たなつまち(3)
たなつまちの住人は本当に『西』が好きなのか? それは何故なのかーー
ーーとか、くだらな過ぎて、欠伸が出る。
『研究』と称する部活動が地道なのはわかる。不思議というテーマも妥協せざるえないのも仕方ない。
けれど、まさか『好きな方角は? その理由は?』を聞いて回ることになるとは思いもしなかった。
「方角? 西かな?」
「あ、俺も、俺も」
「じゃ、俺もそれで」
「その理由は?」
「何となく」
「何となく」
「何となく」
数理研究部にも美術部にも訪ねて、尋ねてみたけど、こんなぞんざいな返答しかない。
私とムギは部活中に行けるだけ、他部の生徒に聞いてみることになってしまっていた。
『西』を見出したエリモが行けば良いのに、部室のパソコンで『西』に関する根拠探しをやるそう。
「私が尋ねても、私の答えに協調しようとする人が多いのよ。アンケートにならないから」
お前はどんなカリスマか。……その光景は確かに過去に覚えはあるけど、高校入学の間もない生徒が、そんな影響あってたまるか。
けれど、意外にもエリモの言をムギが納得し、文句タラタラな私を無理矢理連れ出した。
「アズキちゃんはこういうの向かないよ。だって話をすると誘導しちゃうから」
……ムギの話に珍しく納得させられてしまった。
既に何度もエリモの術数にハマってしまってる私には、そちらの方が委細に合点がいった。
「アズキちゃんは勝手にやらせとけば、ちゃんと私の為になるから、ほっといても良いの」
だから、こんな質問するより、二人の関係の方が不思議だと思うんだけど。
で、ムギはニコニコしてるんだけど、まさか私と二人で行動するのが楽しいとか無いよね?
「マイちゃんは好きな方角ってどっち?」
「そういうのは、言い出した方が先に言うもの」
「私は北」
「へぇ、珍しいんじゃない?」
「マイちゃんは?」
「どうして、そんなこと言わなきゃならないの?」
「えー、ヒド」
懐かれないようスルー。実際どうでもいいし。
質問者の方がどうでもいい質問して回ってるんだから、本当に無駄な事。
そんなことより、私は私自身の問題を巡らせていた。
部活動中の学校をウロウロするなら『囁き』に気をつけなくてはならなくなる。
図書館の一件以来、私も考え方を少し変化させていた。無視するよりも気づかないのが最善というのはわかったから。
そんなことを考えながら、料理研究部の調理実習室前まで来た時だった。
「いる」「いる」
……やはりそんなに甘いものじゃない。私の悩みは年期が違う。
私は調理実習室には何がいるのかと、ムギの開けるドアの先を戦々恐々に見守った。
入室すると、料理研究部員達が丁度エプロンをしてケーキ作りをしていた。
和気藹々として、軽いおしゃべりもしながら部活動に勤しんでいる。
料理は好きだけど、私としては全くもって嫌な環境。『囁かれ』るタネしかない。
私は、アンケートはムギに任せ、天井や壁をぐるりと見回す。
けれど、さっきの『いる』とは何のことかもわからない。
ムギは、質問を上手くやっているようで、料理研究部員達の明るい声が聞こえてきた。
「やっぱり、『西』かな。だって、家。帰るのそっちだもの」
「そっちの子は自分の家から彼の家の方角が『西』だからね」
「いいなァ。では、ご協力ありがとうございました」
私はムギが頭を下げた拍子に頭を下げて、調理実習室を出た。
結局、「いる」とは何のことかはわからなかった。
「いる」は、そのあと、何箇所かの部室の前、三階に行く途中の階段でも聞こえてきた。
ちょっと不気味ではあるけど、何も変化がないならいい。私は軽く視線だけで辺りを見回してやり過ごした。
郷土研究部に戻ってくると、エリモは自分の席で本を読んで「おかえり」と迎えた。
テーブルには図書室の何冊か本が積んであった。パソコン使うと言ってた癖にアナログな奴。
私はムッとした顔を隠すわけでもなく突っかかる。
「エリモ様は私たちを働かせに行かせて、ご自分は優雅に読書タイムですか?」
「読書タイムは間違ってないけど、今読んでるのは役所関係の話で、関連書籍ね」
「趣味と実用を兼ねるとは、ますます優雅なご身分で」
