林と羽根の木漏れ陽(2)
林と羽根の木漏れ陽(1)も修正。
そちらの続きになります。
昼休み、私は苛立ちを表情に隠さずにいた。苛立ちの原因が多すぎて、隠す理由もなかったし、隠す相手もいなかった。
気分陰惨たる最大の理由としては、資料準備室兼、郷土研究部、部室が約束通りに私専用であることが破られてること。……これは先に言っておかなければならない。
「マイちゃんがイラッチなのは、今日の美少年が関わってると思う」
口にサンドイッチを頬張りながら、ムギは言った。
私は何故か少しピクッとなる。
「マイちゃんの情緒なんて気にしても仕方ないよ」
単行本を読みながら、マグカップのお茶を飲んでいるエリモは答えた。
私はエリモを睨んだけど、エリモは意に介していない。
「……何故、ここにいるのよ、アンタらは?」
「お弁当、マイちゃんと一緒に食べようと思った」
「私は、テニス部の先輩から逃げてきたとこ。兼部しろってうるさいのよ」
何処かで聞いた台詞を吐く奴と、自分の能力誇示したい奴、どっか行けばいいのに。
「お昼は私専用って約束してなかったっけか?」
「邪魔してないよ?」
「だから、私は騒がしいのは嫌いだって、何度言えば……」
「マイちゃんがダメなのは知らない人の騒々しさだよね。大丈夫、色々知った仲だから」
ムギがアホな子以外のことは知らないし、知りたくもない。
察せない子に下手に言うと、曲解されて都合の良い方に解釈されるのはわかった。
けれど、理解力あるはずのエリモはエリモで講釈をしてくる。
「口約束も契約のうちなんだけど、部室は部活動用途のみに利用を許容されてるのに、私用でのやり取り、しかも生徒間の許諾が成立するワケもなく」
じゃあ、お前も昼休み来るなと言いたいけど、読んでる本は民俗学とか何とかの類いだったりで付け入る隙は無い。
ならばと、お茶と一緒に図書の本読むなと言いそうになったけど、タグが付いてないので、どうやら自分で買った本らしい。
エリモの経済力と趣味にかける情熱は秘密裏に呪っとくとして、拉致が開かないので私は最終呪文を唱えることにした。
「市長の名前」
それを聞いたエリモの動きが止まる。一寸は考えてるようだ。
「んー、誰だっけ? 興味が無いからいいっか」
何度か試すうちに、防衛本能か何かが働くのか、エリモの意識の中で、市長の名前はどうでも良いという判断になったようだ。身体を傷つけるまで覚えていようとしたエリモが今は、興味さえないなんて不条理としか言えない。
私は例の翌日に、エリモの腕のスソをめくり上げ確認。そして市長についての質問を何度かしたけど、エリモは市長の名前どころか、自分の行動も一切覚えていないよう。
腕のマジックの書き込みも消えてるんだから、その一連のことは忘却と言うより消滅してしまったようだ。
「たなつ市長? いたっけ?」
エリモだけではなく、腕の書き込みなんかを見ているはずのムギも知らないと言うなら、もう時間と空間的消滅というべきか。
宣言した通り私だけ覚えてる形となった。
私自身も、私への影響と市長の関係性を調べたい気は無いわけではないけど、色々調べても本当に記録として出てこないのだから仕方ない。これ以上は正直、得体が知れないので突っ込みたくないし、モチベも上がらない。
私だけが覚えてる課題なんてのも苛立たせる要素の一つ。複合的であるから苛立ってる。
そして、ムギの話題は私が苛立つ理由の複数有する少年の話に移り変わる。
「でもね、アズキちゃん。今日の美少年は本当に美少年」
「ふーん、どんな子?」
「顔が綺麗な中学生くらいかな。肌とか指とか声とかも綺麗だった。女の子と言ったら、女の子っぽいかも」
私はそこには聞き耳をたてた。
間違いなく、ムギは少年を見ている。けれど、それならどうして、少年はあんなこと言ったんだろう。
「うーん、私服の情報以外は、美少年の形容みたいなものね。じゃ、状況的なモノを推測で私が少し肉付けしてみようか。」
「うんうん、よろしく」
「まず、マイちゃんとムギが会っていたってことは、通りの合流点以降、学校からそこまで離れてないところ。この時間、ここを通るバスは通学専用の為のルートだから、その辺り歩いていたってことは、この近隣の子かな。」
「朝早くとか、夜通しフラフラしてたりしないかな?」
「昨夜、小雨が降ってて、朝早くは寒いから、薄着ではいられないでしょ。腕が綺麗ということは少年は薄着よね」
「あ、そっか」
「目は切れ長、釣り目で濃い顔じゃない。髪は長くはないし短くもない」
「何故わかるの」
「ムギが美形を強調するということは、マイちゃんみたいな釣り目、でも可愛いが単語で出ないなら、可愛い感じじゃないってことは、もっと切れ長だってことね」
ちょっと待て。それだとムギは私を少なからず可愛いと思ってるのか?
