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この話からダークな話がしばらく続きます。
「⋯⋯友人が困っていたから、元を断とうと思ったのよ」
「友人?」
リースがオウム返しに尋ねた。
「そう。最近この街で犯罪が頻繁に起こって、警備兵が足りないっていうから、少し捕まえようと思ってね。手分けして回ってるのよ」
「⋯⋯他にも貴族の仲間がいるってことかしら? それにその友人ってこの街の上層部よね?」
エリザベートの言葉にリースは矢継ぎ早に尋ねた。
「ええ、正確には私と同じ貴族の子弟が1人に、平民の子どもだけどね」
「子ども⁉ 危険だとわかっているの?」
リースは目を剥いた。
「大丈夫よ。あの子は下手したら私より強いし、一人じゃないもの」
「⋯⋯まさか貴族の友達?」
「違うわ。ただ、あいつよりも常識がないけどね」
「大丈夫なの? それ」
「防御特化だし、怪我はしないとは思うわよ」
「⋯⋯なんだか頭痛がしてきたわ」
そう言ってリースは額を押さえた。
「それよりも私のことについては話したんだから、あなたについても教えてくれないのかしら?」
「私?」
「ええ。エルフは殆ど街の外には出ないと聞いたわ。でもなんであなたはここにいるの?」
リースはその質問に言葉を探すように視線を彷徨わせた。
「あなたはエルフってどんな種族だと思う?」
1分ほど経ってから、リースはエリザベートにそう尋ねた。
「えっ? えっと、言っては悪いけど、プライドが高いイメージが強いわね」
急な質問に面食らいながらもそう返した。
リースはその答えに満足気に頷いた。
「その認識で間違いないわ。良く言えばプライドが高い。悪く言えば他種族を見下している。⋯⋯やっていることは愚かな貴族の方がよっぽどマシよ。里は閉鎖的で弱い者いじめは黙認される。強い者同士の子どもの方が他よりも強い子どもが生まれると信じて疑わない。そのためには本人たちの感情なんて二の次。近親婚だって厭わない。里長なんて6人も奥さんがいるのよ? しかもその内の2人は自分の娘。皆それが普通だと思っているの。それが当たり前のことだと。年頃の娘は、強い男から順に優先権がある。あいつらは女なんて道具だとしか思っていないのよ。美しく強い女を何人妻にしたかが一種のステータスになっているのよ。信じられる?私はそんな里が嫌で嫌で仕方がなかったわ」
リースは淡々と語った。
「転機を迎えたのは私が成人した日。私が150歳の成人を迎えたあの日、里長が私に何て言ったかわかる? あのすっかり肥え太った脂っこいスケベぇ親父が」
「さ、さぁ」
リースの言葉は興奮するにつれ汚く、悪口が増えていった。
「『私の7番目の妻にさせてやる。光栄に思え』よ。まるで私があいつの妻になりたがっていたかのように言ったのよ? 私はそんなものにはなりたくなんてなかったのに。私の両親は舞い上がって喜んでいたわ。私に拒否権は与えられなかったわ。あれよあれよという間に婚礼の儀式の用意は進んでいった。無理矢理着せられた花嫁衣裳姿を見たあいつが何て言ったと思う?」
「綺麗だ、とか?」
話の流れからして違うんだろうとは思いながらも、他に思いつかず、エリザベートはそう口にした。
「普通だったらそう思うわよね? それにそれだったらまだマシだったわ。『フン、胸は貧相だがそれなりに様になっているではないか』って言ったのよ。私の胸を凝視しながらね」
その言葉に、エリザベートは反射的にリースの胸元の視線を走らせてしまったが、豊かとは言えないかもしれないが、決して貧相ではなかった。
「その後あいつは私に向かって手を伸ばしてきたわ。反射的に払いのけたら、顔を真っ赤にして、『私が可愛がってやろうと思ったのに、引っ叩たくとは何事だ!』って怒ったわ。あの時ね。私が里を出る決心をしたのは。機械的に婚礼の儀式をこなして、隙を見て逃げ出してきてやったわ。それが10年ぐらい前ね」
そう言って肩を竦めた。
「あの時は着のみ着のままで飛び出してきちゃったから、当然愛用のレイピアは置いてくることになってしまったし、お金なんて銅貨の1枚も持っていなかったわ。そんな時よ。リアリスに出会ったのは。あの子はまだほんの幼い子どもだったわ。丁度リオナと同じくらいかしら? あの子は盗賊に襲われ、家族を皆失った商人の子どもだった。リアリスだけは父親が隠したお陰でなんとか助かったそうよ。⋯⋯これは後で聞いた話だけどね。当時のあの子は酷かった。何も話さない。表情の一つ変えない。ただ与えられた食料を食べ、手を引かれれば歩き、夜になれば眠る。それしかできなかった」
「⋯⋯」
あまりにもひどい状態に、エリザベートは言葉が出なかった。
「私はそんなあの子の面倒を見ながら、魔物を狩り、街を目指して歩いていたわ。とは言っても、あの子は何も話さないし反応もしなかったから、ただ闇雲に街道を歩いていただけなんだけどね」
そう言ってリースは苦笑した。
「そんな風に過ごして1週間ぐらい経った頃、この街、エイセルに着いたの。私、その時この街を見て笑っちゃったわ。エルフの里では森の外は疫病が蔓延した汚らわしい世界だって言うのよ?そりゃあ、病気が零とはとても言えないけどね」
リースはそう言って苦笑した。
「それから冒険者ギルドで登録して今に至るわ。⋯⋯この説明で大丈夫かしら?」
「え、ええ⋯⋯」
サラリと言われた結構重い事情に、エリザベートはそれ以上何も言えなかった。
「それでさっきの話なんだけど、あなた、友達と手分けして犯罪者を捕まえているって言ったわよね?」
「ええ」
その返答にリースは微笑んで言った。
「それなら私、力になれると思うわよ」
「えっ?」
「実のところを言うとね、私ここの所毎日のように襲われて、その度に倒して警備兵に突き出していたんだけど⋯⋯面倒臭くなっちゃったのよ」
「ちゃったって⋯⋯」
エリザベートはその言葉に唖然とした。
「それでさっき纏めて捕まえて、粗方警備兵に届けてやってきたの」
「そ、そうなの?」
「ええ。それで残ったやつらもさっき下で呑んでいた時に襲ってきたから、とりあえず縄で縛って隣の部屋に転がしてある。今リアリスが見張っているわ。多分それで全員だと思うわよ」
「えっ?」
事態のあまりの急展開にエリザベートは頭がついていかなかった。
「リオナもいるけれど、見に行く?」
「ええ、お願い」
リースの提案に、エリザベートは大きく頷いた。
隣の部屋はある意味で地獄絵図だった。
「あなたたちみたいなやつらがいるからお母さんは!」
「ちょっ! リオナ! 止めなさい!」
全部で5人いる男たちはそのうち4人が顔をパンパンに腫らして床に倒れており、まったく動かなかった。残った1人もリオナが泣きながら殴っていた。
「はなして!」
止めようとするリアリスを振り払い、リオナはただひたすら殴り続けた。
エリザベートはその光景に気が遠くなった。
「何⋯⋯これ⋯⋯」
半狂乱で泣き叫びながら、血で真っ赤に染まった拳で男たちを殴りつける幼女。その姿はエリザベートが今まで見たことがある何よりも、経験したことがある何よりも恐ろしかった。




