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こうして少女は最強となった  作者: 松本鈴歌
第五章 エイセルの街
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55

「悪者退治ってどこに行くの?」


 歩きながらリオナがそう尋ねてきた。


「う~ん、わかんないわ。だから悪者の方から登場してもらおうと思ってるわ」

「え~、それってめんどくさくない?私、悪い人たちがい~~~~っぱいいるとこ知ってるよ?」

「本当? そこに案内してくれるかしら?」

「うん! こっちだよ」


 リオナはエリザベートの手を引いて歩き出した。


 この時点でエリザベートは気づくべきだったのだ。なぜ子どものリオナがそのような場所を知っているのか疑問を持つべきだったのだ。


 リオナに案内されること約15分、2人はだんだんと下町──治安の悪い方へと進んでいた。


「後どれぐらいかかるのかしら?」

「えっと、5分くらいだよ」


 その言葉通り、5分もしないうちに目的地に辿り着いた。


「ここだよ」


 そこは場末の小さな宿屋だった。否、宿屋と呼ぶにはぼろく、廃屋と大差なかった。1階は酒場もやっているようで、まだ少し時間は早いが、陽気な笑い声が聞こえてきた。看板には『宿&酒場 《龍の息吹(ドラゴン・ブレス)》』と書かれていた。


「⋯⋯随分と御大層な名ね」

「そう? めずらしくもない名前でしょ?」


 エリザベートの呟いた言葉に、リオナは首を傾げた。


「そうなの? 私あまりこういう場所には来ないから⋯⋯。とりあえず入りましょうか?」

「うん!」


 エリザベートが扉を押すと、ギギギと嫌な音を立てて開いた。その音にエリザベートは僅かに眉を顰めた。


「らっしゃい。泊まりかい? それとも酒かい?」


 入ってすぐの場所は酒場になっていた。席はカウンターが10席、4人掛けのテーブル席が3つで、一番奥のテーブルだけ埋まっており、がたいの良い男性たち3人が酒盛りをしていた。

 すぐに2人に気づいたカウンターの中にいた大柄な熊の獣人の男性が声をかけてきた。

 エリザベートはカウンター席に座りながら答えた。


「とりあえずお勧めのお酒と、この子に何か適当なジュースをもらえるかしら?」

「お勧めってぇとエールだが、つまみにオヂミモはいるか?」

「お願いするわ」

「エール1杯とルンガのジュース1杯、オヂミモ1皿で銅貨7枚だ。前払いで頼む。わりぃが食い逃げする奴も少なからずいるんでな」

「わかったわ。⋯⋯それにしても随分と良心的な価格ね。利益なんて殆ど無いんじゃないかしら?」


 お金を払いながら尋ねれば男は笑い出した。


「ハハハ、その通りだ。だがそのお陰で客も多い。十分な稼ぎになっているよ」


 その返答を聞きながら、エリザベートは内心首を傾げた。


(変ね。とてもリオが言ったような場所には見えないわ)


 エリザベートは様子を見ることに決めた。


 エリザベートがエールを飲み始めてから10分ほど後、次の客がやって来た。


「マスター、いつものやつお願い」

「私もお願いするわ」


 入ってきたのは冒険者の服装に身を包んだ若い女性2人組だった。片方は普通の人間で、肩よりも長い若草色の髪を後頭部で同系色の松葉色の紐で縛っていた。

 もう一人は金色の髪をハーフアップにしており、先程の女性と色違いの金糸雀(かなりあ)色の紐で結んでいた。その耳はよく見ると尖っており、エルフだということがわかる。

 エリザベートはそんな2人を横目で見て目を見開いた。


(エルフ? なんでこんなところに⋯⋯)


