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嘘は部活の成立ち(2)

 翌日も授業は午後の一つだけで早目の放課後になった。

 私は昨日の反省を元にボブパーマ、大丸ムギより先に郷土研究部を占拠しようと思った。

 昼にも一度行ってるけど、パソコンが未だ引き取られて無いのはガッカリした。今日までの約束だから良いけどね。


 私は気が急いでいた為か、今日は部室へのノックも忘却していた。

 それが大きな失態だったということは扉を開けた瞬間に理解。


「例え部員でも、ノックもしないでの入室はご遠慮してもらいたいかな」


 この部室のパイプ椅子に座っていた先客は口元だけ微笑んで私を一瞥すると、手に持っていた本にまた視線を向けた。

 この時私は思考停止。どれくらい止まっていたのか不明だけど、目の前に居たのが小豆エリモなのは認識していたよう。


「……何故小豆エリモがいる?」

「ん? 当然入部する為よ。郷土研究部よね、ここ」

「あんたはテニス部に入るんじゃないの?」

「高校入学したら、運動部入らない人多くない?」

「先輩の人に誘われてるくらい有望なのにさ」

「ごめーん、本読んでるのよ。話かけないで欲しいかな」

 私はエリモの言葉は無視するのが慣わし、畳み掛ける。結構必死。

「文化部でも良いけどさ、郷土研究部なんてマイナーなところ入ることないじゃん、本読みたいなら文芸部行きなよ」


 『本』という単語に反応したのか、エリモは本からわたしの方に視線を戻す。


「マイちゃんって相変わらずだよね」


と、エリモは苦笑いしてから、また私の存在を無視するかのように本に視線を送る。

 私は小中学とエリモと一緒だったのだけど、それほど親しいわけではなかった。それでも何故かエリモは私のことを下の名前で呼んだ。


「私は郷土研究部に入ることになったの、ムギの勧誘で」

「大丸ムギ…」


 大丸ムギ(おおまるむぎ)の笑う顏が浮かんでしまった。ボブパーマの名前は確認していた。

 ムギは諦めていなかったのかと暗い表情を浮かべてしまう。

 そもそもエリモとムギは繋がりがあるなんて。


「ムギとは中学の頃から知り合いよ」


と、エリモは私の心を見透かしたように言った。

 最低の奇縁だ。人目が無ければ自分の不幸を吐き出してしまいたい。

 エリモの前では絶対弱味なんて見せないけど、多分、顔中冷や汗かいてたのは見られてしまったよね。


「ごめん、遅れた」


と今度は大丸ムギが元気に入ってきた。すぐに私の方をまじまじと見て微笑む。

 今、私は小豆エリモに睨まれたカエルなんだから、これ以上ストレスを増やすな。


「あ、マイちゃんも来てた。良かった」


 はぁ?何故、お前まで下の名前で呼ぶ? と、よぎったけど顔にはムッとしたところは出さなかったと思う。この子には無駄だったから。


「……何…?」

「郷土研究部頑張ろ」


 ……諦めたんじゃないのか? エリモまで連れ込んでやる気なの?


「どういうこと?」

「私に任せておけば部活申請なんてチョロいのよ」


 ムギはやけにフレンドリー感だしてくるけど、私の頭は色々とそれどころじゃない。

 今、丁度、お前に思惑が覆されたから。


 私の動揺はよそにエリモは本を閉じる。


「ムギ、また明後日に来るね。もうこれで慌てなくてもいいからね」

「うん、ありがと、アズキちゃん」


 小豆という苗字をそのまま読んだのが呼び名だね。二人が親しい仲だというのは見当ついた。

 そしてエリモは出て行った。


 アズキが出てって後すぐに「ふぅ」とため息はムギの方。アズキの呪縛から離れた私の方が言いたかったのだけど。


「……あのね、笹越マイちゃん」


 ムギは真顔につくろって何を言い出すのかと、私は返事もせず構えた。


「アズキちゃんは人脈持ってて、二人くらいなら、どんな部活だって誘うことが出来るんだって」

「……それが私とどう関わりがあるっての?」


と、言ったけど半ば動揺したかもで声が上ずった感。思いもよらずムギの部活再生計画は容易なことが判明。


「もう四人確定。でも必ず部活作らないとその人達に迷惑かかるってことで、アズキちゃんに部活の新規部活登録票の記入を迫られたの」

「それが?」

「私、咄嗟にマイちゃんの名前も書い……ちゃった」

「……はぁ?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。私、まだ笹越マイちゃん以外の人の名前知らないから」

