子どもは図書の煩い(4)
第三話、子どもは図書の煩いの終わりになります。
子どもは図書の煩い(3)はお昼ごろアップしてしまった為、読んでない方がいましたらそちらの話もお読み頂ければ幸いです。
十語に満たないその言葉の情報量は、私の思考を完全にパンクさせることが出来るものだった。
数秒そのまま動けなくなってしまった為に、本物の方の子どもに不思議がられるほど。
「どうしたの、お姉ちゃん」
隣に座っていた本物の子どもの一人が声をかけてきた。
私はひきつった顔でニッコリしたけど、子どもが怯えてたのを見てやめた。いつか営業スマイルなるものを、特訓しなくてはいけないのは悟った。
私はそのまま本を置いて、とにかく手を引き上げた。
指がそれの体に溶けることはないようで安堵した。一応、指を握ったりを繰り返してもみた。
そして、誰もいない筈の椅子、子どものようなモノを再度見た。ソレは、私のことはあまり興味無さげで、モモに吸い込まれてるような本の表紙をペンペンと叩いていた。
「でも、この本じゃないよ」
ソレはそう言った。
顔馴染みの時の会話と明らかに違うのは、ソレが私のことを話題にしてないこと。
私にとって、この二度の言葉にはいくつもの意味が含まれていた。
ソレは自身の立場をわかっていて、帰る場所がある。特に私が目的であることもなく、どの程度かは不明だけど、私の言うことを聞く可能性もある。そして、何より本という繋がりを自ら示唆していた。
私は、椅子から一歩だけ後ろに下がり腕を組んで、椅子の本を気にするをフリをした。
「何処の本だったけかな?」
これは念の為、本について独り言をしてるように繕った言葉。
本物の子どもの方は、私の顔を見たのは最初だけ。あとは思惑通り自分達の世界に集中している。
「日本十進分類387、社会科学の風俗習慣、民俗学、民族学の民間信仰、迷信、俗信の地域伝承の比較と現代の影響についてって本だよ」
…………。
ちょっと早口で躊躇ったけど、ソレはまるで自分の住所と名前を言ったような。
民俗学? 私には馴染みがないし、子どもという風貌からも繋がらない。強いて言えば、郷土研究部的な考察用資料の一つと揃えておくのは良いかもしれない程度。
「持って来た方がいいのかな?」
私はわざとらしく、アゴを持つようなポーズをして考えてるフリをした。本物の子どもの方は折角の私の誤魔化す努力さえも無関心。当の子どもではないモノもあまり私に関心を示した様子もなく椅子から立ち上がる。
「必要ないよ、自分で帰れるし」
ソレは歩き出す。私は一寸待って、ソレについっていくことにした。もう、無視してやり過ごす事態ではないし。
民俗学の棚は、館の中頃に位置している。子どもはただそこまでの道程をとぼとぼと歩くのみだった。そしてその棚と棚の間、民俗についてのコーナーに到着すると立ち止まる。
「なんで、ついてくるの?」
ソレは言った。
私は辺りを見回す。幸いなことに近くに誰もいない。これで変な子がいるという風評はたたなくてすむ。この場合の子ってのは、真意での変な子どもにたいじしてる私のことだから皮肉なもの。
私は尚も用心して囁くように話す。『囁く』ってのも私の中では皮肉なんだけど。
「私の幻覚って、無視出来なかったら、徹底して関わらなきゃならないのよ」
「僕は、お姉さんの幻覚ってこと?」
「そうよ。それを自覚して貰えれば消えてくれるんじゃないの?」
「僕からすれば、お姉さんが僕を見てることの方が珍しいことだと思うんだけど」
「存在してるって? いつも同じようなことを言う」
子どものようなモノは棚下断の本を一冊手にする。どうやら、先ほど名乗った地域伝承の比較とかなんとかという本のよう。
ここで不思議に思うのは、囁きの具現化であるはずの、子どものようなモノが図書館の本を取り上げてるように見えること。本物の本はしまわれたママかもしれないし、本自体が存在しないかもしれない。
どちらにしても本物の本を持ち上げてることはないんだろう。他の人が見たら、宙に浮かんでるってことになるから。
「自意識過剰」
「え?何?」
急に子どもらしかぬ批判的単語が出てきたので、思わず聞き返した。それなりの声量が出ていたかもと、再度辺りを見回して、人がこちらを見ていないかを確認。
「僕はお姉さんに興味ないんだけど」
「私だって、あんた達に興味なんてない。」
「お姉さんが見えたモノが、全てお姉さんの中で出来たモノなワケじゃないから」
「当然よ、私が属してるこの世界が私の想像であるわけない。けどね、あんた達は私にしか見えてない。」
「他の人は気づいてないだけだよ」
「……何によ?」
「僕達って常にここにいること」
「はい? 今見えてるのは、あんただけだし、今日は私が無視してきたから、もう似たようなモノは消えてるでしょ?」
「それは、居なくなったんじゃなく、気づけなくなってるだけ。じゃあ……気づかせてあげるよ」
子どものようなモノは自分の持っている本を両手で開き……そして思いっきり挟み閉じた。
パンッ!
