけでもない。頭の中がショートしそうになった。

 依存心が私の何処かにあって、誰かに助けて貰いたいと願ってしまった。

 けれど、それで誰かが何を助けてくれる筈もなく、当然心中は焦燥感だけが積もる。


 「目を閉じてイメージして」


 背後の方で誰かが私に言った。私は直ぐに振り返る。

 ……おかしい。誰も居ない。今のは「囁き」にしてはハッキリ聞こえ、それだけ明瞭なら具現化していてもおかしくない存在感だった。いや、それ以上、間違いなく普通の人に声をかけられたとしか思えない。

 ……けれど、そもそも、私の心中の質問に普通の人が答えられる筈も無かった。

 ありがとう……


 私は眼を閉じる。

 迷いの林で見た鳥の影。影だけではなく、私なら見えてた筈。あれは何だった?

 フェアリー……少年は妖精じゃないと言い残したけど、私が知ってる妖精の姿に似て……

 

 バタバタ…… 

 

 西日で東方へ伸びる街路樹の影。其処へ鳥のような羽根を持った影が葉の中へ降り立つイメージが私の中に出来た。もしかすと少年の言うように、フェアリーを呼び寄せに成功したのかも知れない。

 目を開ける。そしてゆっくり、木の根の方へ。


 ……あ……


 声になっていたか、なっていないかわからない思わず声を上げた。幸い逃げないで留まってくれていた。良かった。


 黒い小さな柴犬は朝のように木の裏に隠れて其処に居た。舌を出して笑っているような小さい顔を私の方に向けていた。

 私の顔はほんの少しだけ緩む。


「……おまえさ、もう本当は此処に居ないんだって」


 此処に居ないというのは、私が最も否定したいことではあった筈。私は自ら其れを口走っていた。

 私はしゃがんで、仔犬の目線で話しかける。


「何がしたくて此処に残ってる?」


 その言葉に反応したのか、仔犬は木の裏から一歩出て震えて引っ込む。


「……やっぱり臆病君が、思い切って人の方へ出てきたいんだ」


 仔犬は尚も踏み出そうとし、一歩踏み出しては後退を繰り返す。

 そのうち、癇癪をおこして明後日の方向に唸りだす。


「ダメだよ、自分の無力を怒ったって。自分の力で出てきておいで」

 

 私は手を広げて、仔犬を待った。


 仔犬はまた、一歩、短い太い足を出した。今度は更に反対の足も出す。


 キャン!


 仔犬が悲壮な鳴き声をたてた。


「誰を呼んでも、私にしか聞こえないんだから」


 仔犬はグルグル唸りながら、更にもう一歩出てき、半身まで見えた。


「ほら、もう少し」


 そして仔犬は何かから吹っ切れたように、急にその身体を木から出てきた。

 小刻みに振る、ちょびっちい尾。後ろ足が土を蹴り上げている。

 仔犬の表情は心なしか笑っているように見えた。それが最期だった。


 ……そして私の懐に入る前に仔犬は消えてしまった。


 私の頭上でバタバタと羽ばたき音がして、鳥のような影がとびたっていった。

 私は無言のまま立った。


「マイちゃーん」


 また、朝のようにムギが私の名前を叫んでるように感じた。

 そして、走ってる足音が聞こえる

 ムギが走って近づいてくるのは、俯いてる私にも理解できた。


「……どうして?」


 か細く聞くのがやっとだった。


「次のバスに乗ったの。マイちゃんの様子が変だったから、追いかけようと思って。でも、遅いんだよ、次のバス」

「……どうして、ここが?」

「朝ここにいたからかな。あと勘」


 もう、私は限界だった。ムギに私から近づいて小さい肩に掴まる。


「え? え……」


 ムギは驚いている。私はそのままムギの肩に顔を埋めた。

 ムギの制服濡らしちゃうけど、いいかもう。ごめんね。

次回から今までの分、修正しながら進行します。

アップした話の順序も少し変更します。

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