 通常エルフは深い森の奥の集落で暮らしており、森から出てくることは殆どないと言っても過言ではない。


「わぁ~、エルフさんだ」


 そんなエリザベートの心情を知ってか知らずかリオナは弾んだ声を出した。

 そんなリオナを見てエルフの女性は微笑んだ。


「あら、エルフを見るのは初めて?」

「うん。おねぇさん綺麗だね」

「ウフフ、ありがとう」


 混乱しているエリザベートを余所に会話は進んでいく。


「おねぇさんたちは冒険者なの?」

「そうよ。私が魔術師でリアリスが剣士なの」


 エルフの女性は優しく答えた。


「魔術師⁉ すご~い」

「ああ、リースの魔術は本当に凄いぞ」


 リアリスと呼ばれた女性はサバサバした口調で言った。


「私見てみたい。ダメ?」


 リオナは小首を傾げた。


「う~ん、でもここでは大したことはできないわよ?」

「それでも良いから!」


 リオナは一歩も譲らなかった。


「ちょっとここで魔術を使っても良いかしら?」

「別に構わねぇが、火を使うことだけはやめてくれ」

「それぐらいわかってるわ。じゃあ許可も出たことだし早速見せてあげる。『水の精霊よ、あなたの踊りを見せて頂戴、《水の舞》』」


 リースがそう言い切った瞬間、空気中から水が集まり人の姿を取った。その数は4。そして2組のペアになると空中を踊り始めた。ターンをするたびに水でできたスカートがふわりと広がり、光を反射してキラキラと光った。


「キレ~い」


 リオナはその光景に瞳を輝かせた。

 エリザベートもその様子に目を奪われ、次の瞬間には自分にはあんなことはできないと落ち込んだ。無意識のうちにお代わりを重ね、やがてエリザベートは酔い潰れて寝てしまった。


 エリザベートが目を覚ますと、さっきまでの酒場ではなかった。頭が痛むのを我慢して周囲を見渡すと、狭いが宿の一室であることがわかった。他には誰もいない。


「あれ? 私⋯⋯」


 どんなに記憶を探っても、酒場で呑んでいたところまでしか思い出せなかった。


コンコン


 ドアが叩かれ、リースが入ってきた。手には水が入った水差しとコップを乗せたお盆を持っていた。


「良かった。目を覚ましたのね。あなた下の酒場で酔い潰れたのよ」

「ご、ごめんなさい。ご迷惑をおかけして」


 エリザベートは慌てた。


「気にしないで。それよりもお水を持ってきたけど、飲むかしら?」

「ありがとう。いただくわ」


 リースから水の入ったコップを受け取って驚いた。


「冷たい⋯⋯?」


 水は氷も入っていないのにキンキンに冷えていた。

 リースはそれを見てクスリと笑った。


「私が冷やしたのよ。驚いたかしら?」

「ええ、とっても」

「あら、あまり驚いていないのね」

「そう?」

「ええ、まるで魔術を見慣れたお貴族(・・・・・・・・・・)()みたい」


 ただの例えだったのかもしれないが、エリザベートはその言葉に顔を強張らせた。


「図星かしら?」

「⋯⋯なんでそう思ったの?」

「う~ん、理由は色々あるけど、魔術にあまり驚いていなかったことと、話し方が丁寧だったからかしらね。それから隠したいならその質問はやめた方が良いわ。事実だと認めているのと同じよ」

「⋯⋯覚えておくわ」

「それでお貴族様がこのような場所に一体何の用かしら?」

「⋯⋯まるで私がここにいてはいけないような言い方ね」

「そんなことは言っていないわ。これは忠告よ。この領はそれ程でもないけど、よその領に行けば貴族に恨みを持っている人間は多いわ。あなた、このままだと近いうちに死ぬわよ」


 リースはそう断言した。


「随分とハッキリと言うのね」

「見たことがある人間が殺されるのは寝覚めが悪いのよ」

「⋯⋯ご忠告はありがたいけど、心配ないわ。こんな場所に来たのはこの街だからよ」

「それでは最初の質問に戻るけど、どうしてここに来たのかしら?」

「ただの興味本位よ」

「供の一人も付けずに?」

「そもそも使用人なんて一人も連れてきてないからしょうがないでしょう」

「あなたと一緒にいた女の子、リオナといったかしら? あの子、ここには悪者退治に来たと言っていたけど、それはどう説明するのかしら? 訊けばあなたとは来る途中の道で会ったそうだけど」


 リースの目が鋭くなった。

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