嘘は部活の成立ち(4)
二話目終わりです。
臥せっていることが日課になり始めてる昼休みのこと。
教室で私の名前が呼ばれることは初めてか。
ムギも何処か部員勧誘にでも行ってしまったから、発声源はあの子ではない。一瞬、また『囁き』かとも思ったけど、経験則から何度も連呼はしない。
私の名を呼ぶ方を見ると、もう一人が問題だと知った。
エリモの顔見て、顔が露骨に曇ったのは自分でもわかった。
渡り廊下をエリモの背中を追いかけている。神経が痛い。その背中はピリピリという電波でも発してるのだろうか?
私はエリモに、『郷土研究部の部室になる予定』の資料質に連れてこられた。
他に誰もいない部屋で、快く思ってない二人。臨戦そして臨戦。
「で、何か用?」
「何故、嘘をつくかな?」
「何のこと?」
「とぼける気?」
これはキャットファイトの前振りかな。けれど相対するのがエリモの場合は微妙に様相が違う。
エリモはどんな会話でも優しく微笑むのが常。こんなときでも、他者から見たら和やかな会話をしてると思われる可能性がある。もしかすると一方的に私がエリモを虐めてるように捉える人もいるかもしれない。
一見して柔和な表情とは裏腹に、トゲのある言葉を応酬してくるのも彼女のやり口。
「……大丸ムギに、部活が存続されてないように誘導したのは認めるけど、それは殆どあの子の勘違いを利用しただけだし、エリモにもう看破されてたでしょ? おかげで思惑通りに部活決めは頓挫したけど?」
「そのことじゃない。」
「なら、どれ? 本気でわかんないから」
「私が部活入らないなんてすぐバレるような嘘ついて。虚言癖?」
「何言ってるの? あんた自身が言ったでしょ」
「いつ? 幻聴でも聞こえたんじゃないの?」
「な……」
私が言い返しを口に出そうとした瞬間、頭によぎるものがあった。
……それと私の入部は嘘だから……
その言葉が頭の中でリフレインする。次第に言葉は他の何か違うモノが喋ってる気がしてきた。
それは丁度私が俯いていて、エリモ移動がしかけたときだった。
俯いた時に聞いた言葉だった。
ゾクッとした。油断。囁きは邪魔で無為なモノという認識はあったけど、まさか私を陥れる方に作用したのか?
……それと 私 の入 部は 嘘だ から……
「私をダシに使って、折角のムギのラブコールを不意にしてまで、マイちゃんって自分自身に嘘をついてるよね」
ハッとした。
「何を勝手に……」
「自分への嘘、これが最もいけない。全てを欺こうとする癖になる」
「あんたにさ……」
感情的になった。顔が熱くなるのがわかる。多分、エリモには私はの顔が真っ赤になってるのが一目瞭然なのだろう。
幻聴を言われたところで、既に精神的劣勢なのは確かなんだけど、劣勢になるならなるで感情に任せて押し切ろうとするのが人類の常。やってやる。理屈なんて知ったことか!
「あんたに、私の何がわかるって?」
「例えば、マイちゃんの悩みとか? 秘密とか? ……聞こえるとか?」
エリモは素早く涼しげに言い返してきた。
そうだった、エリモには完全に見透かされてるんだった。
さっさと熱が引き込んだ私は返事を返せない。
私の感情押し切り作戦も呆気なく幕切れ。
熱くなった分、身体が冷えてきてブルルンと震える。私の熱を返せ。
「そうね、わかるわけない。マイちゃんとはそんなに仲良くしてなかったし」
「……仲良くもないのに詮索するような真似するの?」
「多分、マイちゃんが思ってるほど、私は気にしてないけど?」
「……その割に私のこと結構見てるよね? 気持ち悪いと思わない?」
「違うかな、ムギがマイちゃんのこと気に入ったから、私はマイちゃんに関わってるだけ」
「勘弁して、ああいう子は苦手なの。どうしてその子と連んで……」
「ムギ以外の人が得意だって言うのかな? 特に私相手に苦手じゃないと言える? 人付き合いが不得意なことを他人のせいにしないことね」
「話を曲げないで、 何故、あんたは、私が聞こえることを知ってるのかって聞いてるの」
簡単に劣勢に。やっぱり今日も駄目。自分の声が弱々しく聞こえるのは気のせいではないよね。
「コールドリーディングだよ」
姿をあらわしたのはムギ。本棚の影に隠れて立っていたところを出てきたよう。
「アズキちゃんのその手の心理誘導に負けちゃ駄目だよ、マイちゃん」
「ムギ、出てくるの早いよ」
ムギはシレッとパイプ椅子に座る。『何だかツマンナイ』みたいな顔してパソコンの前に頬杖をついた。
「は? ……はぁ?」
ムギにまで見透かされた思いから、これが精一杯の虚勢。
「アズキちゃんは占い師とか、営業マンとか、詐欺師的な会話誘導が得意なの。アズキちゃんはマイちゃんのこと知ってるようで知らないよ」
「……何それ」
エリモが代わって説明を始める。
「要はね、少ない情報や相手の表情、会話の中から推察して、いかにも『わかってる』風な言葉を作りあげてく心理トリック」
「そ、そんなのに私が騙されるわけないじゃない」
「それだけじゃなくて、推察や洞察で相手が気づいてないことまで言い当てると効果があるの。マイちゃんてマイちゃんが思うよりも騙されやすいから。マイちゃんが何を悩んでるかは知らないけど仕切りに耳を塞ぐ動作、常に外野を気にする仕草を見れば、何かの音を煩わしく思ってるのは誰でもわかるしね」
エリモは何か他人事のように解説してみせた。そこへまたムギが口を挟む。
「ほらまた、アズキちゃんの嘘。アズキちゃんは観察しなくても会話だけで相手の情報を引き出してるだけ」
ここで小豆エリモがムギにテヘペロをやった。あのエリモが。
「……マイちゃん、ごめんなさい。私はマイちゃんがこの部活に参加してくれることをアズキちゃんに相談したんだ。アズキちゃんは天の邪鬼には天の邪鬼の道筋があると言って、マイちゃんをアズキちゃんなりに誘ってみたのが、このクズい方法論。アズキちゃんが部活入らないなんて嘘もどうでも良かった」
それでは何か?