かなり大きな音がした。私は正直焦ったけど視線だけ動かして状況を確認。
どうやら、その音も私にしか聞こえてなかったよう。
「な、何よ?」
まず、両側の棚が小刻みに揺れた。
よく見ると、棚にある何冊かの本の上の方が歪んで盛り上がってる。両側の棚から数冊に一冊程の間隔で。
そのうちその盛り上がり群は形を成して、足やら腕やらが生えた。私は気持ち悪いモノ見たさなのか、それから目が離せなかった。
その足は下の床に伸びていき、足がつくとその頃には人の形を成した。ソレらは全て、子どもの姿を成していた。
「ほら、いつも居るんだよ」
一斉に子どものようなモノは私に向き直る。気持ち悪い。私は先ほどから私の中心を支配している焦燥感を悟られないようにしていた。
「お姉さん、ここにいる皆に関わるつもり?」
「……何故、子どもばっかりなのよ?私の子ども観に関係して現れてるんじゃないの?」
「外に出てくるのは、興味が尽きない若い書籍ばかりだもん。それだけのこと」
「アンタ達は一体、なんなの?」
この質問には、今本から出てきたばかりの別の二つのソレらが答えた。
「簡単だよ。本だよ。正確には、本の中の文字だけど」
「言霊とか、ロゴスとか呼ばれてる子もいるけど、本当の名前は本に書いてある通り。」
最初の子どものようなモノが更に付け加える。
「タイトルが固有名詞だもの、名前はタイトルだよね」
私はゆっくりと動き出し、ソレらに背中を向ける。
「……私にアンタ達は無関係ってことでいいのね?」
「僕らが興味あったのは、もう一人のお姉さん。どちらにしても邪魔するつもりはないよ。」
どうしたものだろ。正直、ここで本から出てきたモノ達に背を向けることさえ気持ちが悪い。
未だ私は納得出来たワケではないけど、あんな数をどうこうする手段もないワケで、実際のところ撤退するしか無いのも確か。
多分、エリモのことが興味あると言っていたようだけど、半分図書館の主化してるようだし、当然と言えば当然。本がエリモに興味を持つ以前に、エリモが本に興味をもっているのだから。
けど、エリモを気にする私の内なる何か、とか、ちょっと考えたくない。
私のところに絡んでこなけりゃ良いだけだし、アレらが元からいようと、増殖してようと私には関係なくなったと割り切るべきか?
私はゆっくり歩き出し机の方に戻った。
とりあえず、丸二日は平和だった。逆に囁きも気にしないで過ごせていたような。
『本』達が言う、ただ気づいてないだけかもしれないし、何とも言えない状況だけど。
月曜の部活は、一応の整理した郷土資料を吟味して、郷土研究部の一年の方針を決めることになった。過去の郷土研究部員が何をやってきたかについては、エリモが残業的にまとたものと、私の従兄から聞き出したモノを元にした。
「そんなことはどうでもいいの。」
ムギはどうやら、私たちの努力を無にしたいよう。
確かにムギは最初から下調べについては反対だったし、私もそれどころじゃない対応に追われていたしで、私から何か言える立場ではない。
私はムギを一睨みして、エリモがムギにどういう対応をとるのか集中した。怒れ怒れ。
「そうね、じゃ、方針を決めてよ」
……ああ。エリモは図書館に行く過程を喜んでいただけで、思い起こせば反対してたワケでもない。こいつもこういう奴だった。
ムギは我が意を得たりみたいな、違うようなことを言ったけど、私はもう相手にしたくない。
「キョウケンはね、たなつまちの不思議を集めることにします」
今なんて言った? 小学生のテーマ? 私への当てつけ?
勘弁してよ。
悪文なのでまた後日修正致しますが、内容は変わりません。
次回は一話分ストックしてから投下予定です。
遅くならないように頑張ってきます。




