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たなつまち(1)

第4話「たなつまち」

よろしくお願いします。

 今朝、夢を見た。

 見たこと無い白いおじさんが私の目の前に立っていた。スケールがよくわからない。大きいようで、小さいようで、世界のようで、ただの薄っぺらい絵のようで。その姿も顔もわからないのに、存在感だけが強くある。白いおじさんは空と街に向かって、懸命に腕をふっている。私は何をしているのか尋ねたいのだけど、物怖じして声が出ない。

 そのとき、西の方が光り、そして集合した点となって、その白いおじさんの方に飛んでいった。光りの点はおじさんに耳打ちしたような素ぶりをした。

 白いおじさんは顔の無い顔でニッコリ笑って、私に手を差し出す。

 ……そのあとがどうも思い出せない。


 余韻のあと我に返る。

 ……白いおじさんって何……私はただでさえリアル不思議ちゃんになりかかってるのに、メンタリティまでお花畑にしんしょくされたら終わってる。

 私は『囁かれ』 てもいないのに、自分の不幸を呪う朝を迎えた。




 資料準備室の棚には、見慣れない教材が置いてあった。三角実測台と言うそうだ。小さい土器とかを計測する為の道具だそうで、そのような部活に入らない限り触ることも無いそう。

 私がその教材を親しむことは無いだろうけど、この部屋での郷土研究部の役割がオマケであることは感じることは出来た。

 そんな教材が何だと言われれば、部活の不幸から現実逃避する手段とだけ。


 たなつまちの不思議。

 ムギは誰もやってないテーマだと言った。それはそう。サンタクロース談義レベルに精神年齢低過ぎて、高校生は誰もそこに手をつけようとは思わないから。


 郷土研究部のテーマは、まるで小学校がの自由研究と思ったけど、否、正しくは『小学生の噂』程度。

 テーマ選択のミスはいずれ致命傷と後悔する時がくる。


 ムギが知り得ないことはわかってるけど、私個人の事情も考えて欲しかった。

 私にとって不思議体験みたいなのは、もう間に合ってる。わざわざこちらから引き込むような真似は大概にして欲しかった。


 昨日のムギの頑なさを見ていたら、もう潮時だなとは考えていた。

 私は部室に来てからずっと退部を言い出す頃合いをはかっていた。

 開けてないノート。置いたままのシャープペン。 それが何を意味するか。


「不思議って具体的に何のこと?」


 エリモはムギに向かって聞いた。

 エリモはノートに『不思議』と書いて、そこから伸びる線を一本引いた。その続きに『例』とも書く。


「昨日はダーレも反対して無かったのに、どうして蒸し返すの?」


 パソコンの画面を見ながら、マウスを操ってるムギは不満そうに言った。視線は時々私とエリモを伺ってる。

 反対してないと言うけど、私としては昨日の二人に意見一致していたことに呆れてただけだし。


「反対はしてないよ。むしろ大賛成」


エリモはいつもムギに見せるように微笑んだ。


「流石、ムギ、うん。私では思いつかないところに切り込んだってね……でもね、ここからが大事」 


 エリモは不思議という文字をグルグルと何重の円で囲って、トントンとシャープペンの頭でそこを叩いた。

 

「えー、メンドい。アズキちゃん的に、不思議って色々あるって言うの?」

「そうよ。例えば、この地区の歴史。史実と伝承とかの齟齬なんかも不思議と言えるよね。真逆はネットの都市伝説とかかな」

「そんなの、昔か今かってだけじゃない」

「わかりやすい他例を言うなら、財政的矛盾なんてのも不思議だし、話題性あると思う。んー、それは怖いか。他は、人間関係とか色々。ここまでは社会科学的不思議かな。あとは自然科学的不思議、物理数理的不思議などなど」

