子どもは図書の煩い(2)
修正入れました。
どうぞよろしくお願いします。
静寂性が求められる空間の一つである図書館。けど、私はこの図書館でも『囁かれ』ることがあった。
それは、ちょっとした誰かの声から始まる場合もあるし、外音が影響する時もある。
私は図書館に入ってすぐから、視線だけを動かし辺りを確認。
この中央図書館は、隣接する他の市町と比較しても割と大きい方。
天井がドーム上に作られていて、見上げると二階の方から一階の本棚群を一望出来る。梁の形も複雑で夥しく使われいる。
割と新し目の建物で、見る人が見ると建築デザイン的にとても素晴らしいとか。
それは同時に巨額な市税が使われてるという意味だよね? と皮肉りたい感覚は、小庶民なんだから仕方ないとしても、ここまで絢爛豪華に作る必要はあったのか。
こんな過度な公営サービスを、ありがたいと享受出来るのは、司書と本好きくらい。
本好きというのは図書館の常連のこと。
図書館にはよく通う人種と、通わない人種がいる。
私は当然後者なのだけど、街単位で言えば、私と同じような人種率が高いと思われるので、多数派ということになる。
『通っていた』と言う人も、よくよく聞くと『受験勉強の時に』という限定的なことが多く、実際に『図書館通い』なんて言える人間はそれほど多くない。
公営サービスを堪能しきっているのはマイノリティのはずだけど、私とムギの目の前には、限りなく少数派の代表みたいな人間がいるようで。
エリモがカウンターの前を会釈して横切ると、司書の一人が静かに会釈。これは常連を予想させる反応。
もう一人の若い司書は、エリモの顔を見るなり、何かを思い出したかのように奥の方に入る。これは何だろう?
エリモが、本の整理をしていた男の司書の横を通り過ぎると、何やら男が手信号。応じてエリモが顔も見ずに手信号。これは……え?
さっきの奥へ入った司書はエリモに古い本を手渡す。何故か自信有り気な顔をして。エリモはお辞儀。……なんなんだ?
ムギが耐えかねて、声を潜ませてエリモに尋ねる。
「何だったの? さっきの合図みたいなの」
「単に、三ヶ月待ちの本の入荷よ。割と古い本」
「ここの人は利用者に手信号をするものなの?」
「司書や事務員さんだけよ。私は通ってるうちに覚えただけ」
司書同士の手信号を利用者が覚えたら、使ってもいいという道理は無いと思うけどね。司書の対応がエリモにだけ、特別丁寧過ぎるのも胡散臭い。
だいたい手信号をする司書なんて初めて知っただけど。図書館なら何処でもやってるものなのか……やってるわけない。
エリモの常連っぷりなら、司書ばかりでなく他の利用者の反応でもわかった。
すれ違う人、本を読んでて気付く人、勉強中らしい男子中学生、サボりで来てそうなサラリーマン等々、エリモの顔を見ると、各々違った表情で会釈した。
お前は何者だ。図書館の主か、裏館長か。
更にエリモへの反応は、図書館に来ている子どもの方が極端なよう。
お母さんに抱かれている小さい子は、エリモを見てニッコリ笑い手を振った。エリモも微笑み、手を振り返す。
ある子どもはエリモの前に掛けて行き、ジーとエリモを見つめる。エリモはそれに気付くとその子の目線にしゃがんで頭を撫でる。子どもは満足した顔で親元に走って行く。
図書館でのエリモの顔、主に優しい表情の方は、学校では見せないモノだろう。過去、小中学校とエリモを見かけた時はそんな表情は無かったはず。学校で見せない以上に私への笑顔は裏に他の感情を秘めたモノだったので、図書館でのエリモの表情には驚かされた。
ムギも今日のエリモの表情は初めてなようで、少しエリモの顔に見とれる場面もあったよう。
当然ムギも図書館には来ない人種だろうから、見たことないのは当然なのかもしれない。
『図書館のエリモの観察』は部活としては成立しない。
私とムギからすると、作業は億劫でもあるので、今日はこのまま『観察』の継続でも良かった。けれど、エリモ自身が私達の怠慢を許さない。
私達はエリモのナビゲートに任せ、郷土資料棚のすぐ脇にあるテーブルと席を確保した。