「私としてはフィールドワークの方も大好物だけど、今回みたいなのは役に立たないと思うよ」
エリモはトゲトゲしい私を無視して、ムギの方に向き直し聞きいた。
「結果どうだった?」
「四分の三くらいかな。んー、面白くないほど『西』に偏ったけど……。理由は何か適当で、ホントは何処の方角だっていい感じ」
「校舎にいる生徒、文化部の限られた人間だけと言うのも少なくはあるね。サンプルとして拡充課題になるんだけど、テーマの切り出しとしては良いんじゃないかな」
「そう言う、エリモは何か成果上がってんの?」
私は、嫌味丸出しでエリモに聞いた。
エリモは私の態度にはあまり構わず、テーブルの重なった本の下の本を抜き出した。
「……そうね……例えば、宗教」
「宗教?」
「わかった。占い的なでしょ、アズキちゃん」
「歴史とか文化って殆どが宗教絡みで発展してるんだけどね。大局的には近代の科学なんかも西欧の宗教から発生してるし」
エリモは次にテーブルのうちの一冊、『風水、方位方角』というタイトルの表紙を見せる。
「占いは関連性あるよね。方角方位って、昔の宗教から神聖視されてたわけだし。……ただ一般庶民にそれを植え付けるとしたら象徴、有名な寺院とか神社があるはずなんだけど」
「無いね、はい残念」
私は成果を言えないエリモへあてつけるように、ワザと大袈裟に残念がったように肩を上げた。
「象徴的なモノは『たなつまち』そのものかな」
「はぁ?」
「『旧たなつまち』が合併した他の町より西側に位置してる。そして『旧たなつまち』の中でも、最も古い地域とされる『たなつまち商店街』のある地区は西側に位置ね」
「馬鹿馬鹿しい」
「割と産業や情報、流行なんかもそれで話が繋がるんだけど」
私は「ふん」っと納得しないねと居丈高ポーズをキメた。
「それで政治の方では、たなつ市の制定記念日が二月四日」
「……まさか、二と四でニシとか言わないよね?」
「ダジャレだと思ってる? 語呂、語感の影響って重大」
「そうなの?アズキちゃん」
「昔、富士山も当て字で何回か名前変わってたり、人命なんて語呂を気にするのは現在でもあるね。郷土研究部の略を狂犬と言われたら気になったりして」
「悪い語感を文化的に『忌む』というのは知ってるけど、記念日のダジャレが住人の無意識にまで影響するって言うの?」
「因果が逆かな。実は旧たなつまち発足も二月四日。これワザと『西』に合わせてる」
「どういうこと? どういうこと?」
話に置いていかれまいとムギが聞いた。
エリモは人差し指を立てて説明する。
「結論は、まず『西』信仰みたいなものが昔からあって、政治はそれに倣ってる。そしてたなつまち住人は地元意識が強いから、無意識的に『西が好き』と答えるってこと」
「それ結局、因果の因の方が何もわかってないってことでしょ?」
「古い信仰なんて曖昧なモノ多いよ。伝統を掘り下げて調べてみたら、本当に些細なな始まりなんてのもよくある話で」
「それを調べようというのがテーマじゃなかったのかな?」
私の責めを聞いていて、エリモがニヤっと笑う。
「マイちゃん、もっと調べたいってこと?」
あ、マズ。攻勢かけてたつもりが、またエリモの術中。
「…………そ、そうね、大して不思議ってことでもなかったし、追いかける意義は無いかも」
「残念。中央図書館だけの閉架書庫漁りの部活って少し憧れたんだけどね」
「もう、マジやめて、マイちゃん。アズキちゃんを煽らないで!」
ムギが青い顔をして言った。
「……で、でもこれで『たなつまちの不思議』って線は消えたんじゃないの? あったとしても成果なんてすぐに期待出来そうにないし」
「えー……まだガンバロ?」
「テーマとして何かまだあるって言うの? それとも郷土研究部やめて、本当に古典資料整理部になるの?」
「えー」
途中危なかったけど、これでテーマの改変か私の一抜け出来るように誘導したつもり。
エリモが何も手立てがなければ、私の勝ち。フラグ成立ってことに。
……全く期待してないけど。
「待って」
ほら。
「大したことじゃないんだけど、たなつ市の市長の名前ってわかる?」
エリモはいつものように微笑んで言った。
第四話「たなつまち」は理屈っぽい話でした。
次で第四話最後です。