私みたいな直情タイプは煽れば煽るほど、相手の思惑に乗りやすいから、怒らせて部活の参加に持っていこうと?
信じられない……。こんな冗談みたいなやり方を本当にやったりするものなのか。
目を閉じる。一寸、間を持つ。考えるのを止める。
一度、深呼吸。露骨に感情の切り替え。
弱み握らせちゃいけない二人の前で、やるべきことじゃないのはわかってる。けど、既に感情の起伏を見せてしまった今なら構わない。相手のペースを一度潰した方が良い。
冷静に。顔なじみを排除したときのように。
「それだけ?」と私が言う。
「え?」と、ムギ。
「ん?」と、エリモ。
「私は確かに嘘をついた。それは既に同意済み……いや、まだ認めてなかったけかな? でも、私だって、未だ納得出来てないところがあるし、相子よね?」
「ん? ん……?」とムギが眉間に皺を寄せて悩む。
「そもそも、私を参加させたい動機が見えない。例えばエリモには声かければどうにでもなる愉快な仲間がたくさんいるでしょ?」
「……ごめんなさい。私、マイちゃんのこと知ってたの。だから、初めて部室に来たときの素振りは嘘。マイちゃんが部室に来てくれた時は驚いたよ」
それがあの「あっ」の理由か。
「……私を選ぶ理由がわからないと聞いた筈だけど?」
「写真ですぐわかったよ、こういうクールビューティはリアリストだって」
うーん、クールビューティとかリアリストとか言われたのは初めて。
何か腑に落ちない。この子には私がどう見えているのか。私の悪癖知ったらどう思うのか。
「当たってない。何の写真を見たのか知らないけど」
「マイちゃんが考えてるより、写真のピクセル情報って色々語ってくれるの。私の部活はこういう人がいないと成り立たないって直感みたいなもの」
予感染みた『囁き』のせいで苦しむ私の前で直感とか軽々しく言って欲しくない。
「知らないわよ、そんなこと……」
急に馬鹿馬鹿しくなった。
部活の嘘一つで、感情が揺さぶられてしまった。悪癖のせいという仕方なかった部分があったとはいえ、くだらないことに費やして何だか損した気分になった。
そう考えると逆に気分は落ち着くのが人のサガ。其方を深く追求しない代わりに他の疑問が大きく膨らんだ。
私はどうしても其れを尋ねたくなった。
「ねぇ、どうして、エリモはムギのフォローするの?」
ムギとエリモに聞いたつもりだったけど、エリモは真剣な顔してスマホに夢中で聞いてないよう。
「え? んー…… そんなものじゃない、友だちなんだから」
ムギしか答えないので、私はムギに向き直す。
「エリモは友達多いでしょ? ムギにだけ異常にフォローしてるように見えるんだけど? 『あの』エリモにだよ」
「ん? じゃあ簡単に言うと……」
ムギは私の耳に口を近づけて『囁く』。
「アズキちゃんって、チョロいんだよ」
……駄目だ。どうも今回は一寸の思考停止に慣れてしまったらしい。
そして「チョロい」という言葉が頭でリフレインして、おかしさだけが沸騰してきた。
ムギは私が笑いが止まらないことにたじろいている。それも更に笑いを誘った。
「……愉快なところ、ごめんね。えっと、ムギ、ちょっと使った写真表示してみ?」
「え……、あ、いいよ」
そう言えば、エリモは『写真』と聞いた時に『ん?』とした顔をして、『ピクセル』と聞いたときからソワソワとスマホをいじり出していた。
ムギはパソコンの操作をしだした。
ムギはパソコンの画面を持ち上げ私に見せる。
「全校生徒調べてね、入学式の日からマイちゃんをみつけてたよ」
画面に映し出されたのは誰か生徒の写真とか、事細かく書いてある記述。多分、中学校が高校に送ったであろう内申書のデータベース?
何処から? 考えられない。考えたら怖くなる。流石に笑いも止まる。
それよりも、横でエリモの顔色が悪くなったのを初めて見ることになった。
「だから、ムギは一人で活動させられない!」
「それって、内申書の……?」
「見てない!何も見てなかったことにしてね、マイちゃん!」
引きつった笑顔を見せながら、エリモは一発だけムギの頭を小突く。
「いたーい、もう」
「もうじゃない! じゃあ、あとは二人で決めて。私は急用が出来たから」
エリモはそう言いながら、スマホで電話をかけた。そして出て言った。
「もしもし、千亜さん。やっぱり、また学校のデータベース、クラッキングされてる。うん、……うん、わからないよ、誰がやったなんて、明るみになる前にセキュリティ固くしてもみ消せる? うん……」
何々だいったい? 何が起こってる?
冷静を装う私だったが、どうもこの二人が作り出す状況にはついていけなかった。
私はそのあとも郷土研究部に参加するとは言わなかった。
けれど、気づいた時には部活選択はタイムアップ。
ムギとエリモに考える神経と時間を削られてしまい、成り行き上、私は郷土研究部に参加することになった。
私は、エリモの声の『嘘』をした『囁き』が、結果的には私を部活に導いたとしか思えなかった。
読んで頂きありがとうございます。
まだ続きますが更新頻度は多分変わります。
感想というより指摘を書いて頂けると助かります。