「そして少年と断定とするなら、少なくともボーイッシュな見栄えで、髪は短め。坊主とか目立つ髪型で無いのはムギが強調してこないから。あとは制服でなく私服に合う美少年となると濃い顔では無いね」
「その程度なら、私でも予想がつく、エリモがそんな程度では、物忘れもしてるんじゃないの」
「そうね、あと、少し不思議な雰囲気を持ってたりするんじゃないの?」
……私が話に介入したことで、抽象的だったことを断定してきたな。
「そもそも、ムギが何度も話題にしたいなら、不思議な風貌なんだろうとは思ったけどね」
いちいち私の考えを予想してるような喋りはやめろ。
エリモにまた勝ち誇った微笑み顔をさせてしまったので、私はあてもなく言い返す。
「どうせ、誰か想定して言ってるんでしょ?」
「当たり、私の知り合いの子に似てるかなと思っていたの。マイちゃんに読まれてた?」
そういうことか。と言った本人が納得したけど、逆に何処までお前の人脈は何処まで広いんだよと呻きたくなる。肝心の市長とは面識無いようだけども。
私は気づいていなかったけど、エリモは何故か私を探っていたようだ。
「……あの子なら確かにそんな感じかな。時々、学校も行かずフラフラする癖も治ってないのね」
「なーんだ。マイちゃんの知り合いじゃなくてアズキちゃんのか、意外性無くなっちゃってツマンナイ、じゃあさじゃあさ」
少年の近縁者がエリモなところで何故か話は終わったようだ。私としてはその先の方が興味あるのだけど。少年は間違いなく「妖精の囁き」と言ったのだから。
それに……仔犬が気になる。
仔犬が気になる……何故か。
私は人間よりも動物好きらしいことは今回のことで発見することになった。
あの少年に会って、捕まえられたのかは確認したい。
苛立ちってより歯痒いのかな。何故、少年はあの時逃してしまったのか。
ムギはまた唐突に話を切り替えてくる。
「今日の部活は迷いの林に行こうよ。今朝、その話を聞きにいってたんだ」
「……不思議とかいうテーマはまだあきらめてなかったんだ」
私は呆れ半分、何かの期待をこめて言った。期待の部分は今は複雑で言語化出来ない。
「不思議な話をどんどん潰していって、最後に残ったのが、本物だと思うの」
「残んなかったら?」
「不思議だと思ってなかったモノにきっと隠れてる」
当たってるんだけど、さっき市長の名前聞いた時反応しなかったよね?
エリモはムギの話に付け加えるように言う。
「たなつまちの伝承と近代の噂の発達するシステムの比較。そして相似性とか」
「何それ?」
「不思議なモノがみつからなかった場合のタイトル」
「もう、アズキちゃん、私がみつけるから」
エリモは忘れたながらも実は何かを感じ取ってるのかもしれない。それに、あの少年も
エリモに繋がりがあるなら私には幸いだった。いつかどうにかして会いたいのだ。
馬鹿らしいテーマである『不思議』探しだけど、今回は乗っかっておいた方が私の苛立ちは解消される、そんな予感はしていた。




