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翌日、マリアは上機嫌で1人、王都を歩いていた。
リオナは学園の手続き諸々で今日は身動きが取れない。エリザベートもそれに付き添っており、グレンもアーティスに必要最低限の使用人の仕事を教わっていた。アルフォードは城で国王と久しぶりに親子水入らずの時間を楽しんでいた。⋯⋯政務付きだが。
「フフフ、私だけランクアップして皆を驚かせるんだ」
季節はすでに初夏を過ぎ夏。暑さも厳しくなってきていた。そのためかマリアは袖なしのふわりとしたデザインのワンピースしか着ていなかった。どこからどう見てもギルドに行く格好ではない。
足取りも軽くギルドに到着すると、マリアは勝手知ったる様子で依頼を見始めた。
そんなマリアの姿を見知っている者は1人でいることを珍し気に見、初めて見る者はなんでこんなガキがいるんだと、不快そうに睨みつけた。
睨みつけた者にとって不幸だったのは、すでに午前の遅めの時間になっており、ギルドにあまり冒険者がいなかったことだろう。
「おい、そこのガキ」
結果、王都のギルドで絶対に絡んではいけないと言われているパーティーのメンバーであるマリアに高圧的に声をかけてしまった。
マリアは自分以外に子どもがいるのかと周囲を見渡し、不思議そうに首を傾げた。そしてすぐに視線を依頼票に戻した。
「お前だよ! そこの銀髪のガキ!」
男は無視されたと激昂した。
「? 私ですか?」
「他にどこにガキがいるってんだよ⁉」
周りではその様子を見た冒険者たちが額に手を当てていた。
「それで一体何の用です?」
「決まってんだろうが!?ここはガキの遊び場じゃねぇんだ! サッサと帰りな!」
「? 別に私、遊んでなんかいませんよ。依頼を見ているのがわからないんですか?」
マリアは不可思議なものを見る目で男を見た。
「依頼を見てる? そりゃあ見ることはできるだろうよ。だがなぁ、そこにいられると依頼を受ける奴の邪魔なんだよ!」
「えっ? だから受ける依頼を選んでいるんですけど⋯⋯」
「馬鹿を言うんじゃねぇよ! そこはBランク依頼だ。お前みたいなガキが受けられるものなんざねぇよ!」
(((((((まぁ普通はそう思うよな)))))))
冒険者、ギルド職員──その場にいた2人以外の者の思いが一致した。
「えっ? ギルドは年齢で人を選ぶんですか?」
ギルド職員たちはそれは違うと、声を大にして叫びたかったが、それを口することはなかった。
皆が固唾を飲んで見守る中、紡がれた答えは──。
「ああ⁉ 何言ってんだ。お前みたいなガキが高ランクランクになんてなれるかよ。そもそもランクアップ試験を受けられる条件さえ満たせねぇんだよ」
遠回しの肯定だった。
「⋯⋯それはギルドは年齢で人を判断すると言っているようなものですよ?」
マリアはいい加減丁寧な言葉を使うことに嫌気がさしてきた。
「俺はな、実力がないガキが粋がんなって言ってんだ」
その言葉にギルドが騒めいた。
「な、なんなんだよ一体」
男はその時になってようやく自分を見る周りの視線がおかしいことに気づいた。
『⋯⋯マリアちゃん相手に実力がないって』
『あいつ⋯⋯死んだな』
まるで狼に食べられる寸前のウサギを見るような目で見られ、男は狼狽えた。
「私に実力がない?」
マリアが口を開いた瞬間ギルドが静まりかえった。
「当たり前だろ? 見たところ防具はおろか武器すらも持っていないじゃねぇか」
それすらも買う金すらないのは実力がない者の証だと男は続けた。
「⋯⋯訂正して」
マリアは腰のアイテムポーチからローブを取り出すと身につけた。
「それができないなら私と勝負して。もし私が負けたら私には大した実力がないって認めてあげる。⋯⋯でも私が勝ったら謝罪と⋯⋯そうだな、有り金を全部置いていって」
マリアは静かに怒っていた。
「はっ、お前みたいなガキに俺が負けるわけがねぇだろ⁉ その勝負、受けてやるよ!」
男は馬鹿だった。先ほどの視線の意味に気づいていなかった。いや、すでに忘れていると言った方が正確だった。
「決まりだね。⋯⋯ルーシーさん、少し演習場を借りますね?」
「え、ええ」
声をかけられた受付嬢のルーシーは話についていけていなかったが、許可は出した。
マリアは許可をもらうと地下の演習場に男と共に降りていった。その後を冒険者たちと、必要最低限の人員だけ残したギルド職員がぞろぞろと続いた。
「ルールは通常の模擬戦で良いよね? ⋯⋯誰か審判をお願いできますか?」
「ああ。後審判はCランク以上の奴にしてくれ」
ルールはあっさりと決まった。気絶させるか降参させる、もしくは審判が止めれば終了。至ってシンプルだ。
「審判は俺がやろう」
進み出てきたのはギルガルドだった。
両者共に異論はなく、黙って頷いた。
「じゃあ早速始めようか」
「そうだな。時間がもったいねぇ」
ギルガルドに合図を出すように促すが、ギルガルドはマリアを見て言った。
「⋯⋯絶対に相手を殺すなよ」
「そんぐらいわかってるよ」
ただそれに答えたのは男の方だった。哀れなものを見る目が男に突き刺さる。
「⋯⋯ハンデで私は素手で相手をしてあげる」
「フン、後で後悔しても知らねぇぞ。今からでも誰かに武器を借りた方がいいんじゃねぇか?」
男は完全にマリアを舐めていた。
ギルガルドは男が剣を構えたのを確認すると、合図を出した。
「それじゃあ始め!」
しばらくこちらは火曜日、木曜日、土日祝日12時更新にしたいと思います。