「その辺り、何が不思議なんだかわからないよ」

「成り立ち的な差異なら、地区由来の不思議なのか、外来や古来、全国的に広まってるかなんてのも検証すべきね」


 ムギの肩を持つわけではないけど、噛み合ってないのはわかる。ムギは単純明解にオカルト的な要求。不思議というのはオカルト限定ではないことに考えが至ってないのだから、まず何を掘り下げているのか説明する段階。


「……アズキちゃんって、やっぱりズレてる」

「ん、そう?」

「不思議は不思議」

「なら、言い方を変えるね。どうして、ムギは『たなつまちの不思議』をやろうと思い立ったの?」


 ムギは急に満面の笑みを見せた。そして、パソコンをクルッと回して画面をエリモと私に見せた。


「見て見て、SNSで面白い結果が出たの。ここの地区は全国よりも、およそ五倍、不思議だって呟いてるんだから」


 それは、つぶやきが上方に出て、下方に棒グラフが出ているモノだった。

 つぶやきはリアルタイムに集計され、積み重なっていく。


「キーワードで収集するプログラムね。」

「他の単語も比較してるけどそんなに変わり映えはないんだけど、『不思議』って単語だけが飛び抜けてる」

「つぶやきの統計って、色々な研究機関がやってるよね。そういうのを見習ったの?」

「関係ないよ。抽出するのに既存ソフト使っても、こっちの要求する仕事してくれないの。私がプログラム組んだの」


 パソコン用意してそんなことやってたのか。

 統計データを扱うのにパソコンを使うってのは当然のようだけど、実はそういう用途に使ってる一般ユーザーは少ない。

 パソコン得意と言うのも満更でもないのね。その行動力実行力は素直に感心する。


 へー、ふーん。けれど、それがどうした?


 ネットだけで統計やってると、バイアスの罠に引っかかるけどね。コールドリーディングを教えてくれたのはあんたじゃない。 その類の心理学に出てくるような知識よ。


「やってみて問題無かった?」

「不思議という直接的な単語は抽出出来たけど、不思議だと思っても不思議と言ってないつぶやきも結構あったよ。それを拾い上げてない時点で正確性と言われちゃえば、まだまだかな」

「ある程度、サンプル集まってれば種類分けも簡単じゃない?」

「だから、そういうのは考えてないんだよ。もっと原因的なことを考えた方が面白そうなんだけど」

「なるほど。そのデータを種類分けするのも可能だけど、それは表面を撫でてるに過ぎないと。不思議という単語そのものが利用頻度が高いのは、風土的な何らかの作用があって、それを調べてみたいということか。データの整合性も課題ではあるけど」

「ネットデータって言っても変なバイアスはかかってないから」


 何だ、わかってるのか。それでも偏ってるのは間違いない。


「んー、でも目標が不明瞭ということを理解するのも大事な人もいるの」

「不思議がテーマなんだから不思議なんじゃない。当たり前」


 ここで、エリモは突然、私の顔を見て微笑んた。


「だって、マイちゃん」


 ん? え? 何? ……あ、あ!


 ……やられた。

 ここで、「くだらないから、この部やめる」とでも言おうものなら、エリモのことだから徹底的な反証を求めてくる。その影響は部活を辞めたあとでも私を追ってくるだろう。

 エリモは最初から私をチラ見して、私の行動を予測していたよう。

 退部届けを封じるのが目的なのと、ムギを馬鹿にするなと言いたかったのは理解した。

 何の目的があってここまで私を巻き込むのかわからないけど。


「もう、わかったから……」


 私はノートを開きスマホを用意して、とりあえずネットで『囁かれてる』不思議の類をピックアップすることにした。

どうせムギはマトモにまとめられないと思っているからね。


「はい、ムギ、良かったね。これでマイちゃんフラグは回避された」

「何の事?」


 これは、退部を突きつけるより、感情が揺さぶられる。いつか、エリモを出し抜いて、絶対退部して泣かせてみせると心に誓った。

ありがとうございます。


結局、ストックしてないので次はいつになるやら

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