たなつまち(2)
「不思議をピックアップしてくね。」
ムギは自分の方に画面を戻してマウスをカチカチ鳴らしながら言った。
エリモが微笑みながらシャープペンを振って促した。私は『勝手にどうぞ』の意味を掌で示した。
――黒衣の智天使@cherubin Black
不思議だね アイツは俺の何を知っている?
知りさえしない俺のために アイツの片翼は折れてしまった
Ah、偽りの神の契約からは逃れられない
「そういう類、飛ばして」と、私。
「作詞家志望……かな」と、エリモ。
――芝love@Wanwan ow
ウチの黒豆芝ちゃん、不思議なくらい可愛いの
本当なんでこんなに可愛いのか不思議
いわゆる不思議可愛い
「……何これ?」
「なるほど。不思議という単語は強調語としても機能するんだ」
――女の子@Shogaku 2nensei
赤ちゃんはどうやって産まれるの?
パパとママが何をやったら赤ちゃんが出来るのか不思議です
だれか私と一緒に教えて下さ……
「やめろ」
「小学生のフリしたヘンタ……」
「やめろ」
頭痛い。これなら囁かれた方がマシと思えるほど。
ムギはいくつかの『つぶやき』をピックアップしていく。取るに足らないモノ、不思議を疑問程度で使う『つぶやき』もある。小学生中学生の不思議については、高校生からしたら必然過ぎて追及もアホらしい。
こんなものだろうと、不思議体験なんて間に合ってる私は思った。
そう言えば、不思議ちゃんでさえ、身近な体験記なんて碌なものではなかったと思い出した。
――ガイ 津野田@Tanatsu Guy
さっき、たなつまち北の公園近くで不思議な声を聞いた
ゴウオーとか唸っていたが、何だったんだろう?
――モノノフ モフ子@Mofu Mofu
たなつまち総合グラウンドで変なモノ見た。公園の川の中にいた。
黒くて大きい奴。
写真取れなかった。残念。
友だちはオオサンショウウオとか言っていたけど、
あれはきっと違う。不思議。
「これ、信憑性高くない? 時間もほぼ同じくらいで同じ公園。そして似たようなつぶやきしてるのに、全く接点が無い同士だったよ。」
何の信憑性? 私には特にピンとくるものが無い。
最初の方は、機械音とか環境音でもありえる音。二つ目は単にオオサンショウウオ或いは、それに似ているペット逃亡か何かだろう。それに何故これらを関連づける?
私が不思議体験するときは特有の空気があって……
……いや、やめよう。私は不思議コーナーでのコメンテーターとか有識者とかではない。
私は冷ややかにムギに問う。
「まず接点が無いってどうしてわかる?」
「他のつぶやきから、ずっと追ってみて写真や言葉から、身元を調べ上げ……」
「ムーギー」
……別の意味で怖い話になりそう。エリモの顔が強張る。
私にとってはこの二人の関係こそ未だ不思議だとは思うのだけど。
「それと、その二つのつぶやきはGPS登録もしてないようだけど、どうして同じ地区と言える?」
「たなつまち総合グラウンドって、たなつまち北公園に隣接してる所だよ。丁度、川を境にして」
「ムギに一つ質問していい?」
私は睨むつもりでもなかったけど、ムギに対する眼差しはいつも厳しくなる。
ムギは睨まれてると思ったからか戸惑いながら返答。
「……何、マイちゃん……」
「たなつまちって、何処のことだと思ってるの?」
「何処って……ここ?」
「言うと思った。けどね、ここは『たなつ市』。たなつまちと言うのは合併前の一町のこと」
「でも、私は今でも、『たなつまち』って呼んでるよ。親もそう言うよ?」
たなつ市は四十年前に三町合併してて、最も中心だったのがたなつ町。古い人間は『たなつまち』の愛称を今でもよく使っている。これは地方ならよく聞くような馴染みの名称の問題。
その話題にはエリモも介入してきた。
「公園繋がりでこんなのもあるね」