「勝手に何やってくれ……」


 あまりのことで頭が回らない。私は何とか言葉を口にしたとき、ムギは言葉を早口にかぶせてきた。


「ごめんなさい、すぐもう一人みつけるから。あとはアズキちゃんに聞いてみて。登録票は明日提出するみたい」

 言いながら走りだす。逃げた。


「ちょ、ちょっと、ま……」


 何が起こった? 私はうまく大丸ムギをここから遠ざけたのではなかったのか?

 部活の方も問題なく始められそう?

 郷土研究部に登録? エリモが?それを阻止するのは明日だけ?

 冗談じゃない。何故私はこういうことに巻き込まれやすいのか?

 でも、私が抜けることで阻止できる?


 くらくら来た。私は頭を抱えながらパイプ椅子に座った。




 次の日も朝から不幸な気がした。囁きが聞こえないのは、もう些細なことだった。


 早くから学校の教室に来てムギを待っていたけど、いつになってもムギは来ない。クラスメートが多くなってくるとざわつきも多くなるため、イライラしていた。

 時計を見ると教師がくる頃だ。

 教室のドアがあく。教師が入って来たが、何故かムギと同伴だ。


「良かったな、大丸。遅刻にならなくすんで」


と教師が言う。ムギはテヘ顔を決めながら座る。

 私は「チッ」と舌を鳴らしてムギを睨むが当然、前の席のムギは気付く筈もない。


 一時限目の授業が終わるとすぐ私は席を立ち上がり、ムギの方を見たが……ムギの姿がない。ムギの背中だけが教室から出て行くのが丁度見えた。


「まっ……」


 私はその一言だけやっと言えた。


 これで覚悟は決まった。部活の阻止はやはりエリモに会うしかない。


 私は隣の教室の入り口に立つ。そこへと教室に入っていく男子生徒にエリモに取次を頼むと、男子生徒は人だかりの席に行った。エリモは人だかりの中心から立ち上がり、読んでいた風な本を閉じながらこちらに静かに向かってきた。


「何か用?」

「あんた、大丸ムギに部活申請書かせて持ってるんだよね?」

「ん?」

「とぼけないで、あれ、嘘だから。私は新規の郷土研究部なんて希望してないから」

「あ、あれね、問題無いんじゃない?」

「何が問題無いの?勝手に登録されると困るから」

「大丈夫でしょ。だってマイも知ってる通り、存続されてる部活は重複登録出来ないし」


 私は言葉が詰まった。私の目論見は既に御破算だったよう。目の前が真っ暗になるってのは言い得て妙だ。

 

「どういうこと……」

「この学校は進学優先だから、三年生への部活動免除処置がちょっと変則だったりで把握し辛いけど、部活の途中で部員が抜けたりして人員が不足した三年生だけの部活は、部活選択のこの時期に存続するか廃部するか決めるんだよね」


 エリモの微笑んだ顔は尚も話を進める。


「ってことは、今時点の部活の有無は学校も把握しきれなくて、顧問しかわからない。でも、だいたい弱小部自体の顧問は掛け持ちだったりでわかってるかどうか」


 落ち着いて微笑む顔が皮肉にしか見えない。


「……だから何? 私の名前消しといてよ」

「去年の郷土研究部の二年生、現三年生は三人在籍されてるらしいよね。一人でも存続の意思があれば、今年一年生部員が何人であっても一年間は部活存続の保証がある」

「……知らないよ、そんなこと……」

「まだ現部員の三年生に確認してないけど、郷土研究部は存続はされてるね」

「……知らない」


 私の声のトーン勢いを無くしてしまった。昔にエリモと対した時もこうだった。


「いいの?」

「え?」

「ムギを追い出してでも、郷土研究部に入りたかったんでしょ?」


 絶句。


「意地悪しないでムギと仲良く郷土研究部をやりなよ」


 何とか言葉にしなきゃ、エリモに苦手意識持ってることを悟られる。何とか……

 

 私は悔しくって俯いた。その時、


「私の入部は嘘だから」

「え?」


 私は顔をあげ、人溜まりに戻るエリモの背中を見送ることしか出来なかった。


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