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子どもは図書の煩い(3)

遅くなりました。

『子どもは図書の煩い』は(1)(2)とも大修正しました。

内容は変更しておりませんが、意味がわからない場合はそちらからお読み頂ければ幸いです。

 私には、『囁かれ』るリスクを負ってまで図書館に着いて行く理由があった。

 エリモの声真似をした『囁き』。それが何だったのかを見極めてみたい。 

 アレともう一度遭遇するには、エリモと行動するのが良いと思っていた。

 図書館に行くことになったのは気持ちの良いことでは無かったけど、早いうちに何かを覚悟したかった。


 けれど、得られた成果はあの『顔馴染み』の同類のよう。

 しかも最悪なことに、あの『子どものような物』は、私は認識仕切れなかった。


 具現化した物を見てしまった以上は、それを解決させないといけない。今より難儀な事態になるのは経験していた。この場合の難儀とは、『増える』こと。

 増えるとあちらこちらで私の視界に介入してくる。

 無視でもいい。けれど無視をするなら、無視する態度を見せなければならない。その為にはやはり今日も図書館に行くしか無い。

 ……憂鬱を通りこした絶望顔というのはどうしたら良いんだろうと図書館に向かう道のりで考えていた。




 開館僅か前の図書館入り口で二人と落ち合う。


 「もうやだやだやだやだ」


 別の意味で憂鬱を吐露する奴が一人。相変わらず地道な作業が嫌いなムギ。どうして郷土研究部をやろうと思ったのか。

 地道な上の地道な作業、そして地味な成果。これが郷土研究部の意義であり醍醐味だろう。

 昨日、サボったら部活を辞めて貰うというエリモとの約束が効いたよう。確か、ムギは部長だった覚えがあるのだけど。

 比較して、一人意気揚々としていたエリモは静かだ。図書館入る前から単行本を広げ集中しているから。

 隣でムギが『これから本をいくらでも見れるだろうに』と辟易してるのはわかった。


 図書館に入ると、エリモは昨日と似たようなことを繰り返した。手信号も含めて。


 「新刊が来週に入るんだって」


 ムギの意味を教えろと訴える目力に、エリモは察してそう答えた。


 そのエリモに、やはり昨日のように子どもが向こうから近づいてきた。

 けれど昨日と様相が違う。一人が動き出したのを契機に、数人の子どもが同じようにエリモと周りに集まってきた。……うわ、五人も集まった。

 私は昨日の子どもに似たモノのことを思い出して、少し後退りした。

 子どもが特別、得意でも不得意でもないんだけど、その感覚は間違ってなかったとすぐに知った。


 エリモは昨日と同じように、子ども目線に座った。

 人の隠された性質はペルソナとも言うけど、今の顏がエリモの本当の顏と言われれば、何と美しいことか……と言いたげな。

 エリモは最初に近づいた子ども、そして、何故か一人飛ばしてもう一人の頭を撫でた……あれ……

 この時点で流石に私も気がついた。

 三人存在してないんだ……少なくとも他の人の目には。……三人……


 増えてる……


 私は『それら』に気づかないフリをした。私は『それら』にひたすら無視をした。


 子どものようなそれらは、私には見向きもせず、エリナをジッと見ていたが、本物の子どもが親元に帰りはじめると合図のように一緒に走り出した。

 一つは走ってるウチに消え、一つはいつの間にか見えなり、もう一つは本棚の影に消えていった。




 「じゃーね、シナバモロトモーよ」


 それは何処の外国語なんだか。「死なば諸共」はごめん被る。今の私は笑えない。

 ムギは何かを覚悟を決めたような顔をして本棚の方へ歩いていく。

 エリモは昨日と同じ机で荷物を広げた。迷惑な量。けれど、お咎めもないし、何処からかの冷たい視線も無い。混雑してる今日はその陣取りの不思議さも、気になる対象ではあったけど、気持ちはそちらに割振れない。

 私も覚悟しなければならない。


 私は作業そっちのけで館内を全体的に歩き出す。

 ……上手くいけば、本物偽物と判別してなくても、無視フラグを成立出来るかもしれない。

 休日の午前、只でさえ子ども連れが多い時間。絵本や児童書のコーナーはやはり子どもばかり。万が一、身体に触ったりしてこられたら無視しきれるか?

 無視仕切れないなら何かで圧倒しなければならなくなるけど、数がどれだけいるものなのか不明では、対応しきれるかも不明。考えたくない。

 一周はしてみたけど、とりあえず何事もなかった。近づいて見たとはいえ、気づかないフリをするなら消えた確認を振り向いてするわけにもいかなかたから。


 ……考えたくなかったことだけど、子ども像というのは私とどういう関係になるんだろうか。

 私だけに見えるんだから、多分私の深層心理とか、そういうもの由来とは想像に難くない。

 顔馴染みはわかりやすい。アニマだ。女性が持っている、成長時の男性質。そこで理想の男性像が反映されてもおかしくはない。私の性格から否定したい気分ではあるけど。


 女性は、自身が赤ちゃんの頃から、他の赤ちゃんに興味を持つ生き物らしい。

 けれど、将来の自分の子どもを想定して、あんな子どもを見てると言われると、何か釈然としない。私が、図書館の子どもに見えるモノに愛着が湧くかと言うと、全くだった。

 子ども嫌いを自覚させられるようで、胸がチクっとする。


「マイちゃーん、マイちゃーん……」


 弱々しく幼い子どもみたいな声だけど、これは明らかにムギの声。

 丁度、館内一周して、ムギの近くに来ていたよう。

 ムギは台の上に乗って、高い棚の本を取ろうとしてる……いや、よく見ると崩れるところを必死に抑えてる。一つ一つ取れるはずの本をどうやったらこんな器用に崩せるものなのか。