――浪漫の旅人@poemer
先日、知見のある、たなつまちに寄った。
土地に入った頃、脳裏に中央の公園の風景が思い出され、
たなつまちの中央の公園の場所を聞いて訪れた。
しかし私がその公園に入っても、不思議と何の感慨も湧き上がらない。
「これ、多分違う公園に誘導されちゃったみたいね」
「どういうこと?」
「旧たなつ町の人間は、たなつ市全体をたなつまちと呼称してる場合もある。もちろん、旧たなつまちの地区で言ってる人間もいる。ムギの言ってるのは、たなつまち商店街の周辺。それぞれ、たなつまちのスケールが違うってこと」
私は尚も解説。曖昧なことにはイラっとする性格は、私が不思議な体験を悩んでるからとも言える。
「たなつまちの北の公園ってのは、曖昧な表現で、広くはたなつ市外だったり、狭くはたなつまち商店街の北の小さい公園だたり」
「マイちゃん、よくそういうの気づく……」
ムギは私を違う眼差しで見ていたが、今朝の夢でスケールの違いを見たからとはとても言えない。
エリモはいつものように微笑んでるだけで、何を考えてるかは読めない。
「じゃね、もう一つ」と、ムギの仕切り直し。
――湊間 康夫@Minatoma Yasuo
たなつ市は実は秘密の計画都市で、
何かあったら空へ逃げるように、飛ぶ設計されてるんだって
僕の友達でも同じこと知ってたから、多分絶対間違いない。
証拠はたなつまちが他より整備されてるからって聞いた。
「これは不思議というワードは入ってないけど、私の不思議的ベスト。実は私も浮遊都市の計画聞いたことある」
子ども。私の脳はムギに対して何度同じ答えを出したか。
相変わらず微笑みを絶やさないエリモとは、対照的な顔を私はムギに向けていたろう。
「その子はムギの精神年齢だけのとは違ってリアル小学生なんだろう」
「何それ、マイちゃん、そこ、私怒っていいとこ」
「『多分絶対』とか言うのは確信してるのかしてないのか曖昧な表現使ってる。それと話が全部伝聞。誰に聞いたんだろうね」
「……それは私も思ってたよ」
ムギが何度も首肯した。自分で小学生にシンクロニシティを感じるのを認めるのか?
「で、残念ながら、その噂は解決済み」
「え?」
「この小学生は、小学生らしい致命的なミスをしてる。計画都市ってところは逆、本来は都市計画」
「都市計画?」
「たなつ市の都市計画の方に空中回廊計画と言うのがあって、それを使ってワザと話を膨らませた大人がネットにいたから」
「でも、みんな計画都市の話を知ってるって信憑性高くないかな?」
「それこそネットの認知バイアス。ネットで信じたいモノが同調する複数を経て、事実として補完しあってるだけ。計画都市、浮遊都市なんて特に夢を見たい子どもには有効」
「ふーん、なるほど、すごいね、マイちゃんの考察……」
ムギは答えに完全には納得はしてないけど、私の説明は感心をした感じかな。
これも夢の白いおじさんの手振りの意味を個人的に調べてたのがあった。たまたま見つけた都市計画の話があったからこそ説明できたというだけだけど。
子どもやムギがそういう夢を見るのもわからないでもない。
たなつ市は近隣の市町村と比べても整備され、地方の中核都市としてはお洒落な雰囲気を持っていた。
その都市計画がうまく行ったという話も見かけたけど、根本的な財政はどうなってるのか。
意外とそっち方面はエリモが好きそうな不思議な話が出てくるかもしれない。
――西野@nishino
たなつまちの人は、不思議と「西」という方角が好きなようで、
僕の苗字は羨ましがられる。
「これは面白いんじゃないかな?」
エリモがこれにはすぐに反応した。
私はふーんと興味無さげな態度を表明しようとしたところ、不意に夢に見た西からの光を思い出した。
……今朝の夢って結局、囁かれてた?