このときは不思議に思わなかったけど、この時間、他の利用者が、この席だけ使ってないのは不自然だったか。
資料近くの席なのは私達は労力を惜しむ為に歓迎した。
けど、エリモの思惑はスピードの方を惜しむ方のようで、資料選びは急かされることになった。
まぁ、ムギだけが急かされたのだけど。
私は、割とソツなくこなしていたと思う。
図書館嫌いと言っても、図書館の利用案内はマスターは当然。
郷土資料は禁帯出のモノが多く、時間が無いならコピーを取る選択肢がある。禁帯出というと、コピーを取るのも遠慮する利用者もいるみたいだけど、著作権的な問題が無ければ案外大丈夫。
郷土資料は主に公的な機関が出してたりするので、コピーでも撮影でもいい。スマホを使う場合でもコピー機の近くでやれば、他の利用者に迷惑がかからない。
コピー機は少し離れてはいたけど、纏めて持っていけば良いだけ。
私は時間無いなりに、郷土史、市政議事録、著名人などを重点的に、撮影したり、コピーした。
データをブロック状にノートにでも並べたりすれば、明日までにはフワッとだけど調査したい要点は掴めると考えている。
そんな慌ただしくやっていた中、コピー機のあるところから、自分達が陣取った机の方を見た。
すると、エリモのすぐ足下に子どもが立っているのが見えた。
子どもはしきりにエリモの書いている内容を気にしてるようで、何度もエリモの机とエリモの顔を交互に覗いていた。
エリモは集中してるのか、子どもを相手にはしていないよう。
先程の子どもへの笑顔対応とはかなり差があるなと思ったけど、所詮はそういう奴。
何かに集中してたりすると、その人間の素が出てくるもの。
私は気にすることをやめ、自分の作業を続けた。
外はすっかり夕刻の赤に染まっていた。
エリモは図書館での作業にすっかりご機嫌なようで、鼻歌歩きをしている。
少しばかり子どもの表情をしてるのは、図書館であった子どもに感受したのかもしれない。
時々、子供っぽいところを見せるのもエリモの魅力なのは中学の頃に知っていた。
けど……こういう表情が計算づくでやってる節もあって、全てを信じようとは思わないけど……
そして、今日初めてエリモは私の顔を見た。
「今日は図書館まで付き合ってくれると思わなかった。部室の時は冷たい壁みたいなのを感じたのに」
「……ふん」
「マイちゃんだけ、学校の図書室に行くというのも出来たのにね」
私は、エリモを睨んだ。氷の壁まで見破る上に私が図書室に行けないことも読んだのか?
「……図書室は問題があるのよ」
「アズキちゃんがこんなところに来ようと言い出したのは、マイちゃんの責任なんだけどね」
と、ムスッとしたムギが言った。
図書館での調べモノは本当にお気に召さなかったらしい。
エリモが時々子どもっぽいなら、ムギは大半が子どもそのものと考えればいいか。
図書室は図書館以上に問題がある。私は中学の図書室を思い出す。
部屋の空間はなるべく静まろうとしてるのに、何処からか聞こえるヒソヒソ話、結構響く廊下の声。それにグラウンドも近く、外からの声が聞こえやすい。
油断してた私は、そこで囁きを聞いた。
「そこ」「にこ」「どもが」
結局、あのとき、あの声の意味は分からなかった。
その後も図書室に近寄らなくなった為、分からないままだった。
……中学図書室での『囁き』が思い出されたとき、不意に図書館で最後に見た子どもがフラッシュバックした。
「そう言えば、エリモは何故、最後の子どもだけは相手しなかった?」
意地悪く聞いてみた。
「え? いつの?」
「資料整理してた時に、ずっと横でみてたよね?」
「え、全く気づいてなかった。ムギはわかってた?」
「わかんないよ、必死にやらせんだもん。気付けないよ、ああ、もうやだ」
「勘の良いムギが分からないなら、私も分からないかな」
嫌な予感しかしない。
私は足取りが止まった。
深く追求したくなくなった。ああ、もうやだ。
読み直したら、とんでもない惨事だったので、修正入れました。
多少は読みやすくなったと思います。
先に読まれた方すみません。