 私はムギが抑えていた本を入れ込み、最後にムギが手に抱えていた本を取り上げた。


「どうしたら、こんな体勢になる?」

「知らないよ。私のせいじゃない。本がくっついて来た。」


 本がまるで自分の意思を持ってるかのような例えはやめろ。

 ピンチの乗り切った後のこの威勢の良さは流石だね。ムギにブレはない。


「じゃ、ついでにその本、持って行って」


 恩を仇で返す奴。何故、私がお前のと言いそうになって睨んだが、今日はまだ何もしてないことを思い出す。

 舌打ちを軽くして席の方へと向くと、子供がこちらからだと背中を向けて二人座っているのが見えた。

 私が躊躇するのを感じてムギが言う。


「あの子どもはね、さっき、またアズキちゃんの所に遊びに来たみたいだよ。アズキちゃんはコピーのとこ行ったみたい。ここから見えただけだから、成り行きは知らないけど」


 とりあえず本物の子どもか。


「机の上も図書館の人に怒られるほど散らかってるけど? これ以上何処持ってけと言うの?」

「ほら、そこの余ってる椅子の上に置いといてよ」


 そこって何処よ? 私の目にはどちらも埋まってるとしか見え無い。それとも視界に入らない位置の席を想定しているのか? 

 ……いや、子どもと子どもじゃないモノがそこにいるのかもしれない。

 私はそれ以上、怖くてムギに聞け無かった。

 

 どうしようかと思案しながら机の方を軸に見て、コピー機に向かうことにする。

 机には、見え無かったもう一人の子どもが机に向かって何か描いていた。

 ムギの方から見ると、右の方の子どもに隠れていたよう。

 子どもは三人いた。そしてあった筈のもう一つの椅子は無くなっている。

 三つの席に三人の子ども。私の目にはそう見える。

 そこには子どもでないモノが、一人以上いることは確定した。


 私は、コピーを使ってるエリモに近づく。


「……あんた、また、子どもにかまけてたみたいね」


 実際は、子どもでないモノにかまけていたのは私の方なんだけど、こちらも遊んでいたわけではない。黙っていた。


「あ、席の子ども?問題ないよ。もし邪魔だったら、さっき歩いてたみたいにマイちゃんが他に行っててもいいよ」


 あぁ、気付いてんだよね、エリモの場合。何処まで知っているのか知ってないのか。


「……この本は、ムギに頼まれた本。コピーしてさしあげようと思って、ここに来たんだけど」

「ちょっと時間がかかる。本はほら、そこの余ってる方の椅子に置いておいて。後で私がやっておいても構わないから。椅子は一つ男の人が何処かに持って行ったから無いけどね」


 エリモは指さして椅子を指示した。私にはどちらかわからないが。

 コピー機の方から見える席は二つ。さっき背中だけ見える子ども二人が、こちらだと手前だけ見える。

 二人ともよほど不動の姿勢なのか、ピタリと重なって奥が丁度見えない。

 ムギから見えない子どもの席はこちらからだと見える。


 これは論理パズル。

 条件のもとで、子どもじゃないモノを当てろっていう。

 ああいうのは数学者が作り出す机上や紙面だけの世界の話だと思ってた。けど現実でも、あり得るシチュエーションなんだなぁ。現実って言っても、私限定なんだけど。


 けれど、まだ要素は足りてない筈。

 ここでエリモやムギに、私の悪癖を悟られないように情報を聞き出し、他の一方が考えてることを想定させて、入れ子状の高次元からありえない可能性を省いたりして答えを導くとかなんとか。

 論理パズル的ならそういう流れかな。 また何かに仕組まれてる気がする。

 私はコピー機のエリモから離れた。エリモにはまた気付かれる可能性があるから情報なんて聞き出せるワケもないから。




 面倒くさい。付き合ってられない。考えないで最速にやれる方法は……


「あの、すいません。そこの二人の子どもの親は何処に行ったかご存じでしょうか?」


 私は通りがかった図書館員に尋ねた。


「……さあ。問題がありそうなら、館の方で対応しましょうか?」

「いえ、友人が預かってるっぽいので、待ってます」


 この方法は論理パズルとしてもけして最善解ではない。

 けれど、目的はこれで十分果たした。

 子どもの人数を確認することが必要なだけだったから。


 子どもではないモノの位置はわかった。




 私は机に戻り、子どもでは無いモノがいない前提で、その席に本を置こうとするモーション。それでも全く子どもは意に介してない様子。当たり。

 私は、別の子どもに気を取られたフリをして、目をその椅子から背けそのまま本を置いた。

 これは、ソレを完全に無視した状態。消えてくれただろう。

 私は本を置いた筈の椅子に目をやった。

 

……戦慄。


 私の指と本は、子どものようなモノのモモの部分に吸い込まれたように見えていない。

 私は思わず、ソレの顔を見てしまった。マズいマズいマズい……

 このとき、子どもではないモノは初めて私の顔を見ていた。


「本に帰れってこと?」


 子どもでは、けしてないはずのモノが、子どものような、甘い声で私にそう言った。

次回は早目に更新します。

